師匠の育児奮闘記

万年青二三歳

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ガミガミ弟子

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「あ!またヒジついて食べてる。お行儀悪いよ!」
「お前俺の母親かよ」
 
 弟子も一人で食事ができるようになり、やっと俺も温かい食事をのんびり食べられると思ったのに、口うるさくて堪らない。
 俺が本格的に魔術を教え始め、安全の為にこれはダメ、あれはダメと注意し始めたのが原因だと思う。どう考えたって、魔術を教えるのは早すぎるのだが、教えもしない術を使い始めたことに気がつき、野放しにしておく訳にはいかなかった。

「えー!ししょーみたいな子はかわいくないからヤダ!」

 あぁ言えばこう言う。
 どう考えても俺より口が達者で、いちいち癇に障ることを言い返してくる。

「俺だって子どもの時はかわいかったんだぞ!」

 本当はよく知らんがな。
 たまたま街道の整備に来ていた魔術師に「うちの子、炊事・洗濯・調理なんでも出来ます!」とまだ子どもだった俺を押し付け弟子入りさせた両親だったが、五体満足でそれなりに健康に育ててくれたんだ。それなりには可愛かったんだろう。
 貧乏子沢山を絵に描いたような一家だったので、家事育児はどんどん仕込まれた。そうじゃなきゃ生活が成り立たない。俺が覚えてるのは十五人兄弟だが、最終的にはもっと増えてるんじゃないか。すっかり疎遠になってしまい、一体自分が何人兄弟かは定かではない。上から数えたら、7? 8番目だったか? まぁ、とりあえず、食べかけのパンを横から取られる心配がない生活は快適だから、実家に帰ることは考えていない。
 そんな生まれで育ちだから、行儀作法なんて大してわからないし、身についていない。
 弟子が将来困らないように女将にそっちは丸投げしている。

「今もかわいいよ?」
「は?!」

 弟子の言葉に思わず大きな声をあげる。
 顔の形が変わるほど口にパンを詰め込んだ弟子は迷惑そうな顔をして、両手で耳を塞いだ。

「お前、何言ってんの?」
「むぐむぐ、だから、」
「あ、ダメダメ。食べ終わってから言え」

 大口を開けそうになった弟子を遮れば、不満をぶつけるようにテーブルを叩いた。

「ウルセェ」
「だって! ししょーが聞いたくせに! ダメって言うから!!」
「はいはい。テーブルは太鼓じゃないの。行儀悪いぞ」

 悔しそうな顔をする弟子を見るとニヤニヤしてしまう。
 次から次へとよくもまぁ表情が変わるもんだ。

「だから! ししょーはかわいい!」
「は?! 意味わかんねぇな。何言ってんだ?」
「ししょーはかわいいの! お魚釣るの下手くそだけど、」
「お前、それ悪口だからな?」
「だって本当だもん。釣れた時うれしそうな顔はかわいいと思う!」

 なぜか誇らしげに弟子は言ってくるが、何だそれ?!
 とっくに成人した独り身の男なんて、かわいいの対極にいるだろうよ。

「全っ然、意味不明」
「ししょーは、お酒飲む時にニヤニヤして」
「おうおう、それもなんか言い方どうにかしろよ」
「かわいいんだよ? 知らないの?」

 コテン、と首を傾げる弟子の目は子どもらしい艶やかさで、さらりと揺れたおかっぱ髪は澄んだ紫色をしていた。
 かわいいのはお前だろうが。

「知らねぇよ」
「ししょーはかわいいけど、ししょーみたいな子はかわいくないと思う!」
「はいはい、早く飯食っちゃえ」

 喋るばっかりで、全然スープが減らない弟子の注意を逸らし、この話題は強制終了だ。
 かわいいを代表するような子どものお前が、ヘソの曲がったおっさん捕まえてなんでかわいいかわいい連呼してるんだかさっぱりわからん。

 お腹がいっぱいになった弟子はスプーンを持ったまま船を漕ぎ始める。

「しょうがないやつだな」

 口を拭ってやり、抱き上げると洗面所へ連れて行き口をゆすがせた。
 布団に包んで、そっと額に手を当て、まぶたまでゆっくり撫でる。数回繰り返せばあっという間に静かな寝息が聞こえてくる。
 ほんの少しだけ眺めてから行こうと思い、椅子を引き寄せ座る。

「おやすみ」

 部屋を後にして、テーブルに残っていた弟子が残したスープを飲めば、すっかり冷め切っていた。

 この夕食時のやりとりなんて、俺はすっかり忘れていたが、弟子はそうじゃなかった。
「ししょー、今のかわいかった! おいしいもの食べた時の顔ね、かわいいの」
「はいはい」

 どうせすぐに飽きるだろうと思って適当に流していたのがまずかった。
 弟子を連れて、道具屋の女将の元へ顔を出した時のこと。
 例によって、女将と話していたら弟子が「あ!」と声を上げた。

「なんだよ?」
「おかみさんと話してるししょーもかわいいねー?」

 噴き出しそうなのを両手で押さえる女将の視線が痛い。
 弟子はそんなことも知らずに、「かわいいねー?」と繰り返すから、俺は居た堪れなくなる。  

「頼む。もう、やめてくれ……」
「ししょーが、自分はかわいいって分かったならやめる!」
「わかった、わかったから!」
「何がわかったか、じぶんのことばで言って!」

 あぁ、俺がいつもお前に言ってるやつじゃねぇか……。
 早く言えとこちらを向く小さな弟子を抱き上げると耳元に口を寄せる。

「俺はかわいいとわかりました」
「よし!」

 一回でキセイが納得してくれて助かった。
 そのままキセイを抱き、もう片方の手で荷物を掴む。 

「じゃ、女将、帰るわ」
「毎度。あんたかわいいのかい。し、知らなかったわ。ふ、ひィ、ひひひ……」

 女将の地獄耳! 最悪だ!
 おい、キセイ! そうだよーとか言うな!

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