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変わっていくのにわからないまま、旅に出る。

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 急激に二人の日常が、関係が変わっていく。
 逃れられない終わりにむけて、俺たちは準備を進めていた。
 クォジャさんとトピアクさんにいくつか集めてほしいものがあると話すと激しく感動された。
「伝説のお力になれるとは……!!」
 なんとなく騙しているようで複雑な気持ちになる。そんな俺にロルガは「これが言葉にしない魅力ってやつだ」と意味深に笑った。
 猟師と誤解されていたのが功を奏して、旅に必要なものは、怪しまれることなく手に入った。
「次に狙っているのはどんな大物ですかね。いやいや、だめだめ、すぐに聞くのはジジイの悪い癖。ナルセ殿は語らず結果を見せるお方だから……」
 自分とロルガ、サイズの大きく違うふたり分の服については、さすがに首を傾げたが「あぁ! 成長が楽しみですな」と勝手に納得された。童顔も悪くない。
 
「面白い男がいるのですがな……」
 帰り際に必ず聞かれる質問には、激しく首を横に振る。こればっかりは誤解されては困る。ついでに「熊が」と呟けば、「さすが熊殺し……!!」とふたりは感動して去っていく。
「これも言葉にしない魅力ってやつ?」
「かもな」
 二人が帰るとロルガは思い出したように黒い布で窓を覆い、俺を抱き寄せる。体に巻き付くのはいつもと同じ手なのに、その時だけはやけに熱く感触が違う。知らず知らずのうちに俺の呼吸は浅くなり、体の力が抜けていく。そしてロルガは耳元に口を寄せて尋ねる。
「嫌か?」
「……嫌じゃない」
 いつも答えは変わらないのに、必ず繰り返すこのやりとりが嫌だ。息苦しくて、むず痒い気持ちにじっとしていられなくなる。逃げ出したいのに、動けない。
 ロルガはこの正体を知っているのに、口にしない。他のことはなんだって言うくせに。
 
 準備が整うとロルガはすぐに出発すると言ったが、俺はやっぱり村にあいさつをしたかった。
「きっと、面倒なことになるぞ」
「それでも、やっぱりこのままってわけにはいかないよ」
 クォジャさんが村のどこに住んでいるのかは聞いていたので、出発前に立ち寄ることにした。
 

 朝が始まる前に空はじんわりと色が薄くなる。
 陽の光とも違う淡い紫が美しく、旅立ちには完璧な時間だった。
 肌を刺す冷えた空気に身震いすると、ロルガの手が伸びてきて上着の襟元をかき合わせた。
「もう少しベルトを締めるか?」
「いや、これ以上は苦しい」
「お前は細くて加減がわからん」
「大丈夫だって……!」
 用意してもらったあたたかい上着はクォジャさんたちが着ていたのと同じガウン型のコートで、目の詰まったフエルト生地は少しくらいの風なら通らない。
 髪の色に合わせて黒く染めてはどうかとか、色々提案はあったが、時間が惜しいのですぐ手に入る定番のベージュにしてもらった。ベルトも同じ色だ。
 下に着ているのは綿のシャツとズボンでどちらもゆったりしている。庶民は古着を着回すので、誰の体にも合うように大きめに作られていて、裾や袖を折ったり、紐で縛ったりして調整するらしい。ロルガ用には一番大きな服を用意してもらったが、それでも「短い」と不満そうだった。少年用の服なのに俺はズボンの裾を折っているんだけどな……。
 いざお互いに服を着ると、なんだか照れ臭い。あんなに服を着ていないのを恥ずかしがっていたはずなのに。
 分厚い上着を着ても、ロルガの立派な体付きは健在で、野生的な顔立ちが引き立てられる。目で追わないようにするのが難しいほどだ。
 初めて外から見る家は、うまく木々に目隠しされて、少し離れるとすぐに見失ってしまう。ロルガは特になごり惜しむ様子がなかったので、俺はこっそり振り返って心の中でさよならをした。俺にとっては良い思い出ばかりの場所だった。
 村へは道なき道を進み、岩場を越える必要があった。
 人に感謝されることを熊から人間に戻るための条件にしながら、簡単には人に巡り会えない場所に置いていかれたロルガを思うと切ない。でも、だからこそ俺はロルガに拾ってもらえたのだろう。複雑な気持ちでいると、ロルガが手を伸ばしてきた。
「もう疲れたのか?」
 抱き上げられそうになったので、走って逃げた。結局息が切れて座り込む俺にロルガは笑う。
 ——今が一番幸せ
 そう言ったロルガの言葉を思い出した。
 
 街道のすぐ近くに村の入り口はあった。
 大きく外見が変わっているとはいえ、念のため元王子のロルガは茂みで待っていてもらう。俺は一人でクォジャさんを訪ねた。
 一番に日の出が拝める部屋に住んでいる、との言葉通り、村の東の端にクォジャさんの家を見つけた。
 大きな口を開けてイビキをかくクォジャさんが窓から見えて、思わず笑う。カーテンがないおかげで人違いをしなくて済んだ。
 コツコツと何度か窓を叩くと、いびきが止まりクォジャさんがベッドから起き上がる。ハラリと布団がずれると浅黒い肌が現れ、俺は目を細め視界を狭めた。クォジャさんのぶらぶらは見たくない。
「ナルセ殿?!」
 クォジャさんは寝起きのガサガサ声で叫ぶと窓に走り寄ってきた。窓を開け終わる前に急いで俺は話し始める。
「朝早くに失礼します。突然ですが旅に出るのでご挨拶に参りました。短い間ですがお世話になりました。村の話を聞けて楽しかったです。お礼に薬草を持ってきました。その、村を騒がせた熊が教えてくれたやつなんです。玄関に置いておくので受け取ってください。皆さんを悩ませた熊ですが、あの、悪いやつじゃないんです。仲良くする方法がわからなかっただけで。それだけは言いたくて。急にごめんなさい。ありがとうございました」
 一息に言って頭を下げるとそのまま走って、クォジャさんの家を後にした。
 顔を見たら、別れがたくなる。話しが始まったら、いつまでも聞き入ってしまう。村を騒がせた熊を悪いやつじゃないなんて、どうかしてることを一方的に言ったが、クォジャさんならいつかわかってくれるんじゃないかと期待した。全部俺の勝手だけど、受け入れて欲しい。最初で最後のわがままだから許して欲しい。
 俺を変えてくれたロルガをただの悪い熊と誤解されたままなのは、どうしても嫌だった。
 一度だけ振り返って、窓に向かって大きく手を振った。微かに自分を呼ぶ声がしたけど走りだす。これ以上ロルガから離れていられなかった。
「ルル!」
 茂みに向かって叫びながら走り寄る。
 俺は逃げないと言ったけど、ロルガはそう言ってないじゃないか。
 そう気がついたら、怖くてたまらなかった。
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みんなの感想(1件)

黒川
2024.11.04 黒川

可愛い!可愛い!
企画で投稿されてた時から好きだった作品です。お歌とダンスしながらのお料理シーン、大好きな一コマだったので、しっかり入っててニヤニヤしてしまいました。
お話を広げてくださりありがとうございます。もっと読みたいと思ってた作品だったので嬉しいです。
これからの更新も楽しみにしております♡♡

万年青二三歳
2024.11.04 万年青二三歳

黒川さんありがとうございます!!!
可愛いと言っていただけて本当に嬉しい!
もっと読みたいの言葉に救われました。生き返る。
更新を続けていけそうです。
心温まる感想をありがとうございました!

解除

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