36 / 56
逃げないと確かめあったら、ふたりの隙間はなくなる
しおりを挟む
「俺は逃げない。そばにいるよ」
「……俺が何をしても逃げないのか?」
こちらを推し量るようなロルガの視線にはまだ不安があった。それでも、無責任に大丈夫だと安請け合いはしたくない。
「そう言われると、困るな」
「ならば、何をされたくない?」
難しい質問だった。自分のしたいことに鈍感だったように、されたくないことについても考えたことがない。
「なんでも良いから言ってみろ」
それでも時間がかかると察したロルガはベンチに腰を下ろし、俺のことを空いた左側に誘った。木の座面は並んで座っても、体が傾くことはない。ソファでは自然と体がロルガへと寄り添うのに、ここではふたりの間に風が通る。
ロルガにされて、嫌なこと。
生活を思い返しても思い当たることはない。初めの頃は、我慢して叫んでトイレにこもってと散々だったことが懐かしい。
「痛いのは嫌だな……」
「そうか」
素っ気ないが、ロルガの短い相槌が好きだ。感情の乗らない、聞こえていると知らせるだけの言葉は俺を焦らせないし、追い詰めない。
「怖いのも、無理」
「そうか」
漠然としたことしか思い浮かばないが、とりあえず口にしてみる。やがて、ひとつ思い浮かんだことがあった。
「……無視しないで、ほしい」
「あぁ、わかった。絶対に無視はしない。約束する」
俺の言葉に何かを感じたらしいロルガは改まった様子でそう言うと、右手を伸ばし俺の頬に触れた。いつのまにか俺の体は冷えていて、ロルガの熱さに身震いする。
「中に入るか」
「……うん。そうする」
ロルガの後に続き、再び小屋の中へと戻る。少し温度を下げた空気に包まれるのは心地良い。いつのまにか硬くなった体がほぐされるような気がする。
珍しく、ロルガは一番手前の下段に腰掛けると、俺の腕を掴んで引き寄せた。
「え、あ」
突然のことにバランスを崩して倒れ込む。俺の体は硬く弾力のある太ももの上に乗り上げ、頬は柔らかな胸に抱き止められた。何度も触れたことのある、よく知る場所のはずなのに胸が騒いだ。
「ごめん、なんか乗っちゃって……」
急いで離れようとするが、ロルガは俺の腕を掴んだままだった。決して強い力が込められているわけではない。それでもいつも以上に熱を感じ、簡単には離れない予感があった。
「こうしているのは嫌か?」
「……嫌じゃない」
「ならば、このままで」
ロルガの膝の上には何度も座ってきた。横抱きにされたのだって初めてじゃない。だけど、俺の体にしっかりと回された両腕にいつもとは違うものを感じた。
腰を掴む手は火傷しそうに熱く、大きい。きっと本気を出したら俺の骨なんて簡単に砕いてしまうのだろう。時折、指先に力が入り、肉の感触を確かめるように動いた。痛みを感じる一歩手前の感触に息を呑む。ロルガが力をゆるめると同時にもれてしまう俺の息は熱く、ロルガの胸を湿らせた。たまらない気持ちになって頭を強く押し付けると、またロルガは力を込める。
一言も発していないのに、互いの感情が行き来するのを感じた。自分の中で急速に膨らんでいく熱い気持ちに名前をつけられないまま、ロルガに知られていく。そして、同じものがロルガの中にもあると知らされる。溺れそうなほどあふれているのに、正体がはっきりしないもどかしさが焦ったい。
「なんで? どうして?」
整理がつかないまま口にした言葉はうわ言のようにかすれたが、ロルガにはきちんと届いたらしい。
「言葉にしない魅力を俺に教えたのはお前だ。ナルシィ」
「そんなこと、知らない」
「それに、この方がお前には効果がある」
「意地悪だ」
クククッとロルガの喉が音を立てるのを聞いた。
ふたり分の汗が混じり合い床を濡らす。
やがてロルガは俺を抱き上げると、小屋を後にした。外のベンチに座り涼むことはしない。せっかく用意した料理をつまむこともしない。
「今のお前を誰にも見せるわけにはいかない」
そう言って、ベッドルームに入った。今の俺からはカーテン代わりの黒い布では隠しきれないものが、何か漏れ出しているのだろうか。
一度も体を離さないままベッドに横たわる。
どちらも無理のある体勢のまま水を飲んだせいで、大部分がこぼれたが拭うこともしない。互いの体を濡らすのが、何であるか、誰のものか、ますますわからなくなる。浅いままの呼吸をなだめるようにロルガの指が俺の髪を梳いた。いつもは眠りを誘う行為なのに今は逆効果だ。頭の芯が熱くなり、めまいがする。
「これではちっとも体が冷えていかないな」
そう言うとロルガは、さらに俺を抱く腕に力を込めた。
もう俺たちの間には少しの隙間もない。
「……俺が何をしても逃げないのか?」
こちらを推し量るようなロルガの視線にはまだ不安があった。それでも、無責任に大丈夫だと安請け合いはしたくない。
「そう言われると、困るな」
「ならば、何をされたくない?」
難しい質問だった。自分のしたいことに鈍感だったように、されたくないことについても考えたことがない。
「なんでも良いから言ってみろ」
それでも時間がかかると察したロルガはベンチに腰を下ろし、俺のことを空いた左側に誘った。木の座面は並んで座っても、体が傾くことはない。ソファでは自然と体がロルガへと寄り添うのに、ここではふたりの間に風が通る。
ロルガにされて、嫌なこと。
生活を思い返しても思い当たることはない。初めの頃は、我慢して叫んでトイレにこもってと散々だったことが懐かしい。
「痛いのは嫌だな……」
「そうか」
素っ気ないが、ロルガの短い相槌が好きだ。感情の乗らない、聞こえていると知らせるだけの言葉は俺を焦らせないし、追い詰めない。
「怖いのも、無理」
「そうか」
漠然としたことしか思い浮かばないが、とりあえず口にしてみる。やがて、ひとつ思い浮かんだことがあった。
「……無視しないで、ほしい」
「あぁ、わかった。絶対に無視はしない。約束する」
俺の言葉に何かを感じたらしいロルガは改まった様子でそう言うと、右手を伸ばし俺の頬に触れた。いつのまにか俺の体は冷えていて、ロルガの熱さに身震いする。
「中に入るか」
「……うん。そうする」
ロルガの後に続き、再び小屋の中へと戻る。少し温度を下げた空気に包まれるのは心地良い。いつのまにか硬くなった体がほぐされるような気がする。
珍しく、ロルガは一番手前の下段に腰掛けると、俺の腕を掴んで引き寄せた。
「え、あ」
突然のことにバランスを崩して倒れ込む。俺の体は硬く弾力のある太ももの上に乗り上げ、頬は柔らかな胸に抱き止められた。何度も触れたことのある、よく知る場所のはずなのに胸が騒いだ。
「ごめん、なんか乗っちゃって……」
急いで離れようとするが、ロルガは俺の腕を掴んだままだった。決して強い力が込められているわけではない。それでもいつも以上に熱を感じ、簡単には離れない予感があった。
「こうしているのは嫌か?」
「……嫌じゃない」
「ならば、このままで」
ロルガの膝の上には何度も座ってきた。横抱きにされたのだって初めてじゃない。だけど、俺の体にしっかりと回された両腕にいつもとは違うものを感じた。
腰を掴む手は火傷しそうに熱く、大きい。きっと本気を出したら俺の骨なんて簡単に砕いてしまうのだろう。時折、指先に力が入り、肉の感触を確かめるように動いた。痛みを感じる一歩手前の感触に息を呑む。ロルガが力をゆるめると同時にもれてしまう俺の息は熱く、ロルガの胸を湿らせた。たまらない気持ちになって頭を強く押し付けると、またロルガは力を込める。
一言も発していないのに、互いの感情が行き来するのを感じた。自分の中で急速に膨らんでいく熱い気持ちに名前をつけられないまま、ロルガに知られていく。そして、同じものがロルガの中にもあると知らされる。溺れそうなほどあふれているのに、正体がはっきりしないもどかしさが焦ったい。
「なんで? どうして?」
整理がつかないまま口にした言葉はうわ言のようにかすれたが、ロルガにはきちんと届いたらしい。
「言葉にしない魅力を俺に教えたのはお前だ。ナルシィ」
「そんなこと、知らない」
「それに、この方がお前には効果がある」
「意地悪だ」
クククッとロルガの喉が音を立てるのを聞いた。
ふたり分の汗が混じり合い床を濡らす。
やがてロルガは俺を抱き上げると、小屋を後にした。外のベンチに座り涼むことはしない。せっかく用意した料理をつまむこともしない。
「今のお前を誰にも見せるわけにはいかない」
そう言って、ベッドルームに入った。今の俺からはカーテン代わりの黒い布では隠しきれないものが、何か漏れ出しているのだろうか。
一度も体を離さないままベッドに横たわる。
どちらも無理のある体勢のまま水を飲んだせいで、大部分がこぼれたが拭うこともしない。互いの体を濡らすのが、何であるか、誰のものか、ますますわからなくなる。浅いままの呼吸をなだめるようにロルガの指が俺の髪を梳いた。いつもは眠りを誘う行為なのに今は逆効果だ。頭の芯が熱くなり、めまいがする。
「これではちっとも体が冷えていかないな」
そう言うとロルガは、さらに俺を抱く腕に力を込めた。
もう俺たちの間には少しの隙間もない。
28
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜
ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。
短編用に登場人物紹介を追加します。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
あらすじ
前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。
20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。
そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。
普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。
そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか??
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。
前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。
文章能力が低いので読みにくかったらすみません。
※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました!
本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!
もふもふ相棒と異世界で新生活!! 神の愛し子? そんなことは知りません!!
ありぽん
ファンタジー
[第3回次世代ファンタジーカップエントリー]
特別賞受賞 書籍化決定!!
応援くださった皆様、ありがとうございます!!
望月奏(中学1年生)は、ある日車に撥ねられそうになっていた子犬を庇い、命を落としてしまう。
そして気づけば奏の前には白く輝く玉がふわふわと浮いていて。光り輝く玉は何と神様。
神様によれば、今回奏が死んだのは、神様のせいだったらしく。
そこで奏は神様のお詫びとして、新しい世界で生きることに。
これは自分では規格外ではないと思っている奏が、規格外の力でもふもふ相棒と、
たくさんのもふもふ達と楽しく幸せに暮らす物語。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる