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逃げないと確かめあったら、ふたりの隙間はなくなる

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「俺は逃げない。そばにいるよ」
「……俺が何をしても逃げないのか?」
 こちらを推し量るようなロルガの視線にはまだ不安があった。それでも、無責任に大丈夫だと安請け合いはしたくない。
「そう言われると、困るな」
「ならば、何をされたくない?」
 難しい質問だった。自分のしたいことに鈍感だったように、されたくないことについても考えたことがない。
「なんでも良いから言ってみろ」
 それでも時間がかかると察したロルガはベンチに腰を下ろし、俺のことを空いた左側に誘った。木の座面は並んで座っても、体が傾くことはない。ソファでは自然と体がロルガへと寄り添うのに、ここではふたりの間に風が通る。
 ロルガにされて、嫌なこと。
 生活を思い返しても思い当たることはない。初めの頃は、我慢して叫んでトイレにこもってと散々だったことが懐かしい。
「痛いのは嫌だな……」
「そうか」
 素っ気ないが、ロルガの短い相槌が好きだ。感情の乗らない、聞こえていると知らせるだけの言葉は俺を焦らせないし、追い詰めない。
「怖いのも、無理」
「そうか」
 漠然としたことしか思い浮かばないが、とりあえず口にしてみる。やがて、ひとつ思い浮かんだことがあった。
「……無視しないで、ほしい」
「あぁ、わかった。絶対に無視はしない。約束する」
 俺の言葉に何かを感じたらしいロルガは改まった様子でそう言うと、右手を伸ばし俺の頬に触れた。いつのまにか俺の体は冷えていて、ロルガの熱さに身震いする。
「中に入るか」
「……うん。そうする」
 ロルガの後に続き、再び小屋の中へと戻る。少し温度を下げた空気に包まれるのは心地良い。いつのまにか硬くなった体がほぐされるような気がする。
 珍しく、ロルガは一番手前の下段に腰掛けると、俺の腕を掴んで引き寄せた。
「え、あ」
 突然のことにバランスを崩して倒れ込む。俺の体は硬く弾力のある太ももの上に乗り上げ、頬は柔らかな胸に抱き止められた。何度も触れたことのある、よく知る場所のはずなのに胸が騒いだ。
「ごめん、なんか乗っちゃって……」
 急いで離れようとするが、ロルガは俺の腕を掴んだままだった。決して強い力が込められているわけではない。それでもいつも以上に熱を感じ、簡単には離れない予感があった。
「こうしているのは嫌か?」
「……嫌じゃない」
「ならば、このままで」
 ロルガの膝の上には何度も座ってきた。横抱きにされたのだって初めてじゃない。だけど、俺の体にしっかりと回された両腕にいつもとは違うものを感じた。
 腰を掴む手は火傷しそうに熱く、大きい。きっと本気を出したら俺の骨なんて簡単に砕いてしまうのだろう。時折、指先に力が入り、肉の感触を確かめるように動いた。痛みを感じる一歩手前の感触に息を呑む。ロルガが力をゆるめると同時にもれてしまう俺の息は熱く、ロルガの胸を湿らせた。たまらない気持ちになって頭を強く押し付けると、またロルガは力を込める。
 一言も発していないのに、互いの感情が行き来するのを感じた。自分の中で急速に膨らんでいく熱い気持ちに名前をつけられないまま、ロルガに知られていく。そして、同じものがロルガの中にもあると知らされる。溺れそうなほどあふれているのに、正体がはっきりしないもどかしさが焦ったい。
「なんで? どうして?」
 整理がつかないまま口にした言葉はうわ言のようにかすれたが、ロルガにはきちんと届いたらしい。
「言葉にしない魅力を俺に教えたのはお前だ。ナルシィ」
「そんなこと、知らない」
「それに、この方がお前には効果がある」
「意地悪だ」
 クククッとロルガの喉が音を立てるのを聞いた。
 ふたり分の汗が混じり合い床を濡らす。
 やがてロルガは俺を抱き上げると、小屋を後にした。外のベンチに座り涼むことはしない。せっかく用意した料理をつまむこともしない。
「今のお前を誰にも見せるわけにはいかない」
 そう言って、ベッドルームに入った。今の俺からはカーテン代わりの黒い布では隠しきれないものが、何か漏れ出しているのだろうか。
 一度も体を離さないままベッドに横たわる。
 どちらも無理のある体勢のまま水を飲んだせいで、大部分がこぼれたが拭うこともしない。互いの体を濡らすのが、何であるか、誰のものか、ますますわからなくなる。浅いままの呼吸をなだめるようにロルガの指が俺の髪を梳いた。いつもは眠りを誘う行為なのに今は逆効果だ。頭の芯が熱くなり、めまいがする。
「これではちっとも体が冷えていかないな」
 そう言うとロルガは、さらに俺を抱く腕に力を込めた。
 もう俺たちの間には少しの隙間もない。
 
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