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一緒に目覚めたら、一緒に汗をかく
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いつも通りベッドの上で寄り添い寒さをしのぐ。ロルガが寝息を立てる前に俺は尋ねた。
「さっき、暖炉の前で何を考えてた?」
「……いろいろと」
「たとえば?」
「さぁな。お前との別れとか?」
「別れ、か……」
自分で口にしてみると、その響きの冷たさに気持ちが重くなった。
それを察したのか、ロルガは大袈裟にすすり泣く真似をし、俺の頭に顔をすりつける。思わず笑うと、ロルガの手が繰り返し俺の髪を梳いた。
——別れ
考えもしなかった言葉につられて、俺もロルガとの別れを想像してみるが、何も思い浮かばない。
一日中、すぐそばにロルガがいる。それ以外の暮らし方がまるでわからなかった。共に過ごした時間を思い出し、そこからロルガを消してみるが、どうやってもうまくいかない。
規則正しい寝息が聞こえてくる。耳をくすぐる吐息がくすぐったくて身じろげば、体に巻き付いた腕に力がこもった。もう毛皮なんてないのに、俺はすっかりここで寝ることを気に入ってしまった、なんてロルガは信じるだろうか。俺だって信じられない。
目覚めてすぐにホッとしたのは視界が白くなかったからだ。
まだロルガが一緒に寝ていることに安心して再び目を閉じる。珍しく早く目覚めたが、すでに眠気はない。頭はすっきりと冴え渡り、すぐにでも動き出せそうだったが、もう少し自分以外の体温を感じていたかった。ロルガの肌をなでると、応えるように大きな手が俺の髪を梳く。
「起きたか」
「うん」
その後は、お互いにしばらく黙っていた。
会話も何もせず、ただ一緒に横たわっているのはこれが初めてだと気がついたのは、ベッドルームを出てからだった。いつもそうだ。俺は大切なことに気がつくのが遅い。
ぼんやりとしていると、隣でパンをこね始めたロルガが声をかけてきた。
「来客が待ち遠しいか? 早く髪を整えないと、来てしまうぞ」
からかわれても怒る気にはならない。むしろ今日は誰にも会いたくないと思っていた。しかし、この家では居留守も使えない。
「……カーテンがあればいいのに」
「なぜだ」
「中をのぞかれないように。他人にイフュムスを邪魔されたくない」
独り言のつもりが聞かれてしまったので、口にするつもりのなかった理由も言ってしまう。
サウナに入るだけでなく、それに関連すること全てを総称した名前がイフュムスだから、事前の食事の準備も、小屋が温まるのを待つのも、大切な手順な気がした。久しぶりにふたりで小屋に入ると思うと、全てをふたりきりでしたい。誰にも入ってきてほしくない。
てっきりまた、ロルガはいやらしい男だとでも言うと思ったら、無言で食糧庫へ行ってしまった。
戻ってきた手には黒い布がある。根菜類の上にかけてあったものだ。そのまま窓のところに行き、ガタガタと何かをやったかと思うと、部屋が薄暗くなる。
「これなら見えないだろ」
こちらを振り返ったロルガは得意げな顔をした。隙間に布を押し込んだのか、窓の全面が黒い布で覆われている。
「一体中で何してるんだ?! って、噂になっちゃうね。怪しい」
「とっくに噂だろ。伝説の最強猟師殿は幼い、熊殺し。おまけに男好きだからいやらしいカーテンをつけても怪しくはない」
「その言い方は……でも、そこまで誤解されるとちっとも自分のことだと思えないからいいや」
なんだか愉快な気持ちになってきて、シャツが汚れるのも気にせず、ロルガが途中で放り出したパン生地をこねた。
どうせ、小屋に入る時には脱ぐのだ。
それを見たロルガは軽く眉を持ち上げただけで、何も言わなかった。隣でベーコンを角切りにし、ハムを薄く削ぐように切る。お馴染みの料理が次々に出来ていった。
前より気温が上がっているから小屋の準備が整うのも早い。ロルガが俺を呼びにきたのは、まだ洗面所でシャツを洗っている最中だった。
「すぐ行くから、先に行ってて」
「わかった」
本当はあとは絞るだけだったが、久しぶりに腰布一枚になった姿をまじまじと見られるのが恥ずかしくて、後から行くことにした。
食糧庫を抜け、小屋へと続く引き戸を開ける。あいにくの曇り空に腰布一枚で向かうには肌寒いが、もう行手を阻む雪はない。それでも、一歩を踏み出すには勇気が必要だった。この緊張の理由はきっとこのイフュムスでわかる。そんな気がした。
何度燻製小屋に入っても、ドアを開けた瞬間は息が止まる。襲いかかってくるような熱い空気に全身が包まれるが、薄暗い視界でも進む足に迷いはない。
最上段に座るロルガは腰布を巻いた姿で床に汗をこぼしていた。二つの浅い呼吸が重なる。俺が中段にゴロリと仰向けになると、ロルガは覗き込むように自分の腕を枕に横向きに寝転がった。会話をするには熱すぎるから視線を合わせるだけだ。それでもロルガが喜んでいることは伝わってくる。どうして自分は恥ずかしがって一緒に入るのをやめたんだろうと悔やむほど、満たされた表情だった。
今日は限界を迎えるのが早い。
あっという間に頭熱くなり、うまく呼吸が整えられなくなる。
立ち上がった俺の手をロルガがつかんだので、身振りで水を飲んでくると伝え外に出た。小屋の前にあるベンチに置かれたピッチャーの水を飲む。目を閉じて風に吹かれているとロルガが出てきた。
「今日はやけに熱く感じる」
「ルルも? 俺もそうだ」
持っていた椀に水を注いで差し出すと、俺の手ごと掴んで口をつけた。
「ふふ、慌てなくても大丈夫。水は逃げないよ」
「ナルシィは?」
「俺は——」
冗談かと思ったら、俺を見つめるロルガの目は不安を宿しているように見えた。
「俺は逃げない。そばにいるよ」
「さっき、暖炉の前で何を考えてた?」
「……いろいろと」
「たとえば?」
「さぁな。お前との別れとか?」
「別れ、か……」
自分で口にしてみると、その響きの冷たさに気持ちが重くなった。
それを察したのか、ロルガは大袈裟にすすり泣く真似をし、俺の頭に顔をすりつける。思わず笑うと、ロルガの手が繰り返し俺の髪を梳いた。
——別れ
考えもしなかった言葉につられて、俺もロルガとの別れを想像してみるが、何も思い浮かばない。
一日中、すぐそばにロルガがいる。それ以外の暮らし方がまるでわからなかった。共に過ごした時間を思い出し、そこからロルガを消してみるが、どうやってもうまくいかない。
規則正しい寝息が聞こえてくる。耳をくすぐる吐息がくすぐったくて身じろげば、体に巻き付いた腕に力がこもった。もう毛皮なんてないのに、俺はすっかりここで寝ることを気に入ってしまった、なんてロルガは信じるだろうか。俺だって信じられない。
目覚めてすぐにホッとしたのは視界が白くなかったからだ。
まだロルガが一緒に寝ていることに安心して再び目を閉じる。珍しく早く目覚めたが、すでに眠気はない。頭はすっきりと冴え渡り、すぐにでも動き出せそうだったが、もう少し自分以外の体温を感じていたかった。ロルガの肌をなでると、応えるように大きな手が俺の髪を梳く。
「起きたか」
「うん」
その後は、お互いにしばらく黙っていた。
会話も何もせず、ただ一緒に横たわっているのはこれが初めてだと気がついたのは、ベッドルームを出てからだった。いつもそうだ。俺は大切なことに気がつくのが遅い。
ぼんやりとしていると、隣でパンをこね始めたロルガが声をかけてきた。
「来客が待ち遠しいか? 早く髪を整えないと、来てしまうぞ」
からかわれても怒る気にはならない。むしろ今日は誰にも会いたくないと思っていた。しかし、この家では居留守も使えない。
「……カーテンがあればいいのに」
「なぜだ」
「中をのぞかれないように。他人にイフュムスを邪魔されたくない」
独り言のつもりが聞かれてしまったので、口にするつもりのなかった理由も言ってしまう。
サウナに入るだけでなく、それに関連すること全てを総称した名前がイフュムスだから、事前の食事の準備も、小屋が温まるのを待つのも、大切な手順な気がした。久しぶりにふたりで小屋に入ると思うと、全てをふたりきりでしたい。誰にも入ってきてほしくない。
てっきりまた、ロルガはいやらしい男だとでも言うと思ったら、無言で食糧庫へ行ってしまった。
戻ってきた手には黒い布がある。根菜類の上にかけてあったものだ。そのまま窓のところに行き、ガタガタと何かをやったかと思うと、部屋が薄暗くなる。
「これなら見えないだろ」
こちらを振り返ったロルガは得意げな顔をした。隙間に布を押し込んだのか、窓の全面が黒い布で覆われている。
「一体中で何してるんだ?! って、噂になっちゃうね。怪しい」
「とっくに噂だろ。伝説の最強猟師殿は幼い、熊殺し。おまけに男好きだからいやらしいカーテンをつけても怪しくはない」
「その言い方は……でも、そこまで誤解されるとちっとも自分のことだと思えないからいいや」
なんだか愉快な気持ちになってきて、シャツが汚れるのも気にせず、ロルガが途中で放り出したパン生地をこねた。
どうせ、小屋に入る時には脱ぐのだ。
それを見たロルガは軽く眉を持ち上げただけで、何も言わなかった。隣でベーコンを角切りにし、ハムを薄く削ぐように切る。お馴染みの料理が次々に出来ていった。
前より気温が上がっているから小屋の準備が整うのも早い。ロルガが俺を呼びにきたのは、まだ洗面所でシャツを洗っている最中だった。
「すぐ行くから、先に行ってて」
「わかった」
本当はあとは絞るだけだったが、久しぶりに腰布一枚になった姿をまじまじと見られるのが恥ずかしくて、後から行くことにした。
食糧庫を抜け、小屋へと続く引き戸を開ける。あいにくの曇り空に腰布一枚で向かうには肌寒いが、もう行手を阻む雪はない。それでも、一歩を踏み出すには勇気が必要だった。この緊張の理由はきっとこのイフュムスでわかる。そんな気がした。
何度燻製小屋に入っても、ドアを開けた瞬間は息が止まる。襲いかかってくるような熱い空気に全身が包まれるが、薄暗い視界でも進む足に迷いはない。
最上段に座るロルガは腰布を巻いた姿で床に汗をこぼしていた。二つの浅い呼吸が重なる。俺が中段にゴロリと仰向けになると、ロルガは覗き込むように自分の腕を枕に横向きに寝転がった。会話をするには熱すぎるから視線を合わせるだけだ。それでもロルガが喜んでいることは伝わってくる。どうして自分は恥ずかしがって一緒に入るのをやめたんだろうと悔やむほど、満たされた表情だった。
今日は限界を迎えるのが早い。
あっという間に頭熱くなり、うまく呼吸が整えられなくなる。
立ち上がった俺の手をロルガがつかんだので、身振りで水を飲んでくると伝え外に出た。小屋の前にあるベンチに置かれたピッチャーの水を飲む。目を閉じて風に吹かれているとロルガが出てきた。
「今日はやけに熱く感じる」
「ルルも? 俺もそうだ」
持っていた椀に水を注いで差し出すと、俺の手ごと掴んで口をつけた。
「ふふ、慌てなくても大丈夫。水は逃げないよ」
「ナルシィは?」
「俺は——」
冗談かと思ったら、俺を見つめるロルガの目は不安を宿しているように見えた。
「俺は逃げない。そばにいるよ」
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