33 / 56
他の人から新たな一面を聞くと、もっと確かめたくなる
しおりを挟む
「……肉王子?」
俺の呟きに二人は大きく頷いた。
「皮肉屋の肉好きで肉付きも良いから、肉王子、です」
トピアクさんは、肉、肉と繰り返しながら、頬を膨らませて両腕を浮かし、ヨタヨタとその場で足踏みをして見せる。
皮肉屋で肉好きまでは俺の知っているロルガだが、どう考えても、肉王子はイケメンマッチョな人間とは思えない。
呆気に取られる俺を見た二人はなぜかまた大きく頷く。
「そこいらの子どもだって知っていることですがの。世間のことなど気にもせず、山にこもって猟に励む……やっぱりそうでなきゃ伝説にはなれますまい」
「いやいや、親父、違うよ。ナルセ殿の心は清い。肉王子のような俗っぽい人間が信じられないんだろう。賞賛にも非難にも等しく皮肉を返し、あらゆる肉を愛する。食事も、閨も」
息子を相手にしゃべるクォジャさんは以前にも増して早口で、もちろんトピアクさんも負けてはいない。口を挟むのは諦め聞き役に徹していたが、聞きなれない言葉が引っかかった。
「……ネヤモ?」
首をひねるとクォジャさんが俺の呟きに反応した。目を細めるとズイズイ、と顔を突き出して覗き込んでくる。
「ナルセ殿は、どんなタイプがお好きで? スラリと手足の長い鹿か、尻を振るウサギか。まだお若いから、つれない小鳥を追い回すのも楽しかろ。ほ、ほ、ほ」
「こんなに日の高い時間から、いやらしい話をするねぇ、親父」
全く同じ顔でトピアクさんがひひひ、と笑う。好きな動物を聞かれていると思っていたが、違った。さては大人の話をしているな。
「せがれよ、ナルセ殿とお近づきになるにはピッタリの話題じゃないか。こんなに立派な男だ。将来は王族に仕えるかもしれんぞ。縁続きになれたら、我が家も安泰」
「それは俺も思っていたこと。うちの娘なんかちょうど良いじゃないか。強い男が好きだし……」
二人は本人を目の前に、隠すべき下心の話で盛り上がる。本当にアパクランの人々は望みを全部口にするのだなぁと感心してしまう。すでにこの家で元王子と暮らしているなんて言ったら大騒ぎになりそうだ。とにかく俺は猟師じゃないし、熊も殺していない。二人の野望は叶わないとやんわり伝えたいがどうしたものか。
様子を伺っていると、急にトピアクさんがこちらを向いた。
「……ナルセ殿、十五の娘はどうですか? お好みでしたら連れてきます」
「じゅ、十五の娘。十五歳……?! そんなのダメですよ。絶対にダメ」
激しく首を振る。未成年を相手にするなんて絶対に考えられない。というか、自分が誰かとどうにかなること自体考えられなかった。キスはおろか、付き合ったこともない。俺は童貞のまま生涯を終えると確信している。
「ほう……同年代の女がダメとなると、年上の男がお好きですか。二十五、六くらいか。誰かいたかな……」
クォジャさんの言葉にロルガの顔が浮かび、勘違いした心臓がドキッと大きな音をたてた。
いや、そもそもタイプなんて考えたことないし、ロルガは年上じゃないし、ロルガは俺をそんな対象として考えてないし……。
もんもんと考えていたら、窓をコツコツと叩かれた。顔をあげると二人が頭を下げる。
「ナルセ殿、また参ります」
「良い男を見繕ってきますゆえ、お楽しみに」
「え、あ、ちがっ、男は、男は大丈夫ですから……!」
あわてて叫ぶが、張り切った二人の背中に届いた気配はない。
「俺は二十八歳です。あと猟師じゃないです」
一人になったところで言えなかった言葉を口にしてみた。
十五歳の娘さんを同年代と言うなんて、俺のことを何歳だと思っているのだろう。こんなに頼りない体つきなのに猟師と勘違いするのもどうかしている。あと、男が好きではない。……違うよな?
クォジャさん、トピアクさんと順番に思い出してみても特別何かを感じることはない。よくしゃべるなぁと思うくらいだ。男らしい体つきを立派だとは思うが、ロルガの方がかっこいい。
「なんだそれは。自己紹介にしてはおかしい」
背後から聞こえた声に俺の肩は大袈裟に跳ねた。振り返ると、ロルガは食糧庫のドアに寄りかかってこちらを見ている。
「いるなら、いるって言ってよ」
全てを見透かすような視線を振り切り、窓を閉める。独り言を聞かれたせいで、頭の中まで覗き見されたような気分だった。ドギマギしながら振り返るとすぐそばにロルガがいて水の入った椀を差し出してきた。
「クォジャとトピアクから面白い話は聞けたか? 俺も聞きたいものだ」
「白々しい! どうせ全部聞いてたくせに」
「全部じゃない。お前が「男は大丈夫だ」と叫ぶのはよく聞こえたがな。そんなに男が欲しいのか」
「ちがうって! いらないって意味だから」
慌てる俺を見てロルガは笑うが、どこか気の抜けた表情を浮かべていた。
「疲れてる?」
「いいや。それはお前だろう」
「そうかな」
視線で促され、水を飲み干した。ロルガは空っぽになった椀を回収し片付けると、ソファに座った。静かに暖炉の火を見つめる横顔は疲れているような、何かを諦めたような、見たことのない表情を浮かべている。
「ロルガ、なに考えてる?」
俺の声に口の端を片方だけあげた。
「お前がいつ肉王子について聞いてくるかと考えていた」
「じゃあ、いま聞く。肉王子って呼ばれてたの?」
「あぁ、詳しく話してやるからこっちへ来い」
偉そうに手招きするロルガはいつも通りのようだったが、きっと違う。本当は何を考えていたのか、教えてくれるまで今日は寝ない。そう決めた。
俺の呟きに二人は大きく頷いた。
「皮肉屋の肉好きで肉付きも良いから、肉王子、です」
トピアクさんは、肉、肉と繰り返しながら、頬を膨らませて両腕を浮かし、ヨタヨタとその場で足踏みをして見せる。
皮肉屋で肉好きまでは俺の知っているロルガだが、どう考えても、肉王子はイケメンマッチョな人間とは思えない。
呆気に取られる俺を見た二人はなぜかまた大きく頷く。
「そこいらの子どもだって知っていることですがの。世間のことなど気にもせず、山にこもって猟に励む……やっぱりそうでなきゃ伝説にはなれますまい」
「いやいや、親父、違うよ。ナルセ殿の心は清い。肉王子のような俗っぽい人間が信じられないんだろう。賞賛にも非難にも等しく皮肉を返し、あらゆる肉を愛する。食事も、閨も」
息子を相手にしゃべるクォジャさんは以前にも増して早口で、もちろんトピアクさんも負けてはいない。口を挟むのは諦め聞き役に徹していたが、聞きなれない言葉が引っかかった。
「……ネヤモ?」
首をひねるとクォジャさんが俺の呟きに反応した。目を細めるとズイズイ、と顔を突き出して覗き込んでくる。
「ナルセ殿は、どんなタイプがお好きで? スラリと手足の長い鹿か、尻を振るウサギか。まだお若いから、つれない小鳥を追い回すのも楽しかろ。ほ、ほ、ほ」
「こんなに日の高い時間から、いやらしい話をするねぇ、親父」
全く同じ顔でトピアクさんがひひひ、と笑う。好きな動物を聞かれていると思っていたが、違った。さては大人の話をしているな。
「せがれよ、ナルセ殿とお近づきになるにはピッタリの話題じゃないか。こんなに立派な男だ。将来は王族に仕えるかもしれんぞ。縁続きになれたら、我が家も安泰」
「それは俺も思っていたこと。うちの娘なんかちょうど良いじゃないか。強い男が好きだし……」
二人は本人を目の前に、隠すべき下心の話で盛り上がる。本当にアパクランの人々は望みを全部口にするのだなぁと感心してしまう。すでにこの家で元王子と暮らしているなんて言ったら大騒ぎになりそうだ。とにかく俺は猟師じゃないし、熊も殺していない。二人の野望は叶わないとやんわり伝えたいがどうしたものか。
様子を伺っていると、急にトピアクさんがこちらを向いた。
「……ナルセ殿、十五の娘はどうですか? お好みでしたら連れてきます」
「じゅ、十五の娘。十五歳……?! そんなのダメですよ。絶対にダメ」
激しく首を振る。未成年を相手にするなんて絶対に考えられない。というか、自分が誰かとどうにかなること自体考えられなかった。キスはおろか、付き合ったこともない。俺は童貞のまま生涯を終えると確信している。
「ほう……同年代の女がダメとなると、年上の男がお好きですか。二十五、六くらいか。誰かいたかな……」
クォジャさんの言葉にロルガの顔が浮かび、勘違いした心臓がドキッと大きな音をたてた。
いや、そもそもタイプなんて考えたことないし、ロルガは年上じゃないし、ロルガは俺をそんな対象として考えてないし……。
もんもんと考えていたら、窓をコツコツと叩かれた。顔をあげると二人が頭を下げる。
「ナルセ殿、また参ります」
「良い男を見繕ってきますゆえ、お楽しみに」
「え、あ、ちがっ、男は、男は大丈夫ですから……!」
あわてて叫ぶが、張り切った二人の背中に届いた気配はない。
「俺は二十八歳です。あと猟師じゃないです」
一人になったところで言えなかった言葉を口にしてみた。
十五歳の娘さんを同年代と言うなんて、俺のことを何歳だと思っているのだろう。こんなに頼りない体つきなのに猟師と勘違いするのもどうかしている。あと、男が好きではない。……違うよな?
クォジャさん、トピアクさんと順番に思い出してみても特別何かを感じることはない。よくしゃべるなぁと思うくらいだ。男らしい体つきを立派だとは思うが、ロルガの方がかっこいい。
「なんだそれは。自己紹介にしてはおかしい」
背後から聞こえた声に俺の肩は大袈裟に跳ねた。振り返ると、ロルガは食糧庫のドアに寄りかかってこちらを見ている。
「いるなら、いるって言ってよ」
全てを見透かすような視線を振り切り、窓を閉める。独り言を聞かれたせいで、頭の中まで覗き見されたような気分だった。ドギマギしながら振り返るとすぐそばにロルガがいて水の入った椀を差し出してきた。
「クォジャとトピアクから面白い話は聞けたか? 俺も聞きたいものだ」
「白々しい! どうせ全部聞いてたくせに」
「全部じゃない。お前が「男は大丈夫だ」と叫ぶのはよく聞こえたがな。そんなに男が欲しいのか」
「ちがうって! いらないって意味だから」
慌てる俺を見てロルガは笑うが、どこか気の抜けた表情を浮かべていた。
「疲れてる?」
「いいや。それはお前だろう」
「そうかな」
視線で促され、水を飲み干した。ロルガは空っぽになった椀を回収し片付けると、ソファに座った。静かに暖炉の火を見つめる横顔は疲れているような、何かを諦めたような、見たことのない表情を浮かべている。
「ロルガ、なに考えてる?」
俺の声に口の端を片方だけあげた。
「お前がいつ肉王子について聞いてくるかと考えていた」
「じゃあ、いま聞く。肉王子って呼ばれてたの?」
「あぁ、詳しく話してやるからこっちへ来い」
偉そうに手招きするロルガはいつも通りのようだったが、きっと違う。本当は何を考えていたのか、教えてくれるまで今日は寝ない。そう決めた。
18
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
転生したらいつの間にかフェンリルになってた〜しかも美醜逆転だったみたいだけど俺には全く関係ない〜
春色悠
BL
俺、人間だった筈だけなんだけどなぁ………。ルイスは自分の腹に顔を埋めて眠る主を見ながら考える。ルイスの種族は今、フェンリルであった。
人間として転生したはずが、いつの間にかフェンリルになってしまったルイス。
その後なんやかんやで、ラインハルトと呼ばれる人間に拾われ、暮らしていくうちにフェンリルも悪くないなと思い始めた。
そんな時、この世界の価値観と自分の価値観がズレている事に気づく。
最終的に人間に戻ります。同性婚や男性妊娠も出来る世界ですが、基本的にR展開は無い予定です。
美醜逆転+髪の毛と瞳の色で美醜が決まる世界です。
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜
ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。
短編用に登場人物紹介を追加します。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
あらすじ
前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。
20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。
そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。
普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。
そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか??
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。
前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。
文章能力が低いので読みにくかったらすみません。
※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました!
本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる