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髪を整え来客に備えると、新たな謎が浮かび上がる
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クォジャさんが家を訪ねてきた翌日から、俺は朝起きると髪に手櫛を入れるようになった。
伸び放題の髪は癖がつきやすく、寝起きは嵐の後のように荒れ放題になる。それはロルガも同じだから気にしていなかったが、クォジャさんのきちんと手入れされた髪を見て、自分の見窄らしさを自覚した。せめて絡まりを解き、跳ねた毛先をどうにかしたい。
洗面台で毛先を濡らしてみたり、暖炉の前で髪を温めてクセが取れないか奮闘する俺にロルガは冷たい視線を注ぐ。
「……いつまでやっているつもりだ?」
ソファでうんざりとした顔をするロルガの髪だって伸び放題なのに、ちっとも見窄らしい感じがしないのがズルい。跳ねた毛先は野生的で、顔にかかる前髪が何とも言えないミステリアスな雰囲気をかもしだす。
「顔が良いとなんでもカッコ良くなるのズルいよな……」
やたら童顔なせいで、髪が伸び切った俺は山に捨てられた子どもみたいだった。オオカミ少年がそのまま老けた感じとでも言えばその悲惨さが伝わるだろうか。
「ナルシィ、やっと俺の魅力がわかったか」
「はいはい」
普段だったら、得意げなロルガの流し目にドキっとしたかもしれないが、今の俺はそれどころじゃない。最悪になってしまった第一印象をどうしたら取り消せるか考えるのに忙しかった。
クォジャさんが口にした再来の約束は、社交辞令だろうが、「人生何が起きるかわからない」と言われたことを思い出す。それは正に自分の現状だったから万が一を考えて準備をしたくなる。
「クォジャさん、また来るかな……」
もしも、もう一度会えるなら、身綺麗な自分でありたい。
そんな俺の気持ちを知ってか、知らずか、ロルガはため息をつく。
「そんなに、新しい男が気になるか。薄情者め」
「え、なにその言い方? うわッ」
ソファから立ち上がったロルガは、やっと少し落ち着いた俺の髪を手荒くかき混ぜた。
「小屋を見てくる」
「ひどい……!」
俺の文句なんて聞かずに食糧庫へと姿を消した。
カッコ良くはないが、少しだけマシになった頭で窓際に立っていた。この前を思い出しながら鍵を開け窓をスライドさせると、急に賑やかになる。どうやら、この窓は簡単な作りながら防音効果に優れているらしい。忙しない小鳥たちのさえずりと共に冷たい風が吹き込んでくる。身震いしながら遠くに視線をやった。
雪の消えた景色を一面、若葉色だと思っていたが、よく見ると転々と白い花が散るように咲いている。窓の隙間から流れ込む風の匂いを嗅いでみると、うっすら甘い気がした。
俺は雰囲気に流されやすい。
他人に何か言われると、すぐに自分の意見を見失ってしまう。
ロルガと過ごすうちに、あれがしたい、これは嫌だと言えるようになったから、もうイエスマンじゃないと思っていたのに、クォジャさんとの一件で、自信がなくなった。でも、もしかしたら久しぶりに初対面の人に会ったから緊張しただけかもしれない。二回目なら、ちゃんと自分の話をして誤解を解けるはず……。それを確かめたくて、クォジャさんを待ちかねていた。
白い花が混じる若草の向こうに灰色の影を見つけ、息を飲む。日が昇るようにゆっくりと見えてきたのがクォジャさんの頭だと確信した瞬間、俺は思わず両手を上げた。すぐにクォジャさんも両手を振って応えてくれる。
今日は俺だって、しゃべる。先手必勝とばかりに大声を上げた。
「お~~い!」
「んナァァァルセ殿ぉぉぉ!!!」
とんでもない大声が返ってきたので、俺も負けじと叫ぼうとしたら、クォジャさんの後ろにもう一人誰かがいることに気がついた。
「あれが、伝説の猟師か?!」
「そうだぁ、熊殺しのナルセ殿だ!」
クォジャさんと話すのは、紹介されなくても息子だとわかる。ダブって見えているのかと思うほどそっくりだが、髪色は焦茶で、クォジャさんよりわずかに体格が良い。
トピアク、と名乗ったクォジャさんの息子はよく日に焼け、いかにも自然の中で生きる男という印象だった。俺と歳が近そうだ。
「熊殺しのナルセ殿。おかげで安心して生活ができると村中が感謝しています。他のみんなも来たがったけど、ひとまず俺が代表してきました。あぁ、こんなに若いのに、小さいのに、熊を倒したなんて……」
「だから、伝説だと言ったろ。わかるか? ナルセ殿はこれからなんだ。まだまだ強くなるぞぉ」
「それは楽しみだ。英雄と呼ばれる日も近いかもしれないな。もしそうなら……」
熱狂する二人はどんどん早口になっていき、さっそく俺は出遅れてしまう。とにかく誤解を解かなくてはとしどろもどろになりながら、口を挟んだ。
「いや、あの、ちが、くて、熊っていうか、あれはロルガ——」
「なんと?!」
「あの肉王子の話か?!」
二人の目が限界まで開かれる。
俺はまた、やってしまったらしい。どうやって誤魔化そうと考えながらも気になるのはただひとつ。
「……肉王子?」
伸び放題の髪は癖がつきやすく、寝起きは嵐の後のように荒れ放題になる。それはロルガも同じだから気にしていなかったが、クォジャさんのきちんと手入れされた髪を見て、自分の見窄らしさを自覚した。せめて絡まりを解き、跳ねた毛先をどうにかしたい。
洗面台で毛先を濡らしてみたり、暖炉の前で髪を温めてクセが取れないか奮闘する俺にロルガは冷たい視線を注ぐ。
「……いつまでやっているつもりだ?」
ソファでうんざりとした顔をするロルガの髪だって伸び放題なのに、ちっとも見窄らしい感じがしないのがズルい。跳ねた毛先は野生的で、顔にかかる前髪が何とも言えないミステリアスな雰囲気をかもしだす。
「顔が良いとなんでもカッコ良くなるのズルいよな……」
やたら童顔なせいで、髪が伸び切った俺は山に捨てられた子どもみたいだった。オオカミ少年がそのまま老けた感じとでも言えばその悲惨さが伝わるだろうか。
「ナルシィ、やっと俺の魅力がわかったか」
「はいはい」
普段だったら、得意げなロルガの流し目にドキっとしたかもしれないが、今の俺はそれどころじゃない。最悪になってしまった第一印象をどうしたら取り消せるか考えるのに忙しかった。
クォジャさんが口にした再来の約束は、社交辞令だろうが、「人生何が起きるかわからない」と言われたことを思い出す。それは正に自分の現状だったから万が一を考えて準備をしたくなる。
「クォジャさん、また来るかな……」
もしも、もう一度会えるなら、身綺麗な自分でありたい。
そんな俺の気持ちを知ってか、知らずか、ロルガはため息をつく。
「そんなに、新しい男が気になるか。薄情者め」
「え、なにその言い方? うわッ」
ソファから立ち上がったロルガは、やっと少し落ち着いた俺の髪を手荒くかき混ぜた。
「小屋を見てくる」
「ひどい……!」
俺の文句なんて聞かずに食糧庫へと姿を消した。
カッコ良くはないが、少しだけマシになった頭で窓際に立っていた。この前を思い出しながら鍵を開け窓をスライドさせると、急に賑やかになる。どうやら、この窓は簡単な作りながら防音効果に優れているらしい。忙しない小鳥たちのさえずりと共に冷たい風が吹き込んでくる。身震いしながら遠くに視線をやった。
雪の消えた景色を一面、若葉色だと思っていたが、よく見ると転々と白い花が散るように咲いている。窓の隙間から流れ込む風の匂いを嗅いでみると、うっすら甘い気がした。
俺は雰囲気に流されやすい。
他人に何か言われると、すぐに自分の意見を見失ってしまう。
ロルガと過ごすうちに、あれがしたい、これは嫌だと言えるようになったから、もうイエスマンじゃないと思っていたのに、クォジャさんとの一件で、自信がなくなった。でも、もしかしたら久しぶりに初対面の人に会ったから緊張しただけかもしれない。二回目なら、ちゃんと自分の話をして誤解を解けるはず……。それを確かめたくて、クォジャさんを待ちかねていた。
白い花が混じる若草の向こうに灰色の影を見つけ、息を飲む。日が昇るようにゆっくりと見えてきたのがクォジャさんの頭だと確信した瞬間、俺は思わず両手を上げた。すぐにクォジャさんも両手を振って応えてくれる。
今日は俺だって、しゃべる。先手必勝とばかりに大声を上げた。
「お~~い!」
「んナァァァルセ殿ぉぉぉ!!!」
とんでもない大声が返ってきたので、俺も負けじと叫ぼうとしたら、クォジャさんの後ろにもう一人誰かがいることに気がついた。
「あれが、伝説の猟師か?!」
「そうだぁ、熊殺しのナルセ殿だ!」
クォジャさんと話すのは、紹介されなくても息子だとわかる。ダブって見えているのかと思うほどそっくりだが、髪色は焦茶で、クォジャさんよりわずかに体格が良い。
トピアク、と名乗ったクォジャさんの息子はよく日に焼け、いかにも自然の中で生きる男という印象だった。俺と歳が近そうだ。
「熊殺しのナルセ殿。おかげで安心して生活ができると村中が感謝しています。他のみんなも来たがったけど、ひとまず俺が代表してきました。あぁ、こんなに若いのに、小さいのに、熊を倒したなんて……」
「だから、伝説だと言ったろ。わかるか? ナルセ殿はこれからなんだ。まだまだ強くなるぞぉ」
「それは楽しみだ。英雄と呼ばれる日も近いかもしれないな。もしそうなら……」
熱狂する二人はどんどん早口になっていき、さっそく俺は出遅れてしまう。とにかく誤解を解かなくてはとしどろもどろになりながら、口を挟んだ。
「いや、あの、ちが、くて、熊っていうか、あれはロルガ——」
「なんと?!」
「あの肉王子の話か?!」
二人の目が限界まで開かれる。
俺はまた、やってしまったらしい。どうやって誤魔化そうと考えながらも気になるのはただひとつ。
「……肉王子?」
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