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服を着ると、脱げなくなる
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頼りない薄い布を腰に一枚巻いただけの格好で熊の体をした男と二人暮らし。
それが当たり前になってしまうのだから、慣れというのは恐ろしい。
しかし、たった一度ロルガが服を着た様子を見ただけで、その当たり前は崩れてしまった。見飽きるほどだった分厚い胸板も、見事な腹筋も、二の腕の筋さえも、目にするといけないことをしている気分になる。同時に自分がずっとさらしていた貧弱な体が恥ずかしくて、ブカブカのシャツのボタンをきっちりとはめ、ゆるすぎる襟元から中が見えやしないかと緊張している。
それでも、腹は減るし、二人の暮らしは続く。
朝は目が覚めると、自然に、気にしないように、いつも通りに、と心で念じながら、ベッドを後にする。そんなことを思っている時点でもう失敗なのだが、考えることをやめられない。
そんな俺の気も知らないで、先に起きていたロルガは顔を合わせるなり「パンが食べたい」と言う。起きたばかりでぼんやりしている俺の返事も待たず、食糧庫から材料を持ってきて、キッチンカウンターの上へと並べて行く。すっかり俺様なロルガに戻ったが、偉そうというよりは駄々っ子のように自分の望みを俺にぶつけてくる。
ロルガの服を着ていない上半身を避けて視線を落とすと、ゆったりとしたパンツに覆われた股間が気になる。もうそこには毛皮はないのだろうか。気になるが、ロルガに尋ねると「見るか?」としか言われないのでわからないままだ。
「ナルシィ」
腹を空かせたロルガは俺が来るのを待っている。俺は何の役にも立たないのに。
服を着る生活になってから、ロルガが料理をし、俺が片付けをするようになった。というのも、俺が料理をするとあっという間にシャツがシミだらけになり、食事のたびに洗う必要があるからだ。初めて服を着たままパンをこねたら生地の1割はシャツが食べているような惨状になった。
「脱いで洗え」
「え、乾くまでは腰布一枚でいるなんて耐えられない」
「今までその格好だったじゃないか」
ロルガは呆れた顔をするが、俺の気持ちはどうにも変わらない。ロルガに「俺を見るな」と言ったところで従うようなヤツではないとわかっているので、服が乾くまでベッドルームにいてもらったが、それが酷い体験だったらしい。「これからは俺が料理する」と宣言された。
レシピはロルガの頭の中だし、俺が料理するのをずっと見てきたから要領はわかっているはずなのに、ロルガは俺がそばにいないと料理を始めない。そもそも最近は一人で料理していたはずなのに。
汚れないように少し離れて横に立ち、ロルガの作業を見守る。ロルガの体から視線がそれるので余計なことを考えないで済むので好都合ではあった。役立たずなりに何かできないかと思うが、ロルガの手際の良さに手伝う余地はなく、無駄口を挟むくらいしかない。
「こねるのって意外と力使うよね。大変じゃない?」
「そうでもない。……あぁ、そうか。シャツに食わせながらこねるのは大変だろうがな」
「あ、あれは、わざとじゃないの!」
「そうか? ナルシィは俺と違って器用だと感心していたが」
「ロルガは意地悪だ!」
大きな声で抗議したが、ロルガの笑い声が大きくなっただけだった。
出来上がった薄パンをそれぞれの皿に乗せ、ダイニングテーブルに置く。横に添えたドライフルーツとチーズの和えたものは、初めてのイフュムスのとき以来、度々出てくるようになった。たった一口でも満足するほど濃厚な味なのだが、今日もたっぷり用意されている。嬉しいが、これがあると食事に時間がかかり、その分ロルガと向かい合う時間が長くなるので目のやり場に困る。
「もう少しこねる時間を長く取るべきだったか」
パンを一口食べたロルガは首をひねるが、俺にはなにが問題なのかよくわからない。
「そう? おいしいと思うけど」
「ならば良い」
すぐにロルガの表情がほぐれ、今日は随分機嫌が良いなと思う。
ロルガは凝り性らしい。自分で料理するようになってから、あれが違う、これが違うと試行錯誤を繰り返している。俺も感想を求められるが、あいにく立派な舌を持っていないので「おいしい」としか言えず、ロルガは「張り合いがない。もう少し何かないのか」と不満をこぼすのが常だ。
食事を終え後片付けをしていると、先にソファでくつろいでいたロルガが振り返った。
「イフュムスの準備をしている」
得意げな表情で俺の反応を待つロルガの視線から逃れるように、俺は床に落ちたゴミを拾うふりをする。
「そろそろサウナに入りたいだろう?」
答えはイエスでノーだ。サウナには入りたいが、肌は見たくないし晒したくない。そして理由も言いたくない。何と答えたら良いものかと返答を迷い、床にしゃがみ込んでいると、視界の端にロルガの足先が見えた。
「ナルシィ? 言いたいことがあるな?」
この呼び方は不思議だ。威圧的でなくても従いたくなる。優しい声に誘われて俺は思ったことをそのまま口にした。
「……サウナには入りたいけど、別々が良い」
「は? どういうことだ?」
「えぇと、先に入ってよ。俺は後で良いから」
「なぜだ」
「なんとなく……」
「………はぁ」
沈黙の後で大きく息が吐き出され、ロルガの足が動きだす。キッチンを離れ、やがてトイレに入る音がした。
「あぁ……!」
緊張が解け、その場に座り込む。
今の俺に裸の付き合いは無理だって!
それが当たり前になってしまうのだから、慣れというのは恐ろしい。
しかし、たった一度ロルガが服を着た様子を見ただけで、その当たり前は崩れてしまった。見飽きるほどだった分厚い胸板も、見事な腹筋も、二の腕の筋さえも、目にするといけないことをしている気分になる。同時に自分がずっとさらしていた貧弱な体が恥ずかしくて、ブカブカのシャツのボタンをきっちりとはめ、ゆるすぎる襟元から中が見えやしないかと緊張している。
それでも、腹は減るし、二人の暮らしは続く。
朝は目が覚めると、自然に、気にしないように、いつも通りに、と心で念じながら、ベッドを後にする。そんなことを思っている時点でもう失敗なのだが、考えることをやめられない。
そんな俺の気も知らないで、先に起きていたロルガは顔を合わせるなり「パンが食べたい」と言う。起きたばかりでぼんやりしている俺の返事も待たず、食糧庫から材料を持ってきて、キッチンカウンターの上へと並べて行く。すっかり俺様なロルガに戻ったが、偉そうというよりは駄々っ子のように自分の望みを俺にぶつけてくる。
ロルガの服を着ていない上半身を避けて視線を落とすと、ゆったりとしたパンツに覆われた股間が気になる。もうそこには毛皮はないのだろうか。気になるが、ロルガに尋ねると「見るか?」としか言われないのでわからないままだ。
「ナルシィ」
腹を空かせたロルガは俺が来るのを待っている。俺は何の役にも立たないのに。
服を着る生活になってから、ロルガが料理をし、俺が片付けをするようになった。というのも、俺が料理をするとあっという間にシャツがシミだらけになり、食事のたびに洗う必要があるからだ。初めて服を着たままパンをこねたら生地の1割はシャツが食べているような惨状になった。
「脱いで洗え」
「え、乾くまでは腰布一枚でいるなんて耐えられない」
「今までその格好だったじゃないか」
ロルガは呆れた顔をするが、俺の気持ちはどうにも変わらない。ロルガに「俺を見るな」と言ったところで従うようなヤツではないとわかっているので、服が乾くまでベッドルームにいてもらったが、それが酷い体験だったらしい。「これからは俺が料理する」と宣言された。
レシピはロルガの頭の中だし、俺が料理するのをずっと見てきたから要領はわかっているはずなのに、ロルガは俺がそばにいないと料理を始めない。そもそも最近は一人で料理していたはずなのに。
汚れないように少し離れて横に立ち、ロルガの作業を見守る。ロルガの体から視線がそれるので余計なことを考えないで済むので好都合ではあった。役立たずなりに何かできないかと思うが、ロルガの手際の良さに手伝う余地はなく、無駄口を挟むくらいしかない。
「こねるのって意外と力使うよね。大変じゃない?」
「そうでもない。……あぁ、そうか。シャツに食わせながらこねるのは大変だろうがな」
「あ、あれは、わざとじゃないの!」
「そうか? ナルシィは俺と違って器用だと感心していたが」
「ロルガは意地悪だ!」
大きな声で抗議したが、ロルガの笑い声が大きくなっただけだった。
出来上がった薄パンをそれぞれの皿に乗せ、ダイニングテーブルに置く。横に添えたドライフルーツとチーズの和えたものは、初めてのイフュムスのとき以来、度々出てくるようになった。たった一口でも満足するほど濃厚な味なのだが、今日もたっぷり用意されている。嬉しいが、これがあると食事に時間がかかり、その分ロルガと向かい合う時間が長くなるので目のやり場に困る。
「もう少しこねる時間を長く取るべきだったか」
パンを一口食べたロルガは首をひねるが、俺にはなにが問題なのかよくわからない。
「そう? おいしいと思うけど」
「ならば良い」
すぐにロルガの表情がほぐれ、今日は随分機嫌が良いなと思う。
ロルガは凝り性らしい。自分で料理するようになってから、あれが違う、これが違うと試行錯誤を繰り返している。俺も感想を求められるが、あいにく立派な舌を持っていないので「おいしい」としか言えず、ロルガは「張り合いがない。もう少し何かないのか」と不満をこぼすのが常だ。
食事を終え後片付けをしていると、先にソファでくつろいでいたロルガが振り返った。
「イフュムスの準備をしている」
得意げな表情で俺の反応を待つロルガの視線から逃れるように、俺は床に落ちたゴミを拾うふりをする。
「そろそろサウナに入りたいだろう?」
答えはイエスでノーだ。サウナには入りたいが、肌は見たくないし晒したくない。そして理由も言いたくない。何と答えたら良いものかと返答を迷い、床にしゃがみ込んでいると、視界の端にロルガの足先が見えた。
「ナルシィ? 言いたいことがあるな?」
この呼び方は不思議だ。威圧的でなくても従いたくなる。優しい声に誘われて俺は思ったことをそのまま口にした。
「……サウナには入りたいけど、別々が良い」
「は? どういうことだ?」
「えぇと、先に入ってよ。俺は後で良いから」
「なぜだ」
「なんとなく……」
「………はぁ」
沈黙の後で大きく息が吐き出され、ロルガの足が動きだす。キッチンを離れ、やがてトイレに入る音がした。
「あぁ……!」
緊張が解け、その場に座り込む。
今の俺に裸の付き合いは無理だって!
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