営業先は異世界! 限界社畜は熊さんとおやすみ♡

万年青二三歳

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目を開ければ、もふもふぬくぬく天国

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 自分を見る幼い姉と妹の姿に、これは夢だ、とすぐにわかった。
 姉が鼻の頭に絆創膏を貼っているから六歳の時だろう。地面と平行になるまで漕いだブランコから飛び降りて転んだのに、姉はかすり傷で済んだ。それを見てパニックを起こし鼻血を噴いた俺は五歳で、ゲラゲラ笑っていた妹は四歳だった。
 姉が首を傾けると、ツヤツヤの長い髪が肩からこぼれた。
「翔太郎は部屋いらないね?」
「はい!」
 有無を言わせない姉の言葉に間髪入れずに幼い俺が返事をした。
「よろしい」
 おかっぱ頭の妹が両手を腰に添え、胸をそらす。一才差の兄妹なんてこんなもんだ。徒党を組んだ方が勝つ。
 上機嫌な姉が母に向かってかけて行った。
「お母さ~ん、翔太郎が部屋いらないって言ったぁ!」
 合ってないけど、間違ってもいない。
 こうして、両親が男女で分けようとしていた二つの子ども部屋は強気な姉とわがままな妹のものになり、リビングの隅にあるミニ和室——畳二畳分が俺のスペースになった。
 これが成瀬家の常であり、俺がイエスマンである根源だ。
 それを不幸だと思ったことはない。要領が悪く、すぐパニックになる自分が楽に生きるには良い選択だと思う。
 それでも大学進学を機に一人暮らしを始めた時は嬉しかった。洋室に憧れていたが、学生のバイト代では築五十年の和室を借りるのがやっと。せめて雰囲気を味わおうと買った半畳ほどの茶色い絨毯は翔太郎の宝物になった。ペラペラだったが、160.8cmの体を丸めればギリギリおさまる。その上で横になるのが大好きで、社会人になった今でも大切に持っている。
 頬をなでる柔らかな毛足は長く、ぬくぬくと温かい。呼吸するような緩やかな上下運動が深い眠りへと誘い込む……いや、これ俺の絨毯じゃないな。うちには床暖房もないし、前の道をダンプが通ると建物が揺れるが、こんなもんじゃない。
 うっすらと目を開けると、まず茶色の毛が見え、その向こうからスピースピーと生あたたかな風が吹いてくる。ぬいぐるみにしてはリアルすぎる熊の頭がど~ん!
 あ、これ熊のお腹の上にいる感じだ。しかも、俺服着てない、な?
「きゅう……」
 謎の悲鳴をあげて俺は再び意識を手放した。

 同じことを何度繰り返しただろう。
 大都会で「おっしゃる通りです!」と頭を下げる営業マンだったはずなのに、気がつけば雪国で、全裸で熊のお腹の上だよ? 
 キャパオーバーです。
 ゆっくりと時間をかけなければ現実を受け止めきれなかった。

 俺はどうやら熊にお持ち帰りされたようだ。
 なぜか腹の上に乗せられている。身長160.8cmの俺がのびのびと眠れるサイズの熊だ。俺を食べようと思ったら簡単だろう。食べる気がないのか、ストックなのか。
 熊が鋭い爪で殴りかかってくるのを想像したら、ブルリと体が震えた。
 できればお友だち枠が良い。普通だったらあり得ないが、ここでならあり得る気がする。
 だって俺が熊と寝てるのログハウスの中だから!
 壁も天井も丸木を組み合わせてできていて、窓がない部屋にいた。俺のボロい四畳一間の部屋が二、三個は入りそうな広い空間には何もないが、全裸でも十分なほど暖かい。離れたところにあるドアの前にキャンプで使うような小さなランプが灯っていてオレンジ色の光を放っていた。
 文化的な暮らしをする熊のお腹の上で寝る俺。
 なんてファンタジー!
 もしかして異世界転移しちゃった?!
 ここまで来て半信半疑なのは、俺がネットの投稿サイトで読んでた異世界転移作品と全然違うから。
 魔法使いはいないし、貴族もいない。その双黒は……!と驚かれることもない。
 目の前にいるのは熊一頭だけ。しかも寝てる。
 もうよくわかんないから、俺も寝る!
 営業先は異世界!限界社畜は熊さんとおやすみ♡
 もしもこれがラノベの世界なら、タイトルは、多分これだな。日常系ほのぼの枠がいい。だって世界を守ったり、魔物と戦ったりはしたくない。俺はどう考えたってモブキャラだと思うし!
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