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42、その後の俺とキセイ
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「僕のこと、好きでしょ?」
突きつけられた問いに、俺の頭は破裂しそうだった。
ただでさえ、キセイが花言葉の本を片手に言った言葉は俺の理解を超えていた。
ーープロポーズ?
感情が渦巻き、心臓が忙しい。目をつぶってもちっとも考えはまとまらない。
何をどう答えたらいいのだろう。
俺の全てを受け入れながらも、決して自分の意志を曲げない。そんな誠実なキセイから逃げることはしないと決めた。それでも自分の気持ちとは、まだ上手く付き合いきれないでいる。
感情に名前をつけることは難しい。
これはなんだろう、と誰かに見せることはできないから、自分でどうにかしなくちゃいけない。
「そんな顔しないで。師匠を困らせたい訳じゃない。でも、もう決めたんだ。僕は師匠を伴侶にするよ。生涯を添い遂げる相手にするって決めた」
微動だにしない俺の手をキセイが握る。
今度こそ、本当にどうしていいかわからない。
「師匠はさ、僕が何を言っても馬鹿にしないし、応援してくれるでしょ? だから、よろしくね?」
手の甲に触れる小さな唇。誓いのキスのつもりか?
思いつきで俺をからかっているだけか?
「もうおやすみの時間だね、一緒に寝よっか」
調子づくキセイを睨むと、冗談だよー、と笑った。
「これからもよろしくね。良い夢を」
立ち上がりざまに頬を掠った柔らかな感触。
「おやすみなさい!」
走り去る後ろ姿の耳は先まで真っ赤だった。
そんなの反則だろ。冗談じゃないってことになっちまう。
◇◆◇
キセイが、俺とずっと一緒にいたいと叫んだ日は、当然食事を作る気になんてなれなかった。女将が持たせてくれた味付け肉があって助かった。何があったかは絶対言わないが、後日お礼に行かなきゃならん。あとはカチカチに乾いた薄パンの残りを湿らせて焼こうと思ったら、キセイが待ったをかけた。
「このまま小さく割って、お肉乗せたら美味しいかも。あと、チーズ?」
すっかりチーズはとっておきじゃなくなり、定番の食べ物になっちまった。
常備するに出費が嵩むから、たまには俺も街で仕事でもするか。
「お、うまいな」
「やった!」
硬くなったパンをそのまま齧るのは骨が折れるが、手で砕いてから一片ずつ肉と口に放り込むのは中々良い。
「甘いのも食べたい!」
「あ……」
せっかく街へ買い物へ行ったのにシロップを買うのを忘れた。
代わりに買ったものの存在を思い出す。
「これ」
「綺麗な瓶!」
小瓶をテーブルに乗せれば、キセイはすぐに手を取った。灯りに透かして小瓶越しに向こうを眺める。大きく開いた夜空色の瞳が灯りに照らされる。その美しさに気がつけば、もう目が離せなくなった。
「なあに?」
「なんでも」
すぐに視線に勘付かれる。
もう少し眺めていたかったのに。
キセイへの気持ちと向き合っていくと決めたから、たまにはこっそり可愛い顔を眺めたいものだが上手くいかない。
昔からキセイは寝るのを忘れて本を読見続けたり、地面に絵を描き続けて森の向こうへ抜けたりしたもんだ。だからこっそり観察するなんて簡単だと思っていたのにちっともだ。
いっそ眠り薬でも使うかなんて考えるな、俺。
完全に晩酌はやめた。
次に飲むのは、キセイが一人前になって共に飲める時と決めたから。
その代わり夜更かしをして、こっそり寝顔を眺めに行きたいが、それもやめた。
それだって子ども扱いだ。
ゆっくりとキセイが大人になるように、俺もゆっくりと変わっていこう。
目指すものは何かわからないが、己を誤魔化すことだけはやめると決めた。
キセイが俺に正面から向かってくるなら、俺もそうすべきだろう。
とっくに世なんて捨てたんだ。何が幸せか、自分で考えて決めてもいいだろう。
時間をかけて、のんびりと。キセイに愛想を尽かされない程度に。
二人で変わっていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後までお読みいただきありがとうございました。
突きつけられた問いに、俺の頭は破裂しそうだった。
ただでさえ、キセイが花言葉の本を片手に言った言葉は俺の理解を超えていた。
ーープロポーズ?
感情が渦巻き、心臓が忙しい。目をつぶってもちっとも考えはまとまらない。
何をどう答えたらいいのだろう。
俺の全てを受け入れながらも、決して自分の意志を曲げない。そんな誠実なキセイから逃げることはしないと決めた。それでも自分の気持ちとは、まだ上手く付き合いきれないでいる。
感情に名前をつけることは難しい。
これはなんだろう、と誰かに見せることはできないから、自分でどうにかしなくちゃいけない。
「そんな顔しないで。師匠を困らせたい訳じゃない。でも、もう決めたんだ。僕は師匠を伴侶にするよ。生涯を添い遂げる相手にするって決めた」
微動だにしない俺の手をキセイが握る。
今度こそ、本当にどうしていいかわからない。
「師匠はさ、僕が何を言っても馬鹿にしないし、応援してくれるでしょ? だから、よろしくね?」
手の甲に触れる小さな唇。誓いのキスのつもりか?
思いつきで俺をからかっているだけか?
「もうおやすみの時間だね、一緒に寝よっか」
調子づくキセイを睨むと、冗談だよー、と笑った。
「これからもよろしくね。良い夢を」
立ち上がりざまに頬を掠った柔らかな感触。
「おやすみなさい!」
走り去る後ろ姿の耳は先まで真っ赤だった。
そんなの反則だろ。冗談じゃないってことになっちまう。
◇◆◇
キセイが、俺とずっと一緒にいたいと叫んだ日は、当然食事を作る気になんてなれなかった。女将が持たせてくれた味付け肉があって助かった。何があったかは絶対言わないが、後日お礼に行かなきゃならん。あとはカチカチに乾いた薄パンの残りを湿らせて焼こうと思ったら、キセイが待ったをかけた。
「このまま小さく割って、お肉乗せたら美味しいかも。あと、チーズ?」
すっかりチーズはとっておきじゃなくなり、定番の食べ物になっちまった。
常備するに出費が嵩むから、たまには俺も街で仕事でもするか。
「お、うまいな」
「やった!」
硬くなったパンをそのまま齧るのは骨が折れるが、手で砕いてから一片ずつ肉と口に放り込むのは中々良い。
「甘いのも食べたい!」
「あ……」
せっかく街へ買い物へ行ったのにシロップを買うのを忘れた。
代わりに買ったものの存在を思い出す。
「これ」
「綺麗な瓶!」
小瓶をテーブルに乗せれば、キセイはすぐに手を取った。灯りに透かして小瓶越しに向こうを眺める。大きく開いた夜空色の瞳が灯りに照らされる。その美しさに気がつけば、もう目が離せなくなった。
「なあに?」
「なんでも」
すぐに視線に勘付かれる。
もう少し眺めていたかったのに。
キセイへの気持ちと向き合っていくと決めたから、たまにはこっそり可愛い顔を眺めたいものだが上手くいかない。
昔からキセイは寝るのを忘れて本を読見続けたり、地面に絵を描き続けて森の向こうへ抜けたりしたもんだ。だからこっそり観察するなんて簡単だと思っていたのにちっともだ。
いっそ眠り薬でも使うかなんて考えるな、俺。
完全に晩酌はやめた。
次に飲むのは、キセイが一人前になって共に飲める時と決めたから。
その代わり夜更かしをして、こっそり寝顔を眺めに行きたいが、それもやめた。
それだって子ども扱いだ。
ゆっくりとキセイが大人になるように、俺もゆっくりと変わっていこう。
目指すものは何かわからないが、己を誤魔化すことだけはやめると決めた。
キセイが俺に正面から向かってくるなら、俺もそうすべきだろう。
とっくに世なんて捨てたんだ。何が幸せか、自分で考えて決めてもいいだろう。
時間をかけて、のんびりと。キセイに愛想を尽かされない程度に。
二人で変わっていく。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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現実は忙しないのにww
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黒川さん
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祝完結!!!
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不穏なところがまったくなかった!!!凄い!!!拍手!!!!
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Tectorumさん
ありがとうございます!!
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朝倉さん
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