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27、僕と師匠と揚げた魚

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 久しぶりに師匠が見せてくれた僕だけの虹に息を飲む。
 たまにしかやってくれなかったけど、川面を叩く風の矢は僕のお気に入りだ。大きくなってからはやってくれなくなった術だったから、もう見られないかと思っていた。もちろん自分でやろうと思えばいくらだって出来るけど、それには何の意味もない。

 虹が消えた後も、しばらく余韻に浸って目の前の風景を焼き付けていた。
 ようやく風がおちついて振り返れば、真面目な顔の師匠がいた。てっきり驚く僕を期待してニヤニヤ笑っているかと思ったんだけど。それだけじゃなくて、「笑ってろ」なんて言うから僕は混乱する。

 まさか、師匠のそっくりさん?
 そんなわけないね。
 面倒臭さがりで、ぐうたらで、お酒が大好きで、口うるさくて、よくわからないことで怒って、優しくて、僕の好きなものばかり作る人なんて、きっと世界に一人しかいないだろう。

「師匠の口からそんな言葉が出るとは知らなかった。何それ。どうしたの? 明日世界が終わるの?」

 僕の憎まれ口に顔を顰める師匠の横顔は哀愁漂うおっさんそのもの。
 穴の開いた服も、シミのついた服も、いつまでも平気で着て、新しくしない。
 酒に酔えば一人で歌って飛び跳ねる。
 どうしようもないおっさんだけど、カッコいい。

 絶対そんなこと本人には内緒。
 実は憧れてるなんて口が裂けても言わない。
 尊敬してるのも秘密。

 夕飯のおかずを獲りにきたらしい師匠の手には釣り竿がある。
 魚なら揚げたのが一番好きだけど、師匠はなかなか作ってくれない。

「酒のつまみに合うよ」

 とっておきの切り札を出したのに、上手くいかない。

「もう酒はやめだ」

 ますます師匠は、らしくないことを言うから、調子が狂う。
 魚は釣れないし困ったものだ。
 
 ここら辺の魚は頭が良い。そんな風に言うとおかしな気がするが、本当だ。ちょっとやそっとの仕掛けじゃちっとも釣れない。

「夕飯のおかずなしになっちゃうよ?」
「お前がうるさいからだろ」
「術を使えばあっという間なのに」
「…ダメだ」

 師匠は低い声を出す。

「魔術を軽はずみに使うな」

 魔術師なのに?
 国一番のお師匠さんの一番弟子で、誰よりも可愛がられたんでしょう?
 片時も離さなかったって街の人が言ってたよ。
 大きな術で、あっという間にみんなの困り事を解決して、お礼を言う間もなく次の街へ行ってしまうんだって。
 夕陽色の髪も本当は長かったんでしょう?
 僕にはダメだと言うのに、どうして短いの?
 どうして、魔術を使うのを嫌がるの?

 僕は師匠の唯一の弟子で、共に暮らす存在で、誰よりも師匠のことをわかっていると思ってる。
 そんなわけないのにね。
 
 師匠はすごい魔術師だけど、全部噂で聞いただけ。
 魔術を使わない理由を知らない。
 一人で森にいる理由も知らない。
 過去のことは何にも知らない。
 
 きっと街の人に聞いたら教えてくれるのかもしれないけど、それじゃ意味がない気がする。
 師匠は僕のことをなんでも知っているのに、僕は師匠のことなんて知らないことだらけ。
 どうして話してくれないの?
 僕が拾い子だから?
 血が繋がっている家族だったら違ったの?

 聞きたいけど、言えない。
 「そうだ」って言われたら僕はどうしていいかわからない。
 師匠の一番でありたいけど、生まれのことはどうしようもない。
 頑張っても変えられないことが理由なら、諦めるしかないから、忘れることにしている。
 知りたいことは、ずっとわからないままだ。

「お、お、お~!」

 師匠の言葉にならない声がして、釣り竿が引かれる。

「師匠! ゆっくり引いて!」
「わかってるって!」

 何度も釣ってるはずなのに、師匠は度々、引き上げる時に魚を逃してしまう。
 今夜は何が何でも魚の揚げたのが食べたい僕は、釣竿を受け取って、慎重に引き上げた。

「とれた!」
「お前、うめぇな。漁師になれそうだ」

 冗談じゃないと思うけど、僕が釣竿を受け取ってからはいい調子で魚が釣れた。

「白身の魚は絶対揚げたやつがいい」
「面倒くせぇ」

 釣れるたびに、僕はしつこく師匠に主張する。

「外はカリカリで中はふわふわ。おいしいよね」
「後始末が嫌なんだよ!」
「でも師匠だって魚の揚げたの好きでしょ」

 なんだかんだ言ったって、夕飯は僕のリクエストが通った。
 最高の日だな、なんて思ってたのに。

「キー!!」

 来訪を告げるジューの声は料理中の賑やかな音にだって負けない。
 僕は気が付かない素振りでテーブルを拭いていたが、無理がある。

「行ってこい」

 こちらに背を向けたままの師匠に言われたらもう知らん顔はできない。
 はぁ、と小さなため息をついて、台布巾を手放した。

 
 
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