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20、俺と弟子と役立たず

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 どうやら弟子の恋は上手く行っていないらしい。
 変わらず朝はソワソワと窓の外を気にし、夕食時は楽しそうに学校の話をする。
 しかし、いつも「ただいま」という声は掠れていて目が赤い。
 ほんの少し遅くなった帰宅時間の分、どこかに寄って泣いているのだろう。
 そんなことせずに家でびーびー泣けばいいものを。

 俺は知らぬふりをするしかない。
 目の前で泣かないから慰められない。

 砂糖菓子はダメ。
 パンケーキもダメ。
 チーズばかり入れてもダメ。

 俺の参考書だった本を弟子も読んでしまったし、そもそも何も聞かれないから答えられない。
 
 本当に何もできない。
 お手上げだ。

 昨日の木の実の処理だって、結局俺はそんなに役に立たなかった。
 
 一体どれだけ夢中で探したのか知らないが、弟子が集めてきた木の実は大量だった。
 二人で割り続けても、ちっとも終わる気配がなく、途中で休憩を挟んだくらいだ。
 腹が減ったが、手は疲れ、料理なんてする気になれない。
 乾きすぎた薄パンをそのまま齧ろうとしたら、弟子はやってみたいことがあると言い出した。
 やらせてみたら、なんとも嬉しそうな顔をする。
 バターを小鍋に溶かし、割れてしまった木の実をさらに細く砕いた。

「師匠、お砂糖どこ?」
「あ、俺のお部屋だわ。とってくる」
「なんでそんなところになるの?! ちゃんと使ったら元に戻してよね」
「へいへい」

 夜中に一人で酒を飲んでる時に、一杯の酒にどれだけ砂糖が溶けるか気になってやっていたなんて言ったら、弟子は呆れるだろう。
 砂糖を取ってくれば、ちょうど弟子が真剣な顔で薄パンにバターを垂らしていた。
 そして、砕いた木の実をぱらり、砂糖をぱらり。

「どうかな?」

 きらきらと夜色の瞳が輝いていた。
 
「いただきます」

 齧りつけば、硬くなった薄パンはバターで柔らかくなり、バターで温められた木の実は風味を増していた。意外と砂糖の食感は気にならない。

「うめぇな。生地に練り込むより風味が強いかもな」
「本当? 想像通りになったかな。ん! おいしい!」
「砂糖なしで、胡椒振ってチーズ乗せても旨いかもな」
「やろう!」

 少し休憩するだけのつもりが、ついでに燻製肉も乗せてみたりと、あれこれ盛り上がって、ちょっとしたパーティー気分になった。ついでに、師匠お酒飲みたいんでしょ?と見透かされ、一杯だけだよと小さなカップに注いでくれるから甘えた。

「師匠は飲んだから見てるだけね」

 そう言って再び弟子が木の実を割り始めるのを眺めた。
 閃きにあふれ、なんでもやってみたい心を持つくせに、どうしてジューとのことはそういかないんだろうな。
 考えすぎて、何もできないまま涙を流すのはお前らしくないのにな。
 
「あ、見てるだけって言ったのに!」

 そろそろ炒るだろうと思って、鍋を取っただけで弟子は口を尖らせる。

「はいはい、悪うござんしたね」
「悪うござんす。酔っ払いは座ってて」

 こんなちょっぴりの酒じゃ酔わないことを、弟子はいつ知るのだろうか。
 背が伸びるのが止まったら、酒もタバコも始めれば良いと思うが、まだしばらくかかるだろう。
 初めての酒は何が良いか。
 甘い果実酒をそのまま飲むか、水で薄めるか。
 鼻も舌も敏感なコイツには刺激が強いのは確かだろう。

 カラコロと鍋の中で木の実が踊る。
 うっすらと漂い始める香ばしい香りに、お代わりが欲しくなるが流石にやめた。
 新しいカップに水を汲んでやり、弟子の近くに置いた。

「顔赤いぞ。ちゃんと飲めよ」
「はーい」

 ついでに小さな瓶を出してきた。
 どうせ大量に出来るんだ。ジューにもやったらいい。
 次は一緒に行こうと誘えるかどうかは、弟子の頑張り次第か。

 どんなに俺は酔っていないと言っても、弟子が信じることはなく、俺は見ているだけ。とうとう弟子は一人で全ての木の実を炒り終えた。

「お疲れさん」
「見て! 上手に出来たの!」

 誇らしげに摘んで見せてくる一粒は少しのムラもない。
 
「あ!」

 つるりと指先から逃げ出した木の実に慌てて手を伸ばせば、弟子の手を俺が両手で挟み込むようになった。
 いつまでも、ぷゆんと柔らかい子どもの手だと思っていたのに、マメが出来ていたり、タコがあったり、予想外の感触だ。

「師匠?」
「あ、なんでもない」
「そんなに食べたかった? 出来立てのあげるね」

 いつの間にかどんどん子どもじゃなくなっていくもんだ。
 大人じゃないけど、子どもじゃない。
 子どもだけど、大人。
 混ざり合っても、キセイが俺の弟子であることに変わりはないか。 
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