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9、僕と手土産と仲直り大作戦
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ジューの言葉に励まされ、今日は帰ったらたくさん師匠の話を聞こうと心に決めた。
でもどうしよう?
あの師匠がベラベラと自分語りをするなんてちょっと考えられない。ここは作戦が必要だ、と放課後に道具屋の女将さんを訪ねた。
「あら、キーちゃん元気? 学校行ってるんだって?」
「こんにちは、そうなんです……」
ジューと僕を歓迎した女将さんは、甘いジュースを出してくれた。いつも店番をする女将さんの後ろにある小さな部屋は、僕にとって師匠との家の次に馴染みの場所だ。壁には女将さんの子どもたちが描いた絵と一緒に僕の落書きも貼ってある。
「どうしたら師匠と仲良く話せるかなぁって考えてます」
僕が女将さんと話している横でジューは猫と遊んでいる。先に帰るって言ったらどうしようと思って聞けない僕に、着いて行っていい?と聞いてくれた。ジューは何でもお見通しだ。
「あらあら。いけない師匠ね~! キーちゃんが大人ならお酒飲ませちゃいなさいよってとこだけど、そういうんじゃないものねぇ……あ、そうだ。ちょっとお手伝いしてくれない?」
「僕にできることなら」
女将さんのお手伝いは、木の実の殻を割ることだった。専用の道具を使うのだが、力を入れ過ぎれば中身まで割れてしまうので注意が必要だ。
「お駄賃は、割った実の半分ね」
「はーい」
ジューも一緒に手伝うことにしたが、おしゃべりを楽しむ暇はない。
パキン、パキン、と割るうちに、指先に油がついて光り始める。ほんのり香るが頼りない。いつもおやつに食べる時はもっと香ばしいのに。
「おうちに帰ったら、師匠に言って鍋で炒ってね」
「このまま食べちゃダメ?」
「ダメよ~お腹痛くなるわ」
「そっか」
木の実を取ってくるのはジューと一緒に競争してやるが、その後は師匠に任せっきりだ。いつもお皿に乗せてくれる木の実はいつだってまん丸で、傷ひとつなかった。均等に色付いていたから炒っていたなんて知らなかった。
パキン、パキン。
たった1人で師匠は割っていた。
僕とジューが取った山盛りの木の実を、きっと一つも傷つけずに取り出せるのだろう。
割りながら何を考えていたの?
僕は師匠のことを考えている。
わかってくれないと我儘ばかりの僕が嫌になる。
僕だって師匠のことわかっていないのに。
「だいぶ割れたわね! そろそろ終わりにしましょうね」
女将さんは小さな火鉢に手のひらサイズの鉄鍋を乗せると、割れてしまった木の実を入れた。
「これなら火が遠いから初めてでも大丈夫。火傷だけ気をつけてね? キーちゃんに傷ができたら、おばさん師匠に燃やされちゃうわ~」
「えぇ、それはないでしょ」
「じゃあ、キーちゃんを冷やすフリして氷漬けかもね?」
女将さんはニコニコと笑う。
なんだかいつもより嬉しそうだけど、どうしてだろう?
初めて炒った木の実は、気をつけていたはずなのに、マダラ模様になった。紙の上に広げて冷ますはずが、女将さんがひとつまみの塩を振りかけたら、つい手が出た。
「あっつ! でも、おいしい!」
「うまいな!」
ジューと競って食べればあっという間に終わってしまう。その間に女将さんは手早く僕たちの分の木の実を包んでくれた。
「気をつけてね」
「ありがとうございました」
「また猫に会いに来ていい?」
「もちろんよ」
ジューと2人で女将さんに別れを告げ、家路を急ぐ。暗くなるまでに帰れる時間だが、到着が早いに越したことはない。
「ジュー、今日はありがとう」
「おう! 猫飼いたくなった」
「かわいかったよね~! 師匠は猫好きかな?」
「どうだろう?」
「今日聞いてみる!」
「うまくいくといいな!」
師匠はどんな顔をするんだろうと思ったら、えへへ、と笑い声が込み上げてくる。
早く帰りたい。
師匠の待つ家に帰りたい。
「じゃーな!!」
「またね!」
ジューと別れて家を目指せば、見慣れたシルエットが遠くに見えた。
「しーしょー!!」
大きな声で叫べば、のろのろと片手が上がる。
頭を掻いてるみたいなやる気のない動きだけど、確かに僕に向かって手が振られた。
「おーみーやーげーあるっ!!」
「ああああ? 何だぁ?」
「だーかーらー!! ゲホッ」
走りながら大声を上げれば当然むせる。
息が上がって苦しいのに、笑いがとまらない。
「喋るのは! あとにしろ! 舌噛むぞ!!」
「やーだー! 早く! 言いたい!」
「じゃあ、走れ! 早く来い!」
喋るのをやめて走るけど、笑いがとまらないから、あんまりスピードは上がらない。
こんな日が暮れかけた時間に大声をあげるなんてここじゃなきゃ無理だ。
やっぱりここがいい。
森の中の二人の家。
ここが僕の帰る場所。
でもどうしよう?
あの師匠がベラベラと自分語りをするなんてちょっと考えられない。ここは作戦が必要だ、と放課後に道具屋の女将さんを訪ねた。
「あら、キーちゃん元気? 学校行ってるんだって?」
「こんにちは、そうなんです……」
ジューと僕を歓迎した女将さんは、甘いジュースを出してくれた。いつも店番をする女将さんの後ろにある小さな部屋は、僕にとって師匠との家の次に馴染みの場所だ。壁には女将さんの子どもたちが描いた絵と一緒に僕の落書きも貼ってある。
「どうしたら師匠と仲良く話せるかなぁって考えてます」
僕が女将さんと話している横でジューは猫と遊んでいる。先に帰るって言ったらどうしようと思って聞けない僕に、着いて行っていい?と聞いてくれた。ジューは何でもお見通しだ。
「あらあら。いけない師匠ね~! キーちゃんが大人ならお酒飲ませちゃいなさいよってとこだけど、そういうんじゃないものねぇ……あ、そうだ。ちょっとお手伝いしてくれない?」
「僕にできることなら」
女将さんのお手伝いは、木の実の殻を割ることだった。専用の道具を使うのだが、力を入れ過ぎれば中身まで割れてしまうので注意が必要だ。
「お駄賃は、割った実の半分ね」
「はーい」
ジューも一緒に手伝うことにしたが、おしゃべりを楽しむ暇はない。
パキン、パキン、と割るうちに、指先に油がついて光り始める。ほんのり香るが頼りない。いつもおやつに食べる時はもっと香ばしいのに。
「おうちに帰ったら、師匠に言って鍋で炒ってね」
「このまま食べちゃダメ?」
「ダメよ~お腹痛くなるわ」
「そっか」
木の実を取ってくるのはジューと一緒に競争してやるが、その後は師匠に任せっきりだ。いつもお皿に乗せてくれる木の実はいつだってまん丸で、傷ひとつなかった。均等に色付いていたから炒っていたなんて知らなかった。
パキン、パキン。
たった1人で師匠は割っていた。
僕とジューが取った山盛りの木の実を、きっと一つも傷つけずに取り出せるのだろう。
割りながら何を考えていたの?
僕は師匠のことを考えている。
わかってくれないと我儘ばかりの僕が嫌になる。
僕だって師匠のことわかっていないのに。
「だいぶ割れたわね! そろそろ終わりにしましょうね」
女将さんは小さな火鉢に手のひらサイズの鉄鍋を乗せると、割れてしまった木の実を入れた。
「これなら火が遠いから初めてでも大丈夫。火傷だけ気をつけてね? キーちゃんに傷ができたら、おばさん師匠に燃やされちゃうわ~」
「えぇ、それはないでしょ」
「じゃあ、キーちゃんを冷やすフリして氷漬けかもね?」
女将さんはニコニコと笑う。
なんだかいつもより嬉しそうだけど、どうしてだろう?
初めて炒った木の実は、気をつけていたはずなのに、マダラ模様になった。紙の上に広げて冷ますはずが、女将さんがひとつまみの塩を振りかけたら、つい手が出た。
「あっつ! でも、おいしい!」
「うまいな!」
ジューと競って食べればあっという間に終わってしまう。その間に女将さんは手早く僕たちの分の木の実を包んでくれた。
「気をつけてね」
「ありがとうございました」
「また猫に会いに来ていい?」
「もちろんよ」
ジューと2人で女将さんに別れを告げ、家路を急ぐ。暗くなるまでに帰れる時間だが、到着が早いに越したことはない。
「ジュー、今日はありがとう」
「おう! 猫飼いたくなった」
「かわいかったよね~! 師匠は猫好きかな?」
「どうだろう?」
「今日聞いてみる!」
「うまくいくといいな!」
師匠はどんな顔をするんだろうと思ったら、えへへ、と笑い声が込み上げてくる。
早く帰りたい。
師匠の待つ家に帰りたい。
「じゃーな!!」
「またね!」
ジューと別れて家を目指せば、見慣れたシルエットが遠くに見えた。
「しーしょー!!」
大きな声で叫べば、のろのろと片手が上がる。
頭を掻いてるみたいなやる気のない動きだけど、確かに僕に向かって手が振られた。
「おーみーやーげーあるっ!!」
「ああああ? 何だぁ?」
「だーかーらー!! ゲホッ」
走りながら大声を上げれば当然むせる。
息が上がって苦しいのに、笑いがとまらない。
「喋るのは! あとにしろ! 舌噛むぞ!!」
「やーだー! 早く! 言いたい!」
「じゃあ、走れ! 早く来い!」
喋るのをやめて走るけど、笑いがとまらないから、あんまりスピードは上がらない。
こんな日が暮れかけた時間に大声をあげるなんてここじゃなきゃ無理だ。
やっぱりここがいい。
森の中の二人の家。
ここが僕の帰る場所。
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