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一、プロローグ
しおりを挟む社畜の朝は早い。
始業時間は九時だって、八時にはとっくに事務所は満員御礼。
泣く子も黙るブラック企業、フリーフットにはもちろん早出残業はない。
それでも、仕方ない。やってもやっても仕事は終わらないから。
朝礼、書類のダメ出し、会議、電話、営業、営業、営業、日報出して終わり、な訳がない。
「割田くん、君ねぇ、残業代稼ぎか何か知らないけど、作業に時間かかりすぎなんだよ。いつまで書類作ってるつもりですか?」
上司がいればネチネチ小言。
「明日だる~、あ、鉄平は行かないか。マネージメント研修。昇進ないもんな?」
先輩がいればチクチク嫌味。
すり減って、疲れ切って、あぁ、昨日よりは早く帰れそうだと思ったところで舞い込むメールは勿論、悪い知らせ。あれが違う、これがおかしい、説明しろ、値下げしろ。得意先のわがままに、結局今日も終電で帰宅する。
「あ、昼飯食うの忘れたわ」
入社以来ずっとこんな生活だ。気がつけば五年が経つ。
六人居た同期で残っているのは俺ひとりだけ。あとはみんな一年と持たなかった。
学生時代に鍛えた身体も一回り小さくなってしまったが、190cmオーバー、100kgオーバーのガチムチは健在だ。
俺が生き残っているのは、この身体と小狡い性格のおかげだろう。法は犯さないが、無視出来るルールには気が付かないふりをする。
月曜日はこうして出社するが、あとは出来る限り直行直帰の繰り返しだ。契約が取れれば文句は言われない。
出世は絶望的。転職必須。でもそんな余力はない。
結果、耐久性の高い社畜の出来上がりってわけだ。
会社の人間関係なんて知らん顔して、適当にやってくつもりが、社内ニュースによく知る名前を見つけた。
『経理部部長に植村大聖氏着任』
写真がないから確信はないが、他人だと見過ごすほどありふれた名前ではなかった。
植村大聖、人生で俺が一番呼んだ名前だ。
もちろん本人は何も知らない。
だって心の中だけだから。
恋愛対象が男だという自覚はあったから、大学は都内に出て、同じ性的指向の相手を見つけるつもりだった。それなのに、旅行サークルの新入生歓迎会で植村大聖を見て、全てが台無しになった。
向こうは四年生だったから、交流があったのはわずかな間だ。それなのに名前を見ただけでその姿が鮮明に蘇る。
178cmの高身長にスラリと長い手足、色素の薄い髪、柔和な笑みを浮かべているけど、本当は鋭い目つき。勉強も出来る、スポーツも万能、性格も良い。いつだってみんなに囲まれていた完璧人間。
可愛い女の子に告白されては付き合っていたが、誰とも長続きはしなかった。眩しすぎて、長く付き合えないと噂になる程、別れた子たちからも悪い話は聞こえてこなかった。来るもの拒まずだから、順番待ちすればいつか彼女になれると、みんなが夢を見たけど、俺は蚊帳の外だ。いくら何でも、可愛げのないガッチリした男は圏外に決まってる。それでも、一目見た時から、植村大聖のことが頭から離れなかった。
いつだってそうだ。俺の望みは分不相応。
叶えようとすれば、身を滅ぼす。
格闘技向きのガチムチのくせにサッカーに打ち込んで、膝が壊れた。
大人しくゲイを相手にすればいいのにノンケに囚われて、捻くれた。
仕事だってそうだ。
本当は別の業界を目指していた。英語もできないのに外資系企業を中心に就活して盛大に失敗した。就職浪人だけは嫌で、慌てて飛び込んだのが今の会社だ。
就労支援を目的としたセミナー運営と職業紹介というと聞こえが良いが、中身は酷い。甘い言葉で唆し、実現不可能な将来設計に基づく受講計画を立てる。ローン組んで就職に挑むなんておかしいだろ。
俺が頑張れば頑張っただけ、不幸な人間が増えていく。創業一族が肥えていくだけで、顧客も、俺も、ボロボロになるだけの仕事なんて滅びてしまえ。そうしたら植村大聖だって痛い目を見るだろう。
植村大聖、俺の忘れられない男。
二度と会いたくない。
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