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14、甘い、甘い、甘い

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 手を引かれ、タクシーに乗せられた。
 いつもおしゃべりな蒼真がずっと無言なせいで、清晴は甘い香りばかりが気になる。
 着いたのは立派な低層マンションだった。
 タワーマンションのような派手さはないが、コンシェルジュがいるあたり、高級なのは間違いない。
 最上階の角部屋に入り、鍵を閉めると蒼真は清晴の胸ぐらを掴んでにっこり笑った。

「時間切れ。意気地なしが!」

 いきなり壁に押し付けられた。
 予想外の衝撃が背中に広がり顔を顰めれば、視界に影が落ちた。
 鼻先に突きつけられた甘い香りと、唇への感触。
 それはキスなんかじゃない。
 柔らかな肉に歯が立てられ、噛みつかれた。

「いっつ…!」
「しょっぱい。鉄の味」

 口元を赤く染め、蒼真は舌を突き出す。

「悔しかったらやり返せよ」

 分かりやすい、挑発。馬鹿馬鹿しい。
 でも清晴には最高の言い訳が手に入る。
 フォークだからじゃない。やり返すだけ。

「あ、はは……」

 ひらりひらりと楽しげに部屋の奥へと進んでいく蒼真を追いかけた。間接照明が一つ灯るだけの薄闇で蒼真の白いシャツが怪しく舞う。
 一人暮らしには不似合いな大きなダイニングテーブルに蒼真は腰掛けると挑発的に微笑んだ。

「さぁ、どうする?」

 艶めく赤い唇は清晴の血液の色。
 取られたものを取り返したい。
 手を伸ばし、顎を掴んで、唇を強く吸った。
 待っていたと言わんばかりに合わせから顔を出す柔らかな舌が清晴の口内に侵入してくる。
 押し寄せてくる甘みにどっと溢れる唾液を飲み込めば、空っぽになった口が飢えた。我が物顔で暴れる甘い侵入者に舌を絡み付けて吸えば再び甘さが溢れ出す。
 もっと、もっともっと欲しい。
 チュクチュクと水音だけが響く。
 微動だにできず、ひたすら甘みを追いかける。
 自分の唾液で薄まっていくのが惜しい。

「ん……んんっ」

 不意に蒼真が漏らした呻き声に、弾かれたように身体を離す。
 こちらに挑むように見上げてくる蒼真の口元が怪しく光る。どちらのものともわからない体液に赤いものは混じらないから、自分が蒼真を傷つけてはいないとわかり清晴は安堵した。

「どう? 美味しい? もっと欲しい?」

 どうしてこの男はこうやってフォークの自分を煽ろうとするのか。

「いらない」
「嘘つき。素直になれよ」
「大きなお世話だ」
「大きなお世話で結構。俺は素直なキヨが見たい。欲しいって言えよ」

 乱暴に胸元を引かれ、鼻先が着きそうなほど互いの顔が近づいた。
 いつもの揶揄う眼差しは姿を隠し、真剣な光が俺を射る。

「俺はもう自分のやりたいことしかしないって決めた。声も顔も加工しなくちゃダメだった俺に、そのまんまの匂いと味が魅力的だって教えたのはキヨだからね? 店で俺に興味がないフリをするキヨを見るのが嬉しかった。こっそり深呼吸してたのバレバレ。俺ミュージシャンなんで耳いいんだよ?」

 すんすんと鼻で香りを追いかけるマネをする。
 そんなことをした覚えは全くないが、嘘だと否定する自信もなかった。
 蒼真の香りと味に魅了され、狂っている自覚はある。

「お偉方の人形遊びに付き合ってれば一応好きな歌も歌えるし、たまに飢えたキヨを見ればそれなりにやっていけると思ったのに、お前があんなこと言うから、俺はダメになった」
「あんなこと?」
「好きだって、自然に歌ってる俺の声をそう言った。だから、嘘だらけの、作り物のフィヨルドはもうおしまいにしようと思った。春雨みたいに頼りない自分の声が好きなんだよ。それを俺に思い出させたのはお前だ、キヨ。全部失っても、好きなことだけするのは良いよ。自分を嫌いにならないで済む。俺はケーキの自分も好きだよ。フォークのお前に求められる。素直になれよ、キヨ。俺を欲しいって言えよ」

 掠めるように唇を重ねると、蒼真は清晴を突き飛ばした。
 カチャカチャと静寂の中にバックルの音が響き渡り、衣擦れの音が続く。
 信じられない思いで清晴は立ち尽くしていた。
 蒼真は見せつけるように膝を立てると、大きく脚を開いた。
 露わになる下半身を隠すものは何もない。
 ゆるく立ち上がっていたペニスを掴むとゆっくりとしごき始めた。

「髪の毛、うまかったんだろ? さっきのキスも気に入った? 夢中で吸ってたもんな? もっと欲しいだろ? 素直に言えって」

 あまりにも卑猥な行動となんでもない世間話をするような声色が清晴の理性を混乱させる。
 喉を鳴らして唾液を飲み込む事がやめられない。
 次々に溢れてくるそれにいっそ溺れてしまいたかった。
 自分を抑え切れるうちに、自分を辞めたい。
 それなのに蒼真は追撃の手を緩めてはくれない。

「俺は良いよ、キヨになら何されても良い。それくらい気に入ってるんだけど、知ってた? 好きだよ、清晴」

 濡れた吐息まじりの告白と強くたちこめる蒼真の甘い香り。
 見ないフリをしてきた欲望が暴かれていく。
 ゆらりとよろめく様に蒼真の方へと清晴は一歩踏み出した。

「キヨ、言えよ。俺が欲しいって」

 なし崩しは許さないと、キツい声色が導いてくれる。

「蒼真、が欲しい」
「俺の精子が飲みたい?」
「飲みたい」
「ちゃんと言って?」
「蒼真の、精子が飲みたい」
「良い子。あげるよ。全部キヨにあげる。おいで」

 招かれるまま蒼真に近づき、跪いた。
 目の前の滴まみれのペニスがふるりと清晴を誘う。
 待ち切れずに舌を伸ばした。

「あぁっ…………」

 初めて聞く蒼真の甘い声。
 もっと、もっと聞きたい。 
 万が一歯を立てたらどうしようと思ったのは初めだけだった。
 次々に溢れ出す甘い先走りをこぼすまいと舌を這わせ吸い付くのに忙しくてそれどころじゃない。
 溢れる自分の唾液に塗れた蒼真のペニスがビクビクと震えた。
 縋るように伸びてきた両手に頭を掴まれ腰が打ち付けられる。

「ンぐっ、ぐっ、ぐっ……」

 喉奥を目指す激しい揺さぶりが数度繰り返され、不意に注がれる熱いとろみで口がいっぱいになる。鼻を抜ける濃い香りに蒼真の絶頂を知る。
 そっと口を外せば、くたりとテーブルに横たわった薄い胸が大きく波打っていた。

「あぁ、はぁ、はぁ……」

 吐息とも喘ぎ声とも区別のつかない音が悩ましげに耳をくすぐる。
 甘い、甘い、甘い。
 体臭も体液も甘いけど、一番甘いのは蒼真の声だ。

「んっ……」

 滴を乗せた先端を、そっと指先で撫でれば儚い声が空気を震わせる。
 気がついてしまったらもう止められない。
 清晴が欲しいのはこれだった。
 何を入れても閉じなかった心の穴を塞いでいく。
 柔らかな肌に手を滑らせるだけで蒼真の吐息は色を含む。
 もう少し。刺激を足せば決壊するように声が溢れ出す筈だから。
 白い肌に走る青い血管を指で辿る。

「ん、ふ…………」

 汗ばんだ肌、悩ましげに皺を寄せた眉間、赤みの刺した肌よりもっと赤い唇がキツく結ばれているのに気がつく。
 指で撫でても、唇を寄せたときのように開いてはくれない。

「口開けて、声が聞きたい」

 硬く閉じていた瞼が跳ね上がり、瞳が輝く。
 視線が絡み合った瞬間トロリと蕩けて弧を描いた。

「いいよ……あぁ、キヨ、キヨは俺の声が好き? 味も香りも?」
「あぁ。好きだ」
「あとは? 一緒にお酒飲むのは? 楽しかった?」
「あぁ、そうだな」
「嫌じゃなかった?」
「あぁ」
「じゃあ楽しみにしてた?」
「……そうかもしれない」
「じゃあキヨは俺のこと好きなんだよ。欲しくてたまらないんだろう?」
「っ……‼︎」

 不意に股間を撫で上げられやっと気がついた。
 脈打つほどに硬く沸る己の欲望。

「シャワー浴びて、ベッド行こうか」

 寝室に備え付けのバスルームへ案内すると蒼真は客用を使うからと言って出ていった。

「逃げるなよ?」

 挑戦的な言葉を口にしながらも、不安を宿す声色に胸が締め付けられた。
 火照る身体を冷やそうと水のシャワーを浴びているのに清晴の頭の中では何度も蒼真の声が再生される。身体の表面は冷えていくの、に思考は火がついたように熱くなっていく一方だった。
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