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おわりとはじまり
プロローグのプロローグ_1/3
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天高く馬肥ゆる季節。隣にある小さな公園から風に飛ばされてきた銀杏の葉が濁った水に浮かんでいる。
トンボが集まる幼稚園。その園庭の片隅で1人地面に座りこむ少年がいた。
さらさら。ごしごし。
さらさら。ごしごし。
バケツの中の砂を鷲掴んでは目の前の宝物にかけて手のひらで優しく擦る。
この作業を始めてからどのくらいの時間が経っているのかはもうわからない。まだ誰にも止められていない、まだバケツに用意した砂はなくならない、まだかじかんだ手は動かせる、まだ……
心の中で自分に言い聞かせ、ひたすらにうちこむその姿はある種の修行のようですらあった。
いつまで続ければいいのか。そろそろやめようか。ふとした瞬間にそんな考えが手の動きを鈍らせる。
いや、午前中いっぱいをつかって粉のような砂を大量に用意したのは何のためか。すべては目の前の泥団子のためだ!
彼は朝食のおにぎりを見て「今日は泥団子を作ろう」と思いたってから、今日1日をただ最高の泥団子を作るためだけに費やしている。
周りを他の園児が走りまわっているが、今の彼の目にその姿はうつらず、彼の耳はすべての音をシャットアウトしている。
「あっ」
ちょっとした不注意だった。そしてちょっとした不運だった。
彼の背後でつまづいた女の子が勢いあまって彼の背中にぶつかった。衝撃で彼の手から泥団子が飛んでいく。
手の中から空中に高く打ち出された泥団子は、下駄箱のすのこに墜落して見事に割れてしまった。
「ああっ!ごめんなさい!」
女の子が肩にぶつけた額を左手でおさえながら身を起こすと、固まったまま動かない彼と土塊と化した元泥団子が目に映った。慌てて謝ったが、振り向いた彼は座り込んだままこちらを睨みつけてくる。
「いまさらなにをいったって、どろだんごはかえってこないんだ…!」
ぶつかった痛みと怒らせてしまったという思いから女の子は泣きそうだ。目にじわりと涙が滲んだところで、ふと違和感に気づいた。
怒っているはずの彼の口元が緩んでいる。それでも必死でしかめっ面を作ろうとしているのか、頬と唇をぷるぷると震わせている。
「…どうしたの?」
これには先ほどまで泣きそうだった女の子も訝しげな表情で首を傾げた。
問われた彼は慎重に口を開き、堪え切れずそのまま笑い出した。
「だ、だって、さっきの…くふっ…どらまみたい…ぷくっ…あっはっは!」
どうやら自分で言った言葉がツボに入ってしまったらしく、地面を叩きながら大笑いしている。彼は驚いて額の痛みも忘れている女の子を放置したままひとしきり笑い続けると、唐突に地面に倒れこんだ。
「すのこよごして…おこられる……そうじ…めんどくさい……」
現実逃避だったようだ。顔が砂まみれになるのに構わず地面に寝そべり、今にもフテ寝にはいりそうである。
「ほうきとちりとり、どっちがいい?」
心底めんどくさそうな彼を見かねたのか、女の子が掃除の手伝いを申し出てくれた。玄関横の掃除用具入れから竹箒とちりとりを出してきて選ばせてくれる。できた子である。
かがむのが面倒なので竹箒を受け取ったが、すぐに後悔した。木の枝のように粗くかたい竹箒は土を掃くには適さないということを身をもって学んだ。
「あっ。あれみて!」
自分の身長の倍以上ある重たい箒に四苦八苦しながら動かしていると、隣でちりとりを持っていた女の子が空を指差した。指の先を見るとはっきりとした大きな虹がでている。周囲の園児たちも気づいて空を見上げてははしゃいでいる。
虹を見上げていた女の子は何かを思い出したようにこちらを振り向くと、キラキラとした目で自慢気に話し出す。
「にじのしたにはたからものがあるのよ」
「たからもの?」
「うん。パパがいってた」
「たからものって、きんぎんざいほう?」
宝物と聞いて、昔話の絵本にかかれていた絵を思い出す。
四角くて黄色い塊と鹿の角のような形の赤いものが描かれていた。何を表しているのかよくわからなかったが、宝物といえばそれしか思いつかない。
「わかんない。だけど、たぶん、だれもみたことがないくらいすごいものよ」
そういって女の子は再び虹を見つめた。
子どもたちの声につられた先生も屋内から出てきて虹を見つけたようだ。皆がぼんやりと虹を見つめている。
誰も見たことのない、「きんぎんざいほう」よりもすごい宝物とは何なのか。好奇心がうずく。絵本では「きんぎんざいほう」を見て登場人物がとても嬉しそうにしていた。それ以上のものがあるというのか。
彼は誰にも見られていないのを確認するとこっそりとその場から抜け出し、建物の裏手へとまわった。自分の身長の倍近い高さのフェンスによじ登り乗り越え、最後まで慎重に足場を確認しながら下りていき、とうとう敷地の外に降り立った。脱走である。
「にじは…あっちか!」
しかし、彼本人に脱走の認識はない。ただ「きんぎんざいほうよりもすごいたからもの」を見てみたいという好奇心が彼をつき動かしていた。手と服についたフェンスの錆をはたき落とし、わくわくとする心を抑えきれず走りだした。既に彼の頭には虹を追うことしかなかった。
住宅街を越え、橋を渡り、見たことのない公園を通り過ぎ、初めて見る池に通りがかった。
「ここ、どこ?」
気がつくと知らない場所だった。慌ててあたりを見まわしても見覚えのあるものは何もない。もちろん自分が通ってきた道も憶えていない。
既に追いかけていた虹は見えなくなっていた。振り仰いだ空は暖色のグラデーションをつくっていて、どこかのスピーカーからは音のわれた七つの子が流れている。
先ほどまでの興奮は一気にさめて不安がじわじわと広がってきた。
「ふ、ふぇぇ…」
唇が勝手に震え、視界がじわじわと歪んでくる。鼻もツーンとするし顔もしかめっ面になってきた。
それでも何とかしなければ、と焦る心でもう一度あたりを見回せば、道端に不自然な段ボール箱があるのに気がついた。高さ50cmほどの、捨てられたにしてはやけに綺麗な段ボール箱だ。閉じるときに蓋にあたる部分は綺麗に切り取られていて、明らかに加工された痕跡がある。
途端に、一度は引っ込んだはずの好奇心が再び顔を出した。
恐る恐る近づいて中を覗き込むと、薄茶色のまだ小さな仔犬がつぶらな目でこちらを見つめ返してきた。
「わんちゃん!」
迷わず段ボール箱に入り込んで仔犬を抱きしめた。箱の中は隙間なくタオルが敷かれている。段ボール箱の中で座り込んで膝の上に仔犬乗せるとその暖かさに安心感を覚える。と同時に何故か急に寂しさに襲われた。腕の中は暖かいのに背中の寒さがなんだかつらい。
仔犬を抱きしめたまま耐えきれず声をあげて泣き出すと何処からか見知らぬ人が集まってきた。優しく話しかけられるが、涙と嗚咽はとまらないまま途切れ途切れでなんとか返答をする。
段々と、何と話しかけられているか、自分が何を言っているのかもわからなくなってきた。鼻水としゃっくりが止まらない。
だんだんと息苦しくなってきた。というか息ができない。なんだこれはやばいぞ。焦燥感が強い。
思わず飛び起きた。
ガバッ
「ぶはぁっ!はぁ、はぁ……ってあれ、朝?」
先月買ったばかりのお気に入りのカーテン越しに、柔らかい光が部屋のなかを照らしている。いつも通りの自分の部屋だ。うむ。散らかっている。
「ああ。夢かよ…」
随分と懐かしい夢だった。あれは幼稚園の頃に実際にあった出来事だ。
あの後、日が暮れて家族が迎えに来るまで近所にいた親切なおばさんたちが代わる代わる慰めてくれていたらしい。途中で交番からお巡りさんもきてくれたらしいが記憶にない。ぐずって動かない俺に苦笑しながらも家族を呼んだり見守っててくれたりしたそうだ。
家族は幼稚園から俺の脱走の連絡を受けてずっと探してくれていた。なかなか見つからないため警察に電話したところ、迷子になって泣いている子どものことを聞いて心底ホッとしたと言っていた。
段ボール箱の前に到着したときには泣きすぎて寝落ちしかけの俺が爆睡している仔犬を抱きしめたまま離そうとしなかったため、仕方なく段ボール箱ごと車に乗せて帰ったそうだ。なんとも大雑把な家族である。
次の日には俺は泣き疲れて熱をだし、熱が下がったと思ったら家族に懇々と説教され、幼稚園ではいろんな先生にそれぞれ説教されて散々だった。
「まぁ俺が悪かったんだけどさ」
ふぅ。と軽く息をついてベッドから降りるために布団に手をつくと、シーツにしてはやけにモフモフとした手触り。隣をみると案の定、仰向けのだらしない格好で眠る犬がいた。
仔犬の頃は薄茶色だった毛は今ではさらにつやつやとした明るい色になり、金色のポメラニアン、といった雰囲気になっている。
そう、あのとき俺と一緒に連れ帰られた仔犬は捨て犬だったらしく、数日間のゴタゴタの間にうちで飼うことが決まっていた。
「おい、太郎。おーきーろー」
背中の軽く揺すってみたが起きる気配が全くない。
そういえばさっき起きたとき妙に息苦しかったような…もしかしてこいつが犯人、いや犯犬か。そう思うと呑気に寝ているこいつに悪戯心が湧いてくる。全力で安眠妨害をしてやろう。
「くらえ。秘技・肉球マッサージ!」
ふにふにふにふにふに
「お、起きない…流石だ」
おっと、つい感心してしまった。それにしても、起きているときにしたときなんかはじたばたと暴れて全力で抵抗するくせに。
なんと寝汚いやつか。
「おっとと。もう起きないとな。ごはんごはッ!?ぐおお…」
こいつ、「ごはん」という単語を出した瞬間跳び起きやがった!そしてそのままの勢いで前屈みになっていた俺の顎に渾身のタックル。そこ急所っていうんだぜ!うおお痛ぇ…
なんて食い意地のはったやつだ!
「ワン!ワン!」
ドアの前に行儀よくお座りして、痛みに蹲る俺に早く開けろとばかりに吼える太郎。やつの頑丈な頭の中には今はご飯のことしかないんだろう。
渋々ドアを開けてやると、太郎は全力でリビングへ駆けて行った。振り向きもしなかった。元気でよろしい。と思うことにしよう。うん。
ちくしょう。
トンボが集まる幼稚園。その園庭の片隅で1人地面に座りこむ少年がいた。
さらさら。ごしごし。
さらさら。ごしごし。
バケツの中の砂を鷲掴んでは目の前の宝物にかけて手のひらで優しく擦る。
この作業を始めてからどのくらいの時間が経っているのかはもうわからない。まだ誰にも止められていない、まだバケツに用意した砂はなくならない、まだかじかんだ手は動かせる、まだ……
心の中で自分に言い聞かせ、ひたすらにうちこむその姿はある種の修行のようですらあった。
いつまで続ければいいのか。そろそろやめようか。ふとした瞬間にそんな考えが手の動きを鈍らせる。
いや、午前中いっぱいをつかって粉のような砂を大量に用意したのは何のためか。すべては目の前の泥団子のためだ!
彼は朝食のおにぎりを見て「今日は泥団子を作ろう」と思いたってから、今日1日をただ最高の泥団子を作るためだけに費やしている。
周りを他の園児が走りまわっているが、今の彼の目にその姿はうつらず、彼の耳はすべての音をシャットアウトしている。
「あっ」
ちょっとした不注意だった。そしてちょっとした不運だった。
彼の背後でつまづいた女の子が勢いあまって彼の背中にぶつかった。衝撃で彼の手から泥団子が飛んでいく。
手の中から空中に高く打ち出された泥団子は、下駄箱のすのこに墜落して見事に割れてしまった。
「ああっ!ごめんなさい!」
女の子が肩にぶつけた額を左手でおさえながら身を起こすと、固まったまま動かない彼と土塊と化した元泥団子が目に映った。慌てて謝ったが、振り向いた彼は座り込んだままこちらを睨みつけてくる。
「いまさらなにをいったって、どろだんごはかえってこないんだ…!」
ぶつかった痛みと怒らせてしまったという思いから女の子は泣きそうだ。目にじわりと涙が滲んだところで、ふと違和感に気づいた。
怒っているはずの彼の口元が緩んでいる。それでも必死でしかめっ面を作ろうとしているのか、頬と唇をぷるぷると震わせている。
「…どうしたの?」
これには先ほどまで泣きそうだった女の子も訝しげな表情で首を傾げた。
問われた彼は慎重に口を開き、堪え切れずそのまま笑い出した。
「だ、だって、さっきの…くふっ…どらまみたい…ぷくっ…あっはっは!」
どうやら自分で言った言葉がツボに入ってしまったらしく、地面を叩きながら大笑いしている。彼は驚いて額の痛みも忘れている女の子を放置したままひとしきり笑い続けると、唐突に地面に倒れこんだ。
「すのこよごして…おこられる……そうじ…めんどくさい……」
現実逃避だったようだ。顔が砂まみれになるのに構わず地面に寝そべり、今にもフテ寝にはいりそうである。
「ほうきとちりとり、どっちがいい?」
心底めんどくさそうな彼を見かねたのか、女の子が掃除の手伝いを申し出てくれた。玄関横の掃除用具入れから竹箒とちりとりを出してきて選ばせてくれる。できた子である。
かがむのが面倒なので竹箒を受け取ったが、すぐに後悔した。木の枝のように粗くかたい竹箒は土を掃くには適さないということを身をもって学んだ。
「あっ。あれみて!」
自分の身長の倍以上ある重たい箒に四苦八苦しながら動かしていると、隣でちりとりを持っていた女の子が空を指差した。指の先を見るとはっきりとした大きな虹がでている。周囲の園児たちも気づいて空を見上げてははしゃいでいる。
虹を見上げていた女の子は何かを思い出したようにこちらを振り向くと、キラキラとした目で自慢気に話し出す。
「にじのしたにはたからものがあるのよ」
「たからもの?」
「うん。パパがいってた」
「たからものって、きんぎんざいほう?」
宝物と聞いて、昔話の絵本にかかれていた絵を思い出す。
四角くて黄色い塊と鹿の角のような形の赤いものが描かれていた。何を表しているのかよくわからなかったが、宝物といえばそれしか思いつかない。
「わかんない。だけど、たぶん、だれもみたことがないくらいすごいものよ」
そういって女の子は再び虹を見つめた。
子どもたちの声につられた先生も屋内から出てきて虹を見つけたようだ。皆がぼんやりと虹を見つめている。
誰も見たことのない、「きんぎんざいほう」よりもすごい宝物とは何なのか。好奇心がうずく。絵本では「きんぎんざいほう」を見て登場人物がとても嬉しそうにしていた。それ以上のものがあるというのか。
彼は誰にも見られていないのを確認するとこっそりとその場から抜け出し、建物の裏手へとまわった。自分の身長の倍近い高さのフェンスによじ登り乗り越え、最後まで慎重に足場を確認しながら下りていき、とうとう敷地の外に降り立った。脱走である。
「にじは…あっちか!」
しかし、彼本人に脱走の認識はない。ただ「きんぎんざいほうよりもすごいたからもの」を見てみたいという好奇心が彼をつき動かしていた。手と服についたフェンスの錆をはたき落とし、わくわくとする心を抑えきれず走りだした。既に彼の頭には虹を追うことしかなかった。
住宅街を越え、橋を渡り、見たことのない公園を通り過ぎ、初めて見る池に通りがかった。
「ここ、どこ?」
気がつくと知らない場所だった。慌ててあたりを見まわしても見覚えのあるものは何もない。もちろん自分が通ってきた道も憶えていない。
既に追いかけていた虹は見えなくなっていた。振り仰いだ空は暖色のグラデーションをつくっていて、どこかのスピーカーからは音のわれた七つの子が流れている。
先ほどまでの興奮は一気にさめて不安がじわじわと広がってきた。
「ふ、ふぇぇ…」
唇が勝手に震え、視界がじわじわと歪んでくる。鼻もツーンとするし顔もしかめっ面になってきた。
それでも何とかしなければ、と焦る心でもう一度あたりを見回せば、道端に不自然な段ボール箱があるのに気がついた。高さ50cmほどの、捨てられたにしてはやけに綺麗な段ボール箱だ。閉じるときに蓋にあたる部分は綺麗に切り取られていて、明らかに加工された痕跡がある。
途端に、一度は引っ込んだはずの好奇心が再び顔を出した。
恐る恐る近づいて中を覗き込むと、薄茶色のまだ小さな仔犬がつぶらな目でこちらを見つめ返してきた。
「わんちゃん!」
迷わず段ボール箱に入り込んで仔犬を抱きしめた。箱の中は隙間なくタオルが敷かれている。段ボール箱の中で座り込んで膝の上に仔犬乗せるとその暖かさに安心感を覚える。と同時に何故か急に寂しさに襲われた。腕の中は暖かいのに背中の寒さがなんだかつらい。
仔犬を抱きしめたまま耐えきれず声をあげて泣き出すと何処からか見知らぬ人が集まってきた。優しく話しかけられるが、涙と嗚咽はとまらないまま途切れ途切れでなんとか返答をする。
段々と、何と話しかけられているか、自分が何を言っているのかもわからなくなってきた。鼻水としゃっくりが止まらない。
だんだんと息苦しくなってきた。というか息ができない。なんだこれはやばいぞ。焦燥感が強い。
思わず飛び起きた。
ガバッ
「ぶはぁっ!はぁ、はぁ……ってあれ、朝?」
先月買ったばかりのお気に入りのカーテン越しに、柔らかい光が部屋のなかを照らしている。いつも通りの自分の部屋だ。うむ。散らかっている。
「ああ。夢かよ…」
随分と懐かしい夢だった。あれは幼稚園の頃に実際にあった出来事だ。
あの後、日が暮れて家族が迎えに来るまで近所にいた親切なおばさんたちが代わる代わる慰めてくれていたらしい。途中で交番からお巡りさんもきてくれたらしいが記憶にない。ぐずって動かない俺に苦笑しながらも家族を呼んだり見守っててくれたりしたそうだ。
家族は幼稚園から俺の脱走の連絡を受けてずっと探してくれていた。なかなか見つからないため警察に電話したところ、迷子になって泣いている子どものことを聞いて心底ホッとしたと言っていた。
段ボール箱の前に到着したときには泣きすぎて寝落ちしかけの俺が爆睡している仔犬を抱きしめたまま離そうとしなかったため、仕方なく段ボール箱ごと車に乗せて帰ったそうだ。なんとも大雑把な家族である。
次の日には俺は泣き疲れて熱をだし、熱が下がったと思ったら家族に懇々と説教され、幼稚園ではいろんな先生にそれぞれ説教されて散々だった。
「まぁ俺が悪かったんだけどさ」
ふぅ。と軽く息をついてベッドから降りるために布団に手をつくと、シーツにしてはやけにモフモフとした手触り。隣をみると案の定、仰向けのだらしない格好で眠る犬がいた。
仔犬の頃は薄茶色だった毛は今ではさらにつやつやとした明るい色になり、金色のポメラニアン、といった雰囲気になっている。
そう、あのとき俺と一緒に連れ帰られた仔犬は捨て犬だったらしく、数日間のゴタゴタの間にうちで飼うことが決まっていた。
「おい、太郎。おーきーろー」
背中の軽く揺すってみたが起きる気配が全くない。
そういえばさっき起きたとき妙に息苦しかったような…もしかしてこいつが犯人、いや犯犬か。そう思うと呑気に寝ているこいつに悪戯心が湧いてくる。全力で安眠妨害をしてやろう。
「くらえ。秘技・肉球マッサージ!」
ふにふにふにふにふに
「お、起きない…流石だ」
おっと、つい感心してしまった。それにしても、起きているときにしたときなんかはじたばたと暴れて全力で抵抗するくせに。
なんと寝汚いやつか。
「おっとと。もう起きないとな。ごはんごはッ!?ぐおお…」
こいつ、「ごはん」という単語を出した瞬間跳び起きやがった!そしてそのままの勢いで前屈みになっていた俺の顎に渾身のタックル。そこ急所っていうんだぜ!うおお痛ぇ…
なんて食い意地のはったやつだ!
「ワン!ワン!」
ドアの前に行儀よくお座りして、痛みに蹲る俺に早く開けろとばかりに吼える太郎。やつの頑丈な頭の中には今はご飯のことしかないんだろう。
渋々ドアを開けてやると、太郎は全力でリビングへ駆けて行った。振り向きもしなかった。元気でよろしい。と思うことにしよう。うん。
ちくしょう。
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