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第8章 ラッシュ 後ろで入れるか、前から入れるか
72: そう、つらかったわね。
しおりを挟む戸橋は撮影の為に用意した備品の中から、門戸が身に着ける予定の死体を模した肉襦袢を手にして、自分が身につけさせられたドールスキンの手触りを思い出した。
ドールスキンは手で触ると、本当にマネキンの表面を撫でたような冷たく堅い感触があるのに、それを着込んで動く事が出来る柔軟性を同時に兼ね備えていた。
門戸の死体擬装用のスーツも、死後硬直しつつある肉の肌触りを再現している上に、どことなく肉が腐乱する予感を感じさせる風合いがあった。
しかも背中に開けられたフック吊り下げ用のリング穴など、いかにも肉体を直接傷つけて作られたものというリアル感がある。
この拘り、、やっぱり、俺にドール化プレイを仕掛けたのはブルーだ、と戸橋は改めて思った。
奴の身柄を確保したら、その後、とことんぶっちめてやる。
ってか、それは今日出来る。
門戸は死体の格好で、宙吊りのまま晒し上げておけば逃げられない。
それにどうせ、蘭府さんに、とことん精神をぶっ壊されるだろう。
その間に、俺が速攻でブルーの奴を押さえる。
抵抗でもしてみろ。
いや抵抗して、みやがれ。
薄暗い部屋の天井から、背中に取り付けられたロープで俯せに吊り下げられた門戸の身体は、徐々に下降して行った。
門戸の身体を上下させる為の滑車のロープの先端を握っているのは、男姿の戸橋だ。
蘭府は、門戸から借り受けたプロ使用の撮影機のファインダーを覗き込んでいる。
門戸の真下のその先には、ステンレス台に乗せられた若い女性の全裸死体があった。
門戸の身体は、数カ所を除いて全身が硬直しかかっている。
自由に動くのは、ペニスと肛門と口だ。
戸橋がドール化プレイの時に服用させられた薬を自ら摂取しているのだ。
門戸に対する蘭府の囁くような声が途切れない。
それに対して門戸は朦朧とし出した意識の中、懸命に反応している。
その様子は、まるで教師に関して従順な低学年の児童のようだ。
更に門戸の身体は、女性死体に向けてゆっくりと下降を続ける。
その度に門戸のペニスが、きつくきつく硬直する。
「高校一年生の富山恵子さんと小学六年生の門戸照人との接点は当時見いだされませんでした。それぞれの親族からの聴取も上手く行かなかったようです。と言うよりも恵子さんの家族も門戸の家族もこの事件というか、事故については余り騒ぎ立てて欲しくなかったようですね。人気のない廃工場跡の縦穴に落ち込んだ女子高生、それだけでも世間は色々と邪推する。しかし実際は、いくら当時の足取りを追っても工場に向かったのは本人だけで、この事に関与した他の人物は出てこない、まあ無理矢理考えれば、一風変わった自殺という線も考えられるが、遺書もなければ、普段の勝ち気な本人の性格からそういう事も考えられない。たまたま好奇心を起こして迷い込んだ廃工場跡で縦穴に落ち込んでしまった。その後、これも同じく、この廃工場跡に遊びに来た門戸少年が、同じ縦穴に落ち込んだ。当時の警察は、そう結論づけた訳だし、その事に誰も文句は言わなかった。」
こういう内容を説明している時の戸橋は、流石に警官だなと思わせるものがあった。
普段の軽薄そうな要素が微塵もない。
「けれど、富山さんと門戸は同じ小学校の出身だったんですよ。一時は塾も一緒だった。そこからの丑虎さんの追い込みが凄かった。どこでこんなのを探し出して来るのかと言うほどの情報を掘り出してきた。その情報を元に考えられる幾つかのストーリーを組み上げたんです。その中には門戸少年が明確な殺意を持って、つまり快楽を目的に富山恵子さんを誘き出し殺害したというものもあった。でも丑虎さん自身は、色々な偶然が積み重なって、結果的に門戸が富山恵子さんを見殺しにする形になったというケースが、一番事実に近いのではないかと思っていたようです。」
ここで戸橋は一区切りして、次の言葉を悩ましげに言った。
「でも蘭府さんは丑虎さんに、どれが真実に近いかなんて大した問題じゃないと言ってました。自分の記憶を封印してる今の門戸に、真実なんか必要ないのだから、どれを選んでも一緒だと。あいつに残っているのは、快楽に拗くれまくった罪悪感だけだと。なら、一番、破壊力のあるストーリーを選ぶと。」
「丑虎さん、その考えに反対してたでしょ?」
「ええ、、。でもこの件に関しては、気分的には俺も何となく丑虎さん寄りなんですけどね。」
「丑虎さんも君も人間としては正解よ。この問題は、人間の死生観に直結してる事だからね。いつもみたいに事件解決優先ってわけにはいかない。それにこの件に関しては、門戸攻略のアプローチは幾つもあった筈だし。」
「、、でも俺は蘭府さんに従った。どこかで、俺の事を尻の穴まで、いや毛穴の一つ一つまで知ってる門戸をブッ潰したいって気持ちがあったかも知れません。」
「かまわないわよ、それは。それも人間として当然なんじゃない?」
「指尻さんと話してると何でもOkだから気が楽になります。」
「それは君が悪党じゃないから許されるのよ。まっとうに生きようとしてるから、それは忘れないでね。」
「はい。」
「それにしても、なんで門戸はあんなに簡単に潰れたんだろう?俺も同じ薬を飲まされてたし、状況が異様だって点も同じだし。それに蘭府さんの持って行き方がえげつなかったてのも、見てて判ってるんだけど、、、。それでもね。、、門戸の奴、最後は子どもみたいになって泣き喚いていたんですよ。俺もマネキンにされかかった時は、あのままで行ったら壊れてたかも知れないけど、それでも、幼児退行みたいな事には、ならなかったんじゃないかと思うんですよね。」
「こんな振り子を考えてみて」
そう言って指尻は戸橋の前に人差し指を一本突き出して見せた。
まだ営業時間中だから、つけ爪はしていない、桜色に磨き込まれた楕円形の爪をもつ綺麗な指先だった。
瞬間、戸橋はこの指で自分のペニスを扱き上げて貰った事を思い出して動揺した。
「振り子なら上下逆ですが。」
「馬鹿ね、丑虎さんみたいなこと言わないで。いい?門戸は右に振れた時、奈央や私みたいな人間と遊ぶの。」と言って指尻は指を右に倒した。
「で左に振れた時、死の世界を覗き込んでいる訳ね。門戸はこれを繰り返して生きているというか、それで自分が生きている事を確認してるのよ。で、この振りが弱まって振り子が止まってしまった時、何があると思う?」
「心の死ですね。門戸に本当の意味での心の死が訪れる。あいつは鮫みたいな奴だから、何時も変態みたいな事をしてないと、本当に死んでしまう。」
「ピンポーン、さすがね、トバシ君。門戸は死を覗き込む事で生を感じているんだと思うわ。でもホントは死を怖がっている。凄い矛盾よね。だから私達みたいな人間と、ギリギリの遊びをして思い切り自分を右に振って、その反動で左へ行こうとするのよ。でもその時、門戸は死の顔が怖くて目を瞑っている。目を瞑るものだから今度、右へ帰るとき反動が弱くなる。」
言葉通り、指尻の指の振り幅が徐々に狭くなる。
「それで又、だんだん振り子の振れ幅が弱くなって行くって事ですよね。だから何時も闇雲にむちゃをやり続ける。怖いだろうな。」
「そう、そこに蘭府さんが登場するわけ。グルね。我が同胞よ、何を恐れる必要がある。死こそ至高、死こそ完璧、お前はそれを知っている、さあ目を開けよ!死の顔を直視せよってわけね。それのシンボル的行動が、死姦というわけ。」
「それであの時の蘭府さんの言葉が、一つ一つ門戸に効き目があったのか?門戸はずーっと心の底に問題を抱えていたわけですね。俺、あれはあの場の異様な空気感を利用した一種の催眠術かと思ってましたよ。もしかしたら強制的に、嘘の過去の真実を植え込んじゃったりとか。」
『ホントは蘭府さんがやった事は、催眠術そのものなのよ、でも君はその事を深く考えないで』と、指尻は思った。
『その事を深く考えていくと、私が貴方に施した魔術に気付くわよ、それを知ったところで貴方は何も得をしないんだから。貴方は蘭府さんによって、丸裸にされ壊された門戸とは、違うんだから』と。
「ああ、、最後に一つ、、聞いていい?」
「ええ、この撮影の件についてだけは、一つだけにして下さい。今まで俺が喋った分で精一杯だから。」
「富山恵子さんに似たご遺体、汚してないでしょうね?」
「、、正直に言います。門戸の精液が、かかりました。俺が丁寧に拭き取りました。、、、。」
「、、、、。そう、つらかったわね。」
指尻ゑ梨花の顔が曇った。
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