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第8章 ラッシュ 後ろで入れるか、前から入れるか
67: ラッシュ 前から
しおりを挟む「悪いな、時間をとって貰って。」
喉黒駿介警部補が静かな声で言った。
「いえ。」
御白羅 真が返事をした。
部外者から見ると、怪獣が人語を解し話すようで驚くべき光景だが、彼らの間では6係における精神で醸造された上下関係は、厳密に保たれいる。
「何、お前と私なら、直ぐに済む。なんら私一人でも良かったが、この件は派手にやる方が効果があってな。一暴れしたら、又、元の事案に戻ってくれていい。」
そう言い終わると、喉黒警部補は相馬組の事務所があるスチールドアのチャイムを押した。
ドアの上には監視カメラがある。
相馬組には、モニター越しに喉黒と御白羅の姿が見えている筈だ。
「開けろよ。宅配便です、とでも言って欲しいのか?」
喉黒警部補は警察手帳を監視カメラの方に突きつけて、そう言った。
もちろん、通常の捜査では、こんな真似は絶対にしない。
だが今回は、これくらいで丁度いい。
ドアが開かないなら、リッピングで、リッピングも無理なら、拳銃でドアを壊そうと喉黒警部補は思っていた。
ドアは、やはり開かない。
相馬組も、これが通常の捜査活動ではないことが判っているのだ。
「俺がやります。」
御白羅が短くそう言うと、喉黒警部補がドアから離れた。
御白羅の手が、ドアノブに掛かったかと思うと、彼の身体が倍に膨れ上がったように見えた。
次にミシミシという軋み音がドアから聞こえだした。
ドアノブが外れてしまうのか、それともドアを玄関に固定する蝶番が壊れるのか。
それらは殆ど同時に起こりドアは、吹き飛ぶように外れた。
この様子をモニターで見ていた組員は、一瞬パニックを起こしかけたが、辛うじて、他の組員達に警告を発する事が出来た。
「怪獣だ!いいや、カチコミだ!いや、警察だー!!」
相馬組の事務所に、二人が入り込んだ。
彼らの入室をとがめようとした組員二人が、いとも簡単に倒され、入り口付近で気を失っている。
戦艦のスクリューに巻き込まれたようなものだ。
御白羅の身体に手を触れたのが、いけなかったのだ。
「第6特殊犯捜査・第6係の喉黒だ。こっちは御白羅。聞きたいことがある。蓮華座に依存性があるって、バラしたのはお前らか?」
喉黒警部補が、どでかい応接セットを回り込んで、部屋の奥まった所にある大仰なディスクに収まった男の前で、そう聞いた。
「美馬んとこに飼われてるデカがいるってのは聞いた事があるが、お前らか?」
そう答えたのが相馬組の組長、相馬匡だった。
暴力団組織としては中規模だが武闘派として有名だ。
そして彼らの主なシノギは薬だった。
「質問に答えろよ。お前ら、ヤクザが我々警察と対等のつもりか?」
喉黒警部補が畳みかける。
普段の彼の口調とはまったく違う。
それは多分に演出されたものだった。
「ふざけんな、政財界にパイプがあるのは、美馬だけだと思ってるのか?第一、その元ネタ、何処から聞き出した?レンゲは依存性がないのが売りだったんだろう?こっちに因縁付けようと、話自体をでっち上げしてんじゃないのか?」
相馬匡の頭の中で色々な思いが交錯していた。
『この刑事達の本当の狙いは何だ?確かに、こっちは美馬と敵対している。だが今は、様子見でお互いをにらみ合っているだけだ。こいつら俺達を焚きつけたいのか?』
しかし少なくとも一つだけハッキリしているのは、この刑事が勘違いでもたらした、あるいは引っかけで持ち出したこの事実に、少しでも真実味があるなら、それは美馬を叩く、又とないチャンスだと言うことだった。
ただ美馬という相手が相手だけに、不確かな情報を元にしては動けない。
この場で、出来る限りの精度のある話を引き出したかった。
「質問には質問で返すか?下手な言い逃れだな。ネタ元は門戸照人だよ。ただ、奴はお前らみたいに喋りちらかしちゃいない。奴は、俺達が抑えている。」
「門戸、、、奴が、、。」
「お前さんとは、取引がないそうだな?門戸は頭の悪いヤクザが嫌いだからな。」
「ふん、、頭の悪いねぇ。で、刑事さんよ。あんた、何が望みだ。もし俺達がレンゲの話を、ばらしてたとしてだが。」
「言った奴をこっちに差し出せ。そしてそいつを組として処分し、組として言ったことを撤回しろ。この噂がおさまったら今回に限り、この件は不問にしてやる。ようは謝罪と誠意だ。ついでに、お前らと美馬の仲を取り持った俺達への誠意も忘れるな。」
『この馬鹿、俺達を含む勢力と美馬とのバランスや緊張関係がまったく判ってないと見える。そんな馬鹿が運んで来た情報だ。門戸を締め上げて、裏を取るまでもないか。レンゲには依存性がある、いいじゃねえか!使えるね。それにいざとなりゃ、全部、この刑事と門戸のせいにすりゃいい。それより今のウチに、美馬を叩いておかねぇとヤバイ事になる。』
と相馬匡は結論を出した。
「おい、刑事さん達は、お帰りだってよ。令状も持ってねえ、まっとうな刑事さんの仕事でもねえ、只の挨拶回りみてえだぞ、丁寧にお見送りして差し上げろ。」
相馬匡は事務所内にいる男達にそう伝えた。
「そのウチ、双方がこの話のからくりに気がつくだろうが、そんな事はどうでもいいんだ。一旦、広がり始めた噂は消せないからな。それに蓮華座に依存性がないなんて、誰が決めたんだ?厚生労働省か?誰が証明できる?その仕組みは胡散臭い民間療法と同じだよ。ようはそれを買い手の弱みにつけ込んで周知させる事だ。美馬はそれをやってのけた。だがそれを突き崩せば?それで美馬の台頭を暫くは抑えられる。」
「暫くですか?」
「ああ暫くだ。この件で起こる諸々の6係への反動は、私と亀虎管理官が止める。そっちは心配するな。君たちが頭に入れておくべきことは、美馬の次の一手の方だ。奴は動きの切り替えが早いぞ、シャクに障るが風林火山だ。ああそれと、派手にやってくれ。奴らに、本当は何か起こっているのか、それに付いて考える暇を与えるな、頭を麻痺させてやれ。」
相馬組からの引き際、喉黒警部補は、私の指示を思い出してくれたようだ。
喉黒警部補の目が、ドア近くの壁に立て掛けてあった一本のゴルフクラブに目を止めた。
先ほどから手頃な獲物を探していた。
特殊警棒を使っても良かったが、それでは敵との間合いが近すぎる。
御白羅を銃弾から守ってやりたいのだ。
御白羅なら頭以外の何処を撃たれても数発なら大丈夫だが、頭部だけは駄目だ。
それに自分自身も、久しぶりに暴れてみようかという気になっていた。
なら棒術の「棒」に代わるものが必要だ。
事務所の中には組長を入れて6人、隣の部屋に続くドアの裏には、更に何人かこちらの様子を伺っている気配がある。
一番厄介そうなのは、先程から部屋の片隅で腕組みをしながら会話を聞いていた男だ。
目が最初から座っている。
それでいて鋭利さがある。
いざとなったら拳銃で、人を殺す為に撃つ男だ。
もう一人いた。
コチラは、気配が単純で、拳銃を撃ちたくて仕方がなくウズウズしているようだ。
だがこの程度なら、御白羅が一番最初に目を付けて、叩き潰そうとするだろう。
「・・・そうかい。判ったよ。だがあんたは今日のことを一生後悔する事になるぜ。それと見送りは、結構だ。」
「ほざくな。ドアの弁償代だけは勘弁してやるよ。そんな木偶の坊に壊されるようじや物の役に立たんしな。」
喉黒に続いて歩き、一旦は背を向けていた御白羅が立ち止まり組長を振り返った。
喉黒はそのまま歩を進め、ゴルフクラブを何気に手に取った。
「なんだよ、木偶、怒ったのか?」
組長がふてぶてしく笑った。
組員たちは、すでに臨戦態勢に入っている。
終始伏せ目がちだった御白羅が顔を上げた。
そして口の端が耳まで裂けるのかというくらいに、ニタアと笑った。
御白羅は次に、彼の近くにあった馬鹿でかい応接セットのテーブルを、空き缶の様に横に蹴った。
テーブルはぶっ飛んでいき、隣室に繋がっているドアにドカンとぶつかって四散した。
もちろんドアも吹き飛んでいる。
この機に、喉黒が影のように動く。
その先は先程、目を付けて置いた部屋の片隅にいた男がいた。
相手の男もそれに気がついたようだ。
だが自分が何故、最初に狙われるのか?しばらく分からなかったようだ。
それが男の反応を遅らせた。
男が懐から拳銃を抜き出した時点で、拳銃は喉黒が振り下ろしたクラブで叩き落とされていた。
喉黒の視野の片隅に、第二のターゲットが映る。
だがこちらの方は、すでに御白羅の餌食になっていた。
ターゲットから意識を元に戻した喉黒の顔面すれすれに、目の前の男のパンチが飛んで来た。
普通なら、戦いの最中に気を逸らせた者のほうが負ける。
だが喉黒は、沖縄空手の名手であり、日常的に荒事に晒されている人間だった。
喉黒は、男のパンチを掻い潜ると、床に叩き落とした拳銃を回収しようとした。
今すぐの目の前の敵よりも、いつ誰の手に渡るか分からない拳銃を回収する方が重要だった。
「舐めるな!」
そんな喉黒に男が背後から襲いかかった。
がら空きの背中から、自分の腕を巻き付けて、相手を締め上げるつもりだった。
その後すかさず脇腹にパンチを叩き込んでやる!
男が、そうしている自分の姿を頭に描いた瞬間、屈み込んでいる筈の相手の脇から、一本の棒が蛇のように飛び出して来て、男の顎を激しく打った。
その衝撃で男は意識を失いかけたが、男の獰猛な身体の動きは、それ位では止まらなかった、、筈なのだが、実際には、喉黒によって見事に丸く投げ飛ばされていた。
そして喉黒は、倒れ込んだその男の鳩尾に、容赦なく上からの正拳を叩き込んでいた。
この一連の動きは、数分の事だ。
喉黒が奪い取った拳銃を手にして周りを見回した時には、事務所内は嵐が吹き荒れた後の様になっていた。
驚いた事に、御白羅は隣室に潜んでいただろう男たちまで叩き潰し終わっていたようだった。
やはり御白羅は、怪獣だった。
今、その御白羅は、床に倒れた会長の頭を靴の裏で踏み潰そうとしていた。
「止めとけ。御白羅、それ以上やったら死んでしまうぞ。」
喉黒がそう声をかけたが、それでも御白羅は足を外そうとしない。
さすがに殺しはせんだろうと、喉黒は別段困った風も見せず、組長の側に屈み込んでこう言った。
「いいか。よく聞け。これは、お前らが俺たちに誠意を見せなかったせいで起こった事だ。これに懲りたら、頑張って、蓮華座に依存性があるなんて噂を消してまわる事だな。又、来る。それを、忘れるな。」
ようやく御白羅が足を上げた。
事務所を後にして車に乗り込む前に喉黒が言った。
「ちょっと心配になって来たな。脅しが、効きすぎたかも知れん。」
「大丈夫ですよ。手加減しましたから、」
「・・・お前、あれで手加減したつもりなのか、、」
喉黒警部補は、呆れたように言った。
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