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第6章 第6特殊犯捜査・第6係の本気
47: 御白羅の上陸
しおりを挟む「この男に、真栄田陸の死因を再調査させていました。」
挨拶もせず、のっそりと会議室に入ってきたコート姿の御白羅巡査部長を見て、物に動じないはずの指尻ゑ梨花女史が驚いたような表情を浮かべた。
御白羅巡査部長は、黙って会議室のパイプ椅子に腰を落とした。
その様子を見れば誰もが、一瞬にしてパイプ椅子が音を立てて壊れてしまうのではないかと予想するだろう。
それほど御白羅巡査部長の身体が大きいように見えるのだ。
だが実際の御白羅巡査部長の身長は、2メートルに届くか届かないかという所で、殊更に「巨人」と感じる程の背丈ではない。
問題は、彼がその分厚い身体から発する怪獣めいたオーラだった。
そしてパイプ椅子は、ギシリとも音を立てない。
御白羅巡査部長の獰猛で筋肉の塊のような分厚い身体は、彼の運動神経によって完全な制御下に置かれているのだ。
御白羅巡査部長は、長机の上に、彼が小脇に挟んで来た男性総合雑誌をそっと置いた。
その後、顎を引きながら首を肩に潜り込ませ、ゆっくりと目を閉じる。
雑誌は、丸められた様子がなく平らだった。
私は、少し安心した。
今は忙しい時だ。
御白羅巡査部長が起こした暴力沙汰の後始末をしてやる時間が勿体ない。
御白羅巡査部長は、これを硬く丸めて、特殊警棒の様に使う。
それによって特殊警棒とは違った打突のダメージを相手に与えるのだ。
指尻女史が、私と御白羅巡査部長の顔を交互に見る。
御白羅巡査部長が喋らないのは判っていたから、私が話の続きをする事にした。
「真栄田陸が飛び降り自殺をした前の日の足取りで、新たに判った事が一つあります。」
指尻女史は、私が彼の代わりに喋り出すのは当然だろうというふうに、御白羅巡査部長の細かくウェーブのかかったザンバラ髪を見た。
「真栄田陸は、毎日のように都市を浮遊し、時たま彼の魅力に惹かれる人間達に施しを受けて生活するという事を繰り返していたようです。つまり彼にとっての日常は、我々の非日常でした。前に担当した刑事達も、その事に随分振り回されていたようです。調べる内に、これが怪しいと思えるような出来事があっても、それを突き詰めて見ると、実にたわいもない事が多かったようですね。そんな繰り返しだったようだ。そして最後に彼らは見切った。やはりあれは自殺だと。」
御白羅巡査部長は、窪んだ眼窩に溜めた影の中にある目を閉じたままだ。
「それを、彼が虱潰しに丹念に粘り強く洗い直した。」
丹念に粘り強く?この怪物が?私の最後の言葉に対して普通の人間なら、そのギャップに驚いたような反応を見せるのだが、さすがに指尻女史は表情を変える事もなく、逆に鋭い観察眼で、目の前で座ったままの御白羅巡査部長の顔を、又、観察し始めた。
御白羅巡査部長が怪獣なら、指尻女史は妖怪的存在のようなものだ。
「真栄田陸は中央スクェア地下街広場で一悶着起こしています。相手は高齢の男性清掃員。彼は清掃活動中の男性の目の前でタバコを吸ってその吸い殻を足でもみ消したようです。そこは、もちろん禁煙で、しかも一等地だからゴミ自体が元からそれほどない。場所としては、ご存じのように、恋人達が一休みしたり待ち合わせに使うような洒落た場所です。男性清掃員には、真栄田陸のこの行為が腹立たしくて仕方がなかったのでしょうな。調べによると清掃員になる前は、かなり堅い職業に就いていたご老人だ。で毅然と彼に注意をした。その事に真栄田陸が猛反発したなら、後の展開は変わっていたかも知れない。だが彼は反発もせず、のらりくらりとやった。」
「判ります。リクはそんな子です。タバコを吸ったのも粋がって見せた訳じゃない。ただ吸いたくなったから吸った。吸い殻だって側に吸い殻入れがなかったから足でもみ消した、リクはそんな子です。」
「そうでしょうな。で、真栄田陸ののらりくらりに清掃員の怒りが逆に燃え上がった。最後には、捨てた吸い殻らを自分のポケットに入れて始末しろと、迫ったそうです。」
「これにさすがに真栄田陸も抵抗を示して、二人はもみ合いになりました。」
「でもリクは、最後まで抵抗しきれなかった。彼は人間同士のギラギラした争いが苦手な子だから。」
「そうです、その通り。結局、その清掃員は真栄田陸の手首を握って拾わせたタバコの吸い殻を彼のポケットにねじ込んだ。でその後、清掃員はさっさとやり残した掃除を済ませて立ち去り、その場には、魂が抜けた見たいにぼんやり立ったままの真栄田陸が残った。そういう一部始終を、当時、この地下広場にいた何組ものカップルが目撃している。それを御白羅巡査部長が、丹念に拾い集めたのが今の話です。ですが、問題はこの後ですね。」
私が言葉を区切ると同時に、御白羅が目を開けて、机の上に置いた雑誌から数枚の写真を引き抜いてトランプのカードの様に、それらを指尻女史の目の前に並べせ見せた。
私はその中の一枚を更に人差し指で、指尻女子に突き出して見せた。
「これは真栄田陸がポケットに突っ込まれた煙草の吸い殻を捨てようとした時の映像を拡大したものです。防犯カメラに偶然写っていた。」
「これも御白羅さんが、入手したのですか?」
「勿論。我々は、貴方と丑寅が懸念していた催眠誘導の線で再捜査をしていたのです。真栄田陸を自殺に誘導する何かのトリガーがあるはずだと。それは、ありきたりのものであると同時に、頻繁に出現してはならないものでもある。人なのか物なのか、あるいはセットになって、それは真栄田の前に現れるのか、、、。」
私はもう一枚の写真を押し出した。
「これは真栄田陸の手元を更に拡大させたものです。」
「吸い殻と一緒に紙切れの様な物が映っていますね。ああこれは粘着式のポストイットだわ。折れ目から何か文字の端が見える。、、、まさか、これが!」
「真栄田陸の生活ぶりを考えると、彼がとてもポストイットに縁があるとは思えない。それに清掃員とのいざこざがあった数日前の彼の様子を御白羅巡査部長が全部調べ上げているが、ポストイットをポケットに入れるような場面はない。一方、科研に掛け合って真栄田陸のポケットをもう一度調べさせたら、微細な煙草の吸い殻に粘着物質が絡まっているのが判った。ポストイットと煙草の吸い殻は同時にポケットにねじ込まれた可能性がある。」
「でもそれだけじゃ、何もわからないわ。」
「御白羅が科研に言って、この写真に写っているポストイットの折れ目から、何かわからないかと圧力をかけたんです。紙というものを意識して折りたたむと、折り目は直線的になりませんか?で次に、それを広げて読んで、今度は無意識に手のひらで丸め込んだら?」
「まさか、そんな事を分析させたんですか?」
「まあ普通はそれを思いついても、他人にそれを検証させる気にはならないし相手だってそんな事を取り合わない筈だ。百の偶然の中から一つの必然をつまみ上げるようなものですからね。」
私は御白羅の顔を見て言った。
「それでも、まだそれだけじゃ。」
「その通りです。で、ファックパペットが絡んだと思える事件前後の真栄田陸の足取りを、この視点で徹底的に調べ上げた。コレです。」
私は公園のベンチに座り込んている真栄田が写った拡大写真を押し出した。
「これはあるアベックが自分たちを自撮りした時、偶然彼らの背後にいた真栄田が写り込んでしまったものだ。そして最後にもう一枚。これは、真栄田が座っていたベンチの背もたれを拡大したものです。」
「ポストイットが、貼られてる!」
「残念ながら、書かれている文字は解明できませんでした。短い単語のようだと言われています。」
「、、、。」
指尻女史は、考え込み始めたようだ。
「更にもう一つ、例の清掃員の方だが、これも御白羅が聞き込みをやっている。この老人は例の事件の前の夜に行きつけの飲み屋で行きずりの男と意気投合してぐたぐだになるまで飲み、結局その男に、自分の家まで送って貰ったそうです。でまた、自宅で夜が開けるまで二人で飲んだ。当然、あくる日の仕事には行けそうもない。ところが男が、後の事は俺がやっておくからと言って、勤め先を聞いて爺さんには寝るように言ったらしい。」
「その日、リクと喧嘩をしたのは、そのお爺さんじゃないという事なんですか?そんな事、なぜ最初の捜査で判らなかったんです?!」
「お怒りになるのはごもっともですが、これは貴方や丑寅がいて、そしてこの御白羅の様な刑事がいて分かる事なんです。最初は、このいざこざさえも問題視されていなかった。自殺の状況証拠が揃いすぎている。それなのに、担当の刑事たちは、一応この清掃員の身元だけは確認してくれていたんです。」
「、、すみませんでした。でもそうなると、その清掃員がパペッターという可能性が出てくるんですよね。私の直感は、パペッターは何人かの人間の役割名ではなく、たった一人、いえ多くても補佐役を入れて二人なんだと言ってます。その、、うまく言えませんが、事件の背後に一人の人間の人格を感じるんです。でもそうなら、やっぱりパペッターは事件の度に次々と姿を変える変幻自在の存在という事になる。」
「その話は、丑寅からも聞いています。ですが逆に私がお聞きしたいのは、なぜ貴方が、直感というあやふやな言葉を持ち出してまで、パペッター一人説をお取りになるのかということです。」
「、、私、今まで黙っていましたが、真栄田陸との連絡が取れなくなったある夜に、一人の男と寝たんです。それから今のような展開になって来て、もしかしたら、あの男がパペッターじゃなかったかって思うようになって来たんです。今、良く思い起こしてみると、あの男には妙な部分があった。なにかこう、わざとうだつの上がらない冴えない中年男を無理矢理演じているような、、。私が真栄田陸に接近しだしてパペッターは私を調べるつもりになった。そして私の正体が判って、リクを殺した、、。」
今度は、私が衝撃を受ける番だった。
「その話は、この場に留めておきましょう。明日、お仕事が終わられたら、6係に来てください。貴方に引き合わせたい人物がいます。貴方の代わりに、これから戸橋との連絡役に付く刑事です。彼と引き継ぎの為の情報交換をしてやって下さい。」
この引き継ぎは、明日の予定ではなかったが、先の指尻女史の言葉を聞いて、私は『事は急を要する』と判断したのだ。
奴らは、我々が思っている以上に、我々のすぐ側にいるのかも知れない。
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