シーメール精神鑑定医・指尻ゑ梨花 ファック・パペット達の図形定理

Ann Noraaile

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第3章 ザ・バットとパペッター

21: 忍び寄る影

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 丑虎北斗巡査部長から事件についてのおおよその説明を受け、彼が作成した資料と分析結果を譲り受けながら指尻ゑ梨花女史は、「犯行当時、犯人が被っていたという、そのヘルメットを貸し出すって事はできませんか?」と聞いてきた。
 証拠品の受取人が存在せず、手続き的にも、やってやれないことはないと判断したので、私は許可を出した。
 丑虎巡査部長は、そんな私を見て少し不安そうな表情を浮かべていた。
 おそらく彼は、この事案に関して、私がこれからも危ない橋を渡り続けるのではないかと危惧しているのだろう。
 ともかく、一旦は終結したはずの事件を、もう一度ほじくり返さざるを得ないという状況は、警察にとって厄介な事だったが、それをわざわざ6係に持ち込まれた限り6係のポイントを更に稼ぐためにも、この件はなんとしてでも上手く仕上げる必要があった。
 更にこの事案は、第6特殊犯捜査管理官である亀虎眞魚警視の肝いりの事案だったのだ。


 表面は「族狩り」による殺害事件。
 加害者は、刑務所で自殺している。
 だが最近になって、この事件は「族」ではなく、被害者の内の一人だけを故意に狙った偽装殺人ではないかという疑惑が出てきたのだ。
 殺したのは加害者で間違いはないが、殺させた人間が別にいて、その人物はのうのうと生きている。
 しかもその被害者の親族が、政財界に大きな影響力を持つ人物と来ている。
 この人物が裏で警察に働きかけてきているのだ。
 そしてそれを亀虎眞魚警視が利用しようとしている。
 この件は、警察の威信とかそういったモノとは別の場所で、法を離れた復讐劇という違う展開を見せるかも知れなかった。
 だが我々、6係は「正義の味方」ではない。
 悪が悪を喰らい合うのなら、それでいい。
 それで又、犯罪が生まれるなら、我々がそれを狩る。
 我々は、トリプルシックスなのだ。

 丑虎巡査部長が何かを言いたそうに私を見ていたので、私は頷いてやる。
 この件で、最初にプロファイリングをやったのは、丑虎巡査部長だから彼にはこの場面で口を挟む権利がある。
「あの、、失礼ですが、あのヘルメットをどうされるお積もりですか?」
「それにお答えする前に、一つお聞きします、貴方はプロファィルの際、ヘルメットはどう扱われました?実物はごらんになりました?」
「ええ、見て触って自分でその感触を確認しました。」
「私は、それを被ってみようと思うんです。」
「、、、、、。」
「犯人は、それを被ったまま、凶行に及んでいますからね。」
 丑虎巡査部長は、驚いたような表情を浮かべた。

「ヘルメットの方は、存分に確かめてください。それと、何か判ったら、この丑虎巡査部長と情報を共有しながら事を進めてくれませんか?彼のプロファイリングの腕はなかなかのものだと思っていますが、彼はそれよりも先に刑事だ。そっちの方も優秀な男なんです。彼の、刑事としての知見が貴方のお役に立つと思いますよ。」
 私はいつものように妖艶で美しい人間離れした指尻女史の顔を見つめてそう言った。
 そのファウンデーションで作られた仮面の下に、我々、6係が未だファック・パペットこと真栄田陸の本当の死因を突き止められないでいる事への苛立ちが隠されているのではないかと思ったからだ。
 真栄田陸に関しては、今のところ私の口から情報は漏らせないが、丑虎巡査部長との情報交換の中でならなんとかなるだろう。
「ええ、ファック・パペットのプロファイリングは素晴らしい精度でしたわ。私、感心しています。でも私の場合は、ちょっと違ったアプローチをしますから、、そうですね。そういう意味でも、丑虎さんと連携を保つことは大切ですものね。」
 指尻女史のこの対応に、丑虎巡査部長は、ほっとしたように顔の表情を緩めた。


 指尻ゑ梨花が、署内の廊下を歩いている時、後ろから丑虎巡査部長が追いかけて来た。
「どうしたんです?私に何か忘れ物ですか?」
「ええ。あの場では、言い出せなかったので、少しお時間を頂けませんか?」
「構いませんけど」
「じゃ、食堂の方に」
 見れば、署のビルの出入り口近くに食堂があった。

「真栄田陸の事、すみませんでした。」
「えっ?何のことです?」
「我々が不甲斐ないばかりに、あれでは彼も浮かばれません。」
「でも、何故、私に?」
「香山が言ってました。貴方と真栄田陸の間には、恋愛感情に近い関係性が芽生えていたような気がすると。」
「、、そうですか。彼女にはそう見えたかも知れませんね。それに正直に言って、真栄田陸の死を聞いたときにはショックでした。でもそれが恋人を喪失した感覚なのかと言われると、難しいところですね。けれど真栄田陸を殺めた人間を憎んでいるのは確かです。彼は救われるべき人間であって、殺される人間ではない。、、あなたが仰ってるパペッターという人物については、何か見えて来たものがありますか?」
「実の所、パペッターのプロファィリングが、全く成立しないんです。いや、奴がいるのは判ってます。不思議な感じですね。なんだか、奴から、俺を捕まえてみろと戦いを仕掛けられてるような気さえするんですよ。」
「パペッターを指して、『俺』と呼ぶのは、まだ早いでしょう?というか、プロファイリングの精度はデータの質と量に比例するはずですよね。パペッターの姿がまだ浮かび上がらない、、それは仕方がないのではありませんか?丑虎さんのせいではありませんよ。」
「驚きました。指尻さんにそう言っていただけるとは。少しだけ気が楽になります。でも私は6係でそう言う役回りには、なってはいますが、刑事なんです。刑事としての感情がある。いや意地かな、、悔しいんです。貴方にも申し訳がないという気持ちがある。」
 丑寅の縁無し眼鏡の奥の理知的な目が瞬いた。

「丑虎さんは、私とファック・パペットが感情的に結び付くことを予見できていましたか?」
「いいえ、それはプロファィリングの領域を超えていますから、私は探偵でも予見者でもありません。でも、刑事です。それから言えば、予見すべきでした。」
「面白い人ですね。丑虎さんって」
 ゑ梨花が、笑って見せた。
 普段の艶然というのではないが、それでも、人を惹き込む笑顔だ。

「先程のヘルメットの件ですが、プロファィリングの基本的な構造は、こういう犯罪の犯人はこういう人間が多いという統計学ですよね。だから煎じ詰めて言うと一番の問題は、『こういう人間』の中身の方じゃありませんか?その中身を見抜くという意味では、私の仕事も、刑事さんたちの仕事も同じなんだと思いますよ。ただ、アプローチと、今までの蓄積が違う。多分、私の場合は、他の精神科学者よりもっと違うと思います。」
「例えば、僕が指尻さんの真似をして、あのヘルメットを被ってみても何も分からないと?」
「いえ、視野が狭くなるとか、圧迫感があるとか、呼吸が浅くなると言った程度の事は、わかるでしょうね。でもソレ以上のことは、、」
 例えば、レザーやラバーで作られたマスクを被ると興奮するといった体験というか、そういった感度がないと判らない性的な領域がある、、とは、さすがの指尻ゑ梨花も、丑虎には言えなかったようだ。

 丑虎北斗巡査部長は、若手警察官を対象にしたプロファイリングの海外研修先で、その類まれなる才能を見いだされ、NCAVC(国立暴力犯罪分析センター)が引き抜きに来た程の人物である。
 心理学の修士の学位も持っているが、彼自身はそれを重荷に思っているようだった。
 なぜなら、それらの肩書きは、彼が思っている、世事に通じた脚で稼ぐ「刑事」の姿には、必要のないもの、いやむしろ邪魔になるものとさえ丑虎巡査部長は捉えている節があった。
 指尻ゑ梨花は、丑虎巡査部長に対して、その妙なコンプレックスにも配慮していたのだ。



 つかまっちまった。
 やつら、わざと公道のど真ん中をゆっくり走ってやがるんだ。
 たかが原チャリのくせしてたいがいにしろ。
 こっちは一日まっとうに働いてクタクタなんだ。
 おまえらガキ共のお遊びにつき合っている暇はねぇ。
 俺は、アクセルを踏み込もうとする欲望を、必死の思いで押さえ込んだ。
 やってしまうことへの良心の呵責なんてものは、これっぽっちもない。
 ただあるのは、後始末の膨大な手間暇への恐れだけだ。
 だが、いつかはやってしまうかも知れない。
 俺の頭の中には、壊れた原チャリの部分品と、ボロ切れと人の肉が入り交じったものを引きずって走る自分の車の幻影が見えていた。

「変わったのがありますね。」
 俺は思わず、その店の店員だか、店主だかに声をかけた。
 場合によれば、そいつは店員ではなく客かも知れない。
 その見分けがつかないので、話しかけるときはそれなりの決断がいる。
 こんなマニアックな品物を扱っている店では良くあることだ。
 おおよそ彼らは、ものを売っているくせに、商売人としての風貌を持っていない。
 ましてや店員と店主を見分けさせる商売人の貫禄など、彼らにあるわけがない。
 おまけに話しかけにくいと来ている。
 まあ無口と言えば、この俺も五十歩百歩だが。
 俺は、必要なこと以外で、滅多に他人とは口をきかない質だ。
 が、そいつは、こんな俺に口を効かせるに充分な魅力を持っていた。

「売り物じゃないんですがね、、。」
 短く刈り込んだ髪を銀髪に脱色した男は、店の中の一段高い棚に飾ってある、その「人の頭の形をしたもの」を見ながら、意味ありげな表情を作ってそう言った。
『売り物?誰が買うって言った。』
 俺は腹の中でそう思った。が、そう思った途端、無性にそれが欲しくなった。
「あなたが作ったんですか?」
「そう。ガレージキットより、本当は、こういうのが好きでね。かと言って映画のバットマスクとかのコピーだけじゃ物足りないし。」
 それのディスプレイボードには『ヨス・トラゴン』と書いてあったが、その時の俺には言葉の意味は判らなかった。
「実際に、被れそうですね。」
 俺は一番聞きたい事を聞いた。
 (あれ)は、俺にとって最高の、そして特別な儀式にしたい。
「勿論。こいつの構造を決めるのに、ヘルメットを3つほど潰しましたよ。見てくれだけじゃなくてね、、、こいつの強度は、普通のヘルメットより上回っている自信がありますよ。」
「でしょうね。こういったものは、背後の世界観やリアリティが大切ですもんね。それが、こいつをおもちゃから切り離してくれる。」
 俺の言葉に、我が意を得たように男は嬉しそうに笑った。
「これが気に入ったなら、譲りましょうか。」


 事件の発端は・・・まあ、こんな所だろうと、ゑ梨花は思った。
 しかし6係は、このヘルメットを売った男について余り重要視していないようだが、ゑ梨花は少し引っかかった。
 この事件の本当の引き金は、このヘルメットのような予感がしたからだ。
 そして、こんなに都合の良いタイミングで、加害者はこのヘルメットに出会っている。
 それに加害者に、ヘルメットを売りつけた男の言葉には、微妙な矛盾があるような気がしていた。

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