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第二章 漂流漂着
29: ハートランドと流騎冥
しおりを挟む保海真言も又、岩崎達が第一レベルから消失した二・三分後に、現実世界に呼び戻されていた。
岩崎の場合はマーシュ刑事の機転によって、真言の場合は、ハートランドにかかって来たヴィジホンによってだ。
そのヴィジホンの主は、流騎冥だった。
この二つが重なったのは奇跡的なタイミングだっった。
ただ岩崎達が、あの帰還できたのは幸運だったが、真言の場合はそうとは言い切れなかった。
もしあの場で真言がブキャナンを倒していれば、その後の展開は大きく変わっていた筈だからだ。
保海と流の会話は、ヴィジホンを通じてハートランドの立ち会いの元に行われた。
「どうしたんです流さん。よくここが判りましたね。」
保海真言の顔に笑顔が浮かんだ。
「流さんと来やがったか。随分懐かれたもんだな。お前の立ち回り先など、瘋癲爺の出先を調べるのに比べりゃ簡単なもんよ。」
「グェンダナヤン老師がどうかされましたか?」
「この前、弥勒会議について話をしたな。爺、そこの顧問団の一人だったんだ。灯台もと暗しって奴だ。爺からの忠告をお前に伝えてやろうと思ってな。」
「今、何処から掛けてるんです。後ろから聞き慣れない音楽が流れている。」
「ラングーンのホテルだ。爺とは先ほど別れたばかりだ。」
「流さんは仕事の関係で、国外には出られない筈だ。」
真言は背後にいるハートランドの存在を配慮して、銀甲虫の言葉は出さなかった。
「内の婆さんが危篤状態って事にしてある。俺の会社にも少しは涙があるって事だな。」
「で、グェンダナヤン老師の伝言とはなんです。」
真言はにやりと笑って本題に入った。
「CUVR・W3に潜り込むのはもう止めろとさ。お前の遺産相続を邪魔しに掛かった野郎の正体は、ビッグマザーの別の顔だそうだ。お前がこれ以上動くと、世界が大変な事に巻き込まれるとも言ってたな。」
「真言君、遺産相続って何の事?」
ハートランドが会話に割り込んできた。
ビッグマザーの偽多重人格については何も驚いていないようだ。
「その後ろの年増の姉さんは誰だ。まだ名前を聞いていなかったよな。」
「ジャッキー・ハートランドさん。」
「あんたがそうか、ヴィジに出たときは判らなかったが、話に聞く保海忍の恋敵だな。そんな年には見えないぜ。充分いける。真言、お前の周囲の人間は化け物じみた野郎が多いな。」
「化け物でも、野郎でもないわよ。貴方こそ、何者なの?」
ハートランドが真言を押しのけて言った。
「正義の味方とでもいっとこうか。おばさんよ。そこを退いてくれないか。真言の顔が見えねぇ。」
「真言、真言って貴方、ホモなの?それに弥勒会議って何の事なの?」
「、、かも知れねぇな。いつも汗くさい男共に囲まれているからな。弥勒会議ってのは、世界中のお偉方が集まって創ったCUVR・W3の保護者会さ。」
流はどこまで喋っていいのか、真言に目で合図を送った。
「ハートランドさんは、ソラリスのCUVR・W3についてもっと詳しく知る権利がある人だ。それに自分の身は自分で守れるだけの知恵も力もある。彼女に、僕は今さっきソラリスの第一レベルに送り込んでもらったばかりだ。気にせずに続きを話して下さい。」
「、、、そうか。それならいい。これから話をするのは、爺の与太話と思って聞けよ。HOKAIシステムは今のCUVR・W3みたいな運用を目指して構築されたものではないらしい。少なくともお前の親父は、違う目的であれを創ったんだ。いわばHOKAIシステムは、ある力場へのブリッジみたいなもんだ。異世界を招き寄せ、固定させるフィールドを形成するんだ。、、って事だよ。」
「招き寄せるって、ソラリスの電脳空間の事を言っているのですか?」
「違うね。だからややこしいのさ。招き寄せられるのは、ある種の電脳空間に引き寄せられ固定される(場)だ。どうやら、お前の親父は既にそこに行くことが出来ていたらしい。」
流の話はハートランドが漏らした内容と一致する。
真言は、初めてソラリスの第一レベルに接続した時に、自分を監視し追い落とした『あの存在』を思い出して身震いした。
「、、、その(場)から持ち帰ったのが、あの二つの品物?」
「かも知れない。爺さんにはその事を詳しくは伝えていない。まあ老い先短いんだ。下手な事に巻き込まれてもな。仕方ないだろ。」
ハートランドが真言を睨み付けている。
流との話が終われば、源次郎が残した遺産についての彼女の激しい追求が待っているのだろう。
「弥勒会議は、国家警察を通じて俺達にビッグマザーからお前を守るよう要請した。つまり、会議はお前があの遺産を保海源次郎の意志に従って、使う事を望んでいるんだ。いやたぶん、それでどうなるかを試したいんだろう。」
「そしてビッグマザーは、それを望んでいない?」
「それはどうだかな?事態はそれほど単純じゃないようだ。奴らは、意見が対立していても直接的なお互いに対しての実力行使は、出来ない関係にある。なんと言っても持ちつ持たれつの仲だからな。あの遺産を使うと、何がどうなるのか、ビッグマザーも弥勒会議も実のところ良く判っていないんだろうよ。ただビッグマザーは、お前が大きく動くことを嫌がっている。要はやっぱり、お前の動きなんだ。」
「で、老師はこの僕に動くなと。」
「そういう事になるな。遺産を持ったままじっとしてろという事だ。」
「結果的に僕がビッグマザーの側につく事になっても良いと言っているのか?。」
「いや、そんな結果にはならんだろう。やつらはそれぞれの思惑があって、その都度態度を変える、、。俺にはその全体像が掴めないんだが、両方ともお前が動くのを待っているはずなんだ。ただし待つのは最初だけだ。両者が違って来るのは、その後だ。ビッグマザーがお前の遺産相続を邪魔したのは、その後の対処の仕方の違いを、弥勒会議に宣言する行為だったんだろう。決定的な対立構造は望んでいないが、やるときにはやる、みたいな感じかな。そうでないのなら、今頃お前は、どちらかにひねり潰されている筈だ。」
流はもどかしげに言葉を続けた。
彼自身もこの辺りの把握が混乱しているようだった。
しかし、真言は口には出さなかったが、別の見方をしていた。
遺産相続に関しては、第三の勢力、つまり『あの存在』が、どこかで介在しているのだと。
「判らないか?人間は言葉や火を手に入れた。そこで並の動物と別れていく。しかしこう考えたらどうだ。ここにもう一つ火を欲する存在があった。しかしその存在と人間は今の所、共生関係にある。お前は、そのはじめの種火か枝なんだ。しかも二つの存在は火に対する取り扱い方が違うんだ。」
「火そのものを消してしまえ、という事なんですか。」
真言は流が言うように、今回の件を、単に人間対、反乱したコンピュータの図式に置き換えることは、間違いだと感じていた。
「おそらく。爺はそう言いたいんだろう。人が解脱の境地を容易に手に入れられないのにはそれなりの理由があるとも言っていたな。あれは爺の戯れ言だと思っていたが、後から考えると俺達への忠告だろう。」
「しかし、保海源次郎は僕に遺産を残した。あれに現される何かを僕が継がなくてはいけないのか、それともただ単に、あれを使用してもいいいう事なのか、、、。いずれにせよ、僕が黙って遺産を握りつぶすわけには行かない。それにCUVR・W3の中には、確かに保海源次郎の敵対者が存在している。」
「お前、親父を憎んでいたんじゃなかったのか?なんで、そう入れ込むんだ。」
真言はその問いに答えられなかった。
その様子を見かねた形でハートランドが再び二人の会話に割り込んできた。
そして今度は、流騎冥が早々に退散せざるを得ない形でヴジホンの会話が終わった。
「真言君。源次郎さんから預かったものを、私にお見せなさい。さっきから偉そうに話をしていたけれど、私がいなければ、君はCUVR・W3の第八レベルにすら接続できないのよ。」
真言は渋々、二つの遺産をハートランドの前に置いた。
ハートランドは二つの遺産に心奪われたように観察し続けた。
「真言君。君はどんなに凄いものを譲り受けたか理解している?これを学者達に見せてご覧なさい。世界中がひっくり返るわ。二次元なんて人間の概念にしかないものなのよ。目に見えない(幸せ)を形にして目の前に突きつけられているようなものだわ。」
「そして(幸せ)を突きつけられた人間は、ちっとも幸せになれない。」
真言は冗談交じりに応えた。
ハートランドは真言の言葉を聞いていなかった。
「そしてこれよ。この森の中にあるのは、きっと不時着した宇宙船よ。これはどこかの世界に穿たれた窓なのよ。」
二つ目の遺産である画布に描かれた絵画の事を、真言は密かに宇宙絵画と呼んでいたが、期せずしてハートランドも同じ印象を抱いたようだった。
ただ真言は、森の中に沈んでいるものに対して宇宙船といった具体的なイメージは思い浮かべていなかった。
それはもっと別の恐々しいもののように思えた。
絵自体が全体として異世界を感じさせる所から、宇宙絵画と呼んだだけの事である。
「あの唐変木が言った事と、この絵には共通する部分があるわね。源次郎さんはこの絵の場所を君に伝えたかったのじゃないかしら。君は誰がなんと言おうと、この場所に行かなくちゃならないわ。」
ハートランドはそう決めつけた。
「君が初めてCUVR・W3に入ったとき、誰かが自分を拒否したと言ったわね。そいつが恐れているのは、この場所に君が行ってしまう事なのよ。と言うことは、やっぱりCUVR・W3の中にその入り口が有るんだわ。」
「ハートランドさん。僕にはまるで、貴方自身がそこに行きたがっている様に聞こえるんだが。」
「そうよ。私も行くわ。君の外側にまとわりついてね。君は向こうの世界で、忍・ハートランドなんでしょう?」
どういう訳か、保海真言の顔が赤くなった。
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