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第二章 漂流漂着

21: 妖精 忍・ハートランド

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 保海真言は、第一レベルの中でハートランドの若き日の姿をその身に纏っていた。
 『何もかも若い頃の私そっくりっていうのも可哀想だから、髪の毛の色は黒にしておいたわよ。』
 そうハートランドが言っていた通り、髪だけは軽い黒のショートだった。
 自分の胸にある豊かな二つの隆起を見下ろしながら真言は、浅いため息を付くと同時に、別れ際のハートランドの悪戯ぽい注釈を思い出していた。

「NEOHOKAIシステムのもう一つのセールスポイントよ。簡易セックスチェンジね。勿論、CUVR・W3用のデータさえそろえれば人間以外のものにもなれるわ。これが私たちの一番のヒット商品になるでしょうね。とりあえず、これで真言君に目を付けてる存在からは目をそらすことが出来ると思うわ。貴方はその姿になる為に、私の姿のエレメントを纏ってる、つまりプラグ装着者に対しては透明マントを着てるのと同じ効果が出るわけ。」

 ハートランドは真言の二回目の接続までの短い期間に、二つの事を成し遂げていた。
 一つは、ソラリスの第一レベルに接続した真言を注視していた謎の存在への女装という人をくった対策、もう一つは真言の長い滞留を拒んだソラリスのファイアーウォールへの対策だった。
 とにかく一つめの女装は、真言の戸惑いを別にして、とりあえずの成功を納めているようであった。
 一回目に感じた真言に対する「存在」の張り付くような監視の目の感覚は今はない。
 真言は、アステカ遺跡風のピラミッドの頂上に立ち、これから何処に行こうかと考えていた。

 その時だった、彼の目の前に二人の男が出現したのは。
 彼らはピラミッドの頂上で、お互いが逃げも隠れも出来ぬ距離でしかも、正面に相対する位置で突然出会ったのだ。

 三人の中ではじめに口を聞いたのは、老練な岩崎刑事部長だった。
「これはこれは美しいお嬢さんですな。まるで妖精のようだ。お名前はなんと仰る?」
 岩崎がハートランドの幻影を纏った真言を妖精と表現したのには訳がある。
 彼の姿が岩崎には半透明に見えていたのである。
 もちろん、岩崎の隣にいるイマヌェルには、非プラグ装着者同志の共通点として、真言は完全に女性として実体化したものに見えている。
 しかし逆に、エレメントを纏うという方法を取らないイマヌェルは自分の姿が、真言からはイマヌェル見崎そのものに見えていることにまだ気づいていない。

「失礼な方ね。人に名を尋ねるなら、まず自分から名前をおっしゃい。」
 真言は驚いていた。
 自分の口から出る言葉がハートランドそのものだったからだ。
「これは失礼した。私は岩崎寛司といいます。」
 岩崎はイマヌェルの紹介をあえて無視をした。
 岩崎も非プラグ装着者であるイマヌェルが、第一レベルの住人である目の前の妖精には見えないだろうと思っていたからである。

「お隣の方は?」
 真言は流から聞かされていた岩崎という人物に出会えた驚きを押さえながら、先ほどから自分の様子をうかがっている存在を岩崎に聞きただした。
「貴方には私が見えているのか?それに貴方は、あの時の、、」
 驚いたようにイマヌェルが言った。

「ええ、半透明に朧気ながらだけど。」
「、、、、。私はイマヌェル見崎だ。」
 イマヌェルの頭の中は、目の前の存在の位置づけを必死になって求め始めた。

「私は、忍・ハートランド。」
 真言はすらりと言ってのけた後、そのネーミングに我ながら驚きを覚えていた。
 後でこの話をハートランドにすれば、彼女は大笑いをするだろうとも思った。

「では忍・ハートランドさん。貴方はこの世界の人かな?私の直感はそうではないと告げているんだが。」
「あなた方もそうなのでしょう?刑事さん。」
 岩崎は自分を刑事と呼ばれてその白いモノが混じり始めた眉の端を少し吊り上げて見せた。
 同時に目の前の人物に対して激しい興味を感じたが、かろうじてこれからの道行きを思い出してその気持ちを抑えた。
 こんな所でいつまでも人物吟味をしている時間は、今の岩崎達にはなかった。

「我々はもう少し自己紹介をしておくべきだと思うが、今は時間がない。それではさらばだお嬢さん。」
「待って、あなた方は、外界でのトラブルをこの世界で処理しようとしている、そうでしょう?」
 既に真言に背を向けて、ピラミッドの連なりの遥か彼方を向いた岩崎に反して、今度はイマヌェルが真言に声を掛けた。

「どうやったのかは、判らないが貴方は、非プラグ装着でこの第一レベルに潜り込んでいる。そうでしょう?その目的はなんです。」
「イマヌェル君。我々には余分な問題の謎解きをしている時間はない。先を急ごう。」
「待って下さい。岩崎警部。CUVR・W3には偶然は殆ど起こらないんですよ。我々がこうして同じ場所に出現したのにも因果律があるんです。彼女は今回の事件を解く一つの要因になるかも知れない。」
「だとして、君はあの場所へ彼女を連れていくのか?」
 岩崎は厳しくイマヌェルに言い渡した。
 そんな二人のやり取りを見て真言は、ある投げかけをした。
「あなた方は、弥勒会議という名をご存じ?」

 イマヌェルはその一言で、岩崎が何と言っても、この女性をこれからの道行きに同行させるべきだと判断した。
 弥勒会議の名称は、イマヌェルが知っていて、まだ岩崎に明かしていない重要なキーワードの一つだったからである。

    ・・・・・・・・・

 マーシュ刑事は、国立精神病理学センター所長室で、所長のガルモンドと押し問答を繰り返していた。
 マーシュ刑事は今回の捜査にある種の違和感を感じていた。
 それは官庁がらみの捜査先に付き物の「抵抗」や「手続き」が、今回の捜査には極端に少なかったからだ。
 今回の捜査に限って、彼らの計り知れない上層部での力添えが、そこかしこに働いていたのだ。
 それがジャッジシステムに基づいての捜査というものだと、いう気もしたが、違和感は常にあった。

 にもかかわらず、目の前のガルモンド所長は、マーシュのアルビーノ・ブキャナン博士面会に対して激しい抵抗を示していた。
「連絡はついてる筈だ。しかもそれは貴方個人の権限でなんとかなる種類のものではないと、私は聞いている。」
  マーシュはついに強権を発揮する積もりになった。
 こうしている間にも、彼の尊敬する老警部は危険な捜査のただ中にあるのだ。
 彼がこんな段階で無駄な時間を浪費するわけには行かなかった。

「私には患者の生命を守る義務がある。更に付け加えていうなら、貴方自身も彼に面会するにはある種の危険性を伴うはずだ。面会の申し出にはお答えできない。」
 ガルモンドの健康そうなピンク色の肌を持つ顔は自信に溢れているように見えた。

「それに付いては何度もお話をしました。なんなら、貴方が縁とされている上司にヴィジホンを掛けてもらってもいい。これは非公式であり、私の単なる個人的見解に過ぎないが、アルビーノ・ブキャナン博士はアッシュ氏殺しの第一容疑者だ、、、今の所はね。もしかして貴方が私の申し出を拒否されるのは、それと関係があるのですか?」

「君の個人的見解とは、私のところで現在治療中のブキャナン博士が、どういうわけかソラリスのCUVR・W3に繋がっているという前提があっての話だろう?。上がそんなヨタ話を信じるとはな、、。ソラリスがビッグマザーの為に、優秀な人間の意識をサンプリングしているという話は聞いている。そのメンバーが秘密だという事も。だが、ここは国立精神病理学センターなのだぞ。それにブキャナン博士の精神は余りにも広大で変幻自在だ。ビッグマザーといえども、、、。」
 ガルモンド所長はビッグマザーという言葉を口に出してから、暫くの間、沈黙を守った。
 自らが置かれている状況を熟考する必要があったのだ。
 この刑事の差配は、ビッグマザーがやった事ではない。強権を発動出来る人間達がやった事だ。
 それを思い出したのである。

 マーシュ刑事は、ガルモンドの事を、彼が先ほどから誇示しているような医学上の理念に自分の身と心を差し出した人間ではないと判断していた。
 むしろ世渡りの知恵に長けながも、表面上は学究の徒を装う出世上手の男の典型のように判断していた。
 その男が、彼などが及びもつかない権力を背景にした捜査権限の元に行われるブキャナンとの面会に難色を示している。
 もしかして彼の躊躇いには、ガルモンド個人のブキャナンに対する特別な思い入れが存在するのかも知れなかった。

「、、彼は、多重人格者だ。しかもあなた方の世界でいう(凶悪犯罪者)でもある。今、彼は、我々人類が施し得る最高の治療にかかっている。これは一人の人間の病理学的な問題にとどまらず、今後の精神治療の方向性を大きく左右する可能性を秘めている。そんな時期に事情聴取は論外だ。だがどうしてもと言うなら、貴方個人の社会的・歴史的責任も問われる事を忘れないで頂きたい。貴方は我々精神医の世界の中で、大犯罪人としてその名を残すかも知れない。」
 ガルモンドはあがきめいた最後の脅しをかける。
 マーシュが同じ年の医学生ならこの脅しは効果があったかも知れない。
 しかし彼は骨の髄まで刑事だった。

「結構です。私にはアルビーノ・ブキャナン博士に殺害された人々の親族の思いや、世論が付いている。彼が、私の事情聴取で大きなダメージを負うことになっても私の良心は痛まない。歴史的責任などクソ喰らえだ。」
「話はこれで終わりのようですな。これから私がアルビーノ・ブキャナン博士の治療棟にご案内しましょう。引き返したくなったらいつでも私に言って下さい。」
 ガルモンドは肘掛け付きの重厚な椅子から、さも億劫そうに立ち上がった。



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