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最終章 ユディト作戦の結末
76: どうせ逃げるなら
しおりを挟む「これは、僕が昔、嬉しがってNINJYAスーツって呼んでたヤツです。ホントに馬鹿だった。」
鉄山は、今装着しているスーツを借り出した際に、井筒が見せた悲しい目を思い出す。
だが、その「忍者スーツ」のお陰で、鉄山は骨折を免れている。
鉄山は、もうフラフラだった。
回を重ねる程に、コンピュータの補正を得て、威力と精度をます能都の強化カーボングローブのパンチが、ちょっとでも忍者スーツのプロテクターラインから外れて、鉄山の肉体を強打したら、、、。
吉住は、たまらずに飛び出した。
二人の闘いに割って入って、能都を組み敷こうと思うのだが、体格で勝っている筈の吉住が、逆に跳ね飛ばされる。
結局吉住は、鉄山に向かって行こうとする能都を、後ろから羽交い締めにするのがやっとだった。
それでも激しく動こうとする能都のせいで吉住の腰が浮き始めている。
「それでいい!そのままでいろよ!」
立っているのが奇跡のような鉄山の何処にそんな力が残っていたのか、彼女は助走を付けて、能都の胸元めがけて飛び膝蹴りを放った。
三人が地面にもんどり打って崩れ落ちた。
最初に起き上がったのは、鉄山だった。
吉住は地面で身体を反転させるのがやっと、能都は遂に起き上がって来なかった。
鉄山は井筒に教えて貰っていた能都のスーツの緊急停止ボタンを探り当て、それを停止したところで力尽き、仰向けになって倒れた。
「大丈夫だ。彼女、もう起き上がれないさ。君の飛び膝蹴りを食らったんだぞ。」
仰向けに倒れたままの吉住が荒い息と共に鉄山へ声をかけた。
「喋れるなら、起き上がって対抗ウィルスを探して。私、暫く無理、、」
「へいへい、仰せのままに。」
吉住は頭を振りながら起き上がると、能都のスーツを脱がし始め、それが終わると能都に手錠をかけた。
対抗ウィルスの入った媒体は、能都から脱がせたスーツの腰当て部分に仕込んであるポーチから見つけ出した。
その媒体を見せてやろうと、地面に倒れたままの鉄山の顔を見て吉住はにやりとした。
鉄山の顔が腫れ上がっていたからだ。
鉄山を凹ましてやるチャンスだと思った。
いくら男勝りの鉄山といえど、これ程の美人なのだ、それは自分でも判っている筈だ。
自分の顔の変化は気にするだろう。
吉住には、鉄山がどんな激しい戦いを経ても、その顔にダメージを負ったという記憶がないのだ。
全治数週間という怪我でも顔だけは無傷だった。
表面には出さないが、それだけ自分の容姿については意識している筈だった。
しかし吉住は、鉄山に対する見立てを間違っていた。
確かに鉄山には、己の美貌に関する自意識はあったし、美容に気を配っている部分もあった。
だがそれ以上に、鉄山には強い職業意識があり、その為には自分の鼻の骨が折れても仕方がないという覚悟があった。
彼女の顔が、幾多の闘争の後でも無傷なのは、美しさを損ないたくないという執念からではなく、単に闘争においては、頭部への攻撃が最も有効であり、そこから自分を守りきって来たことの結果でしかなかった。
「良い顔に、なってるよ。」
吉住が鉄山の顔を覗き込んで言った。
「あんたもね。私の為に、身体はってくれてありがとう。」
吉住が初めて聞く、鉄山の優しい声だった。
吉住は結局、自分を恥じる事となった。
・・・・・・・・・
お互いの超常的な力を相殺し合ったレッドと守門の闘いは、肉弾戦の様相を帯びてきていた。
レッドは目の前の守門を倒さない限り、この球場から脱出出来ない。
しかもレッドには援軍はいないが、守門には警察や国防軍という勢力が背後に控えている。
一応、羊飼とホワイトの記憶から五秒ラボの能都という女性の存在を割り出して、いざという時のために誘惑し味方に付けておいたが、未だにその救援の姿はない。
第一、このような戦闘局面では、人間の女は役に立たない。
特に警察・国防軍の首脳陣らの状況判断が、レッドの完全抹消に決まれば、彼らは圧倒的な火力を持ってここにやって来るだろう。
その時、まだ守門が倒れていなければ、自分は力を封じられ只の戦闘ロボットになっているだろう。
自分は消滅させられる。
もう一度、あの「無」に帰るのだ。
レッドの生存本能、いや存在するという喜びを失いたくないという妄執が、レッドを駆り立てていた。
守門が繰り出す何度目かのパンチを凌ぐ代わりに、レッドは自分の胸にあるメッシュを展開させた。
レッドの胸から、獲物に飛びかかる触手のようにメッシュが飛び出し、守門の右手をくわえ込んだ。
守門はとっさに右手を引き、後方に強く飛びすさった。
守門が自分の右手を見ると、右手を覆っていたアーマーが綺麗になくなっていた。
その代わりにと言うように、レッドのマニュピレーションがついていない通常作業用椀が、守門のアーマーを再構成した新たな形状に変化していた。
「こいつを使って、今からお前を丸裸にしてやる!」
レッドが吠えて間合いを詰めて来た。
守門は再び戦闘を開始したが、今度はメッシュに右脚のサーボモーターを持って行かれた。
その結果、守門は動きの半分を奪われてしまう。
パンドラの鎧が、それを補うだろうが、身体のバランス能力は格段に落ちる。
守門は徐々に、力を削がれ始めていた。
「ウィルスは、こっちだよ!」
車から女子高生姿のノイジーが降りて来た。
レッドがそちらの方を見る。
今すぐノイジーに襲いかかりたいようだが、守門を警戒しているのだ。
「馬鹿な!何故出てきた!」
守門は内蔵されたコミューターでノイジーに声を飛ばした。
「守門君の合図がアテにならないから出てきたのよ!第一、そのままじゃ、やられちゃうよ!」
今度はノイジーがコミューター経由で返事をしてくる。
「どうするつもりだ!?まだ奴は弱りきってない。君がレッドに接触するのは、まだ無理だ!」
「作戦があるの。今からウィルスを、コミューター経由で、守門君のアーマーの制御装置に送る。コピーじゃないから、次はない。でもレッドがメッシュで、それを取り込んだら終わり、ゲームセット。一発勝負よ、出来る?」
確かに、先ほどまでの闘いで、レッドがメッシュで本当に取り込みたいのは、アーマーの最も分厚い装甲部分である胸当ての下に隠された制御装置である事は判っていた。
ちょっとでも隙を見せれば、そこをやられる。
そして現在のレッドの攻撃は、胸のメッシュが主体になっている。
装甲部分とウィルスを一緒に喰わせるのか、、。
「それで行く!やるぞ!」
今度は、守門から間合いを詰めた。
激しい攻防が続き、レッドがとうとう守門のアーマーの胸部を引きちぎった。
だがそれを引きちぎったのはレッドのメッシュではなく、レッドが自分の内に取り込んだ守門のアーマーの右手だった。
駄目だ。レッドは取り込まない。
守門の心が折れた。
守門は、力尽きて、地面に尻餅をついている。
いくらアーマーがあっても鎧があっても、中身は只の人間だった。
体力の限界は自ずと訪れる。
途中まではワザと胸板を奪われようと戦っていたが、後半は本当にそれを奪われてしまう程、レッドに押されたのだ。
レッドはメッシュを展開した後、誇らしげに、剥ぎ取ったアーマーの胸板を、そこに飲み込ませる素振りを見せた。
守門に、再び希望が生まれる。
ウィルスに感染させたそのタイミングで、自分に残っている全ての力を掻き集めれば、止めがさせる、。
ところが、何を思ったのか、レッドはメッシュで、胸板を取り込むのを止め、遠くにそれを放り投げた。
まずい!回収しないと!と守門は思ったが、身体が思うように動かない。
胸板は回転しながらすっ飛び、観客席フェンスに突き刺さって止まった。
レッドはそれに素早く標準を当て、腰にあるレザーを照射し、胸板をバラバラに焼き切ってしまった。
「ふん、騙せると思ったか。お前達の会話は全部聞いていたよ。」
レッドは、あっという間にノイジーを捕まえ、その細い首根っこを掴んで空中に吊るし上げた。
ノイジーが空気を求めるようにその両腕をばたばたと振り回す。
制服の短いスカートから伸びた脚が、背後のレッドを蹴ろうと無駄な動きを繰り返している。
守門は気力を振り絞って、体勢を立て直て直そうとしたが、まだ立ち上がる事が出来ない。
その時、ノイジーのむやみやたらに振り回していた腕が、レッドの脇の間をくぐるようにして、レッドの偽の羽が生えている背中の付け根に当たった。
「今よ。やっつけて!ウィルスを注入してやった!」
この時、守門は全てを理解した。
そして、最後の気力を使って、這いつくばったまま退魔の光を放った。
その退魔の光を受けた途端、被弾する直前に、ウィルスによって自らが巣食う土台を失っていた『柱』は、いともあっけなく、この世から消滅した。
後に残ったのはレッドの残骸だった。
動かなくなったレッドの腕から逃れたノイジーは、憎らしげに何度もその機体にケリを入れ、最後は、体当たりをしてレッドを押し倒してしまった。
ノイジーがへたり込んだ守門の様子を見に来たのは、その後の事だ。
「大丈夫?大丈夫だよね。」
そう言って覗き込んでくるノイジーの顔を見て、守門は不思議な笑いの発作が来るのを押さえた。
「僕も、騙したんだな?」
「ずっと前にも言ったでしょ。どうせ逃げるなら、ちょっとは我慢して必要なモノを手に入れてからだって、その応用。私はしたたかなの。傘男先輩も、ちょっとは勉強しなさい。」
守門は覗き込んでいるノイジーの顔を自分の両手で挟んで引き寄せ、かるくキスをした。
「君は素敵だよ。中身もね。」
「当たり、前じゃん」
ノイジーは泣き出しながら、守門を抱きしめていた。
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