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第5章 相棒 笑うAI

32: 相棒AIの誕生

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「これは、何ですか?」
 目の前のそれを見た時、守門の顔に嫌悪感が広がった。
「お気に召しませんか?」
 聡子はどんな表情も表に出さず、静かにそう問い返した。
 守門が反発したのは、目の前にある「それ自体」にというより、それを支える背景の発想に対してだ。

「この研究所が、赤ちゃんの模造品を作るとは、にわかには信じ難いですね。」
「人間が最も気を許す生き物はそれです。だからこの中には色々なものが仕込めます。それに新しい擬体を一から作るのは、いくらこのラボでも時間がかかります。あなたはお急ぎなのでしょう?それでいいのですか?」
 そう言っても、守門の不機嫌さが一向に収まりそうにないのを察知して、聡子は話の方向性を変えたようだ。

「このラボが自主的にこれを作って来たのではありません。ただ、そういったニーズがあれば、私たちは試作に応じなければならないのです。この発注が政府から来た時には、このラボの科学者達も貴方と同じような反応を示しました。ですから彼らへ、受注の意味を伝えるのに随分苦労をした記憶があります。、、それがロボットコンサルタントである私の本来の仕事なんです。でも私がそれをしなければ、この研究所自体が成り立たない事を、調査官の貴方ならわかっていただけるものと思っていましたが?それとあなたの反応、今の状況は、良く似ていませんか?」

 聡子が淡々と感想を述べた。
 同情を引こうという気配はまったくない。
 判らないのなら、判らないで良いといった風情だった。
 守門は、女性の色気や泣き落としに惑わされる事はない。
 従ってこの聡子の物言いは、逆に守門に響いたようだ。

「・・そうでしたね。今回の場合も私の出した条件を考えれば、こういったものが出てきて不思議ではありませんね。レッドの様な存在は受け入れられるのに、外見が違うだけで、冷静さを失ってしまった。申し訳ありません。」
「いえ、犬とかのパッケージがあればいいんですが、外見だけなら兎も角、あの犬の動きまで、本物と見分けがつかない様な犬型ロボットを作り出す技術は、まだ私たちにはありませんから。」

 技術がないと言うより、ラボにやる気がないのだろう。
 もちろんその理由は、需要がないからだ。
 一方、科学者達は、ただ「造れれば」いいのだ。
 はじめはあった筈の赤ん坊の擬態を造る抵抗感など、聡子が説得すれば直ぐになくなっていた事だろう。

 考えたくはないが、スパイ活動や破壊工作をするのなら犬を使うよりも赤ん坊の方が遙かに人間の生活の奥深くまで入り込める。
 例えば学校や病院、個人宅、、、その他もろもろだ。
 そこで情報を収集することも、場合によっては周囲の人間達を施設もろとも爆殺する事も至って簡単だろう。
 だれも赤ん坊は疑わないからだ。

 それにしても、聡子の言い草は説得力があったが、どこか奇妙な部分があった。
 男手で育てられた守門には、母親のイメージはほとんどなかったが、それでもこの聡子の言い回しには違和感があった。
 しかしそれは、女性には必ず母性があって、赤ちゃんには愛情を注ぐモノだという思いこみから来るものだと、守門はその違和感を処理した。

「この赤ちゃんの擬体も、普段は何通りかの赤ちゃんの動きのパターンをランダムに繰り返す事しか出来ません。やろうと思えば、AIを使って、赤ちゃんとして、ちゃんと人と状況に反応させる事も可能ですが、サイズの問題があります。その為には、他の追跡探査の為の機能は全て捨てる必要があるのです。ですから、これは擬体としては本当のまがい物です。それでも数分程度なら、見る人を完全に騙す事が出来ます。調査官のリクエストに一致するものは、これしかありませんでした。」

 よく磨き込まれたステンレスの作業テーブルの上に置かれた蝋人形のような赤ちゃんを二人は眺めた。
 両手を突き上げて自分を抱いてくれというようなポーズをしていた。
 確かにこれが動けば、短時間なら本物と見分けは付かないだろう。
 赤ん坊を見つめる、二人の間に不思議な時間が流れた。

「あの、一つアドバイスを差し上げてもいいですか。」
 聡子がふぃに言った。

「えっ?」
「その子を抱いて歩く時が来たら、服装を考えて下さいね。そのスーツはお止めになった方がいいと思いますよ。」
 確かにそうかも知れないと、守門は思った。
 守門はまだ、この赤ん坊を連れての捜査が、周囲にどう見えるかを考えていなかったのである。






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