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最終章 竜来る

70: 暗闘・タミヤとマフディー

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 レヴィアタンに存在する螺子やキャスパーをスレイブ・スードと呼ぶなら、マフディー・ブラックや白海王はシャドウ・スードと呼べるだろうか。
 キャスパーや螺子はマスターから偽IDを与えられていたから、表立った活動は無理にしてもレブィアタンでの生活がそこそこには出来た。
 だがマフディーらは、その身体は目に見えていても社会的な意味ではまったく存在しない者だった。
 鵬香もその意味でシャドウ・スードだったが、マフディー達とは担っている役割が全く違っていた。

 おそらく暮神時五郎もマフディーが、只、恩義を知るだけの平凡なスードだけであったなら彼をレヴィアタンに連れて帰りはしなかっただろう。
 暮神時五郎は、お忍びでスード居留区に入っていたから、何度かスードのならず者に絡まれている。
 それを見事にマフディーがあしらっていた、暮神時五郎はその腕を買ったのだ。

 だがマフディーはレヴァタンに置いては影だ。
 エイブラハム・トレーシー暗殺の命を受けても、人間の殺し屋のような真似は出来ない。
 まず基本的にスードは、人間に対して、致命に至るまでの攻撃をしかける事が出来ない。
 その度にマスターに当たる人間の許可、つまり『協力者たれ』の強い動機が必要になる。
 実際の任務の現場では、そんな事は無理だった。
 エイブラハム・トレーシーは、あらかじめ定められた標的だから問題ないが、厄介なのは彼を警護する人間達をどうするかだった。

 マフディーは、エイブラハム・トレーシーに辿り付く為に、警護者達をひとりずつ引き剥がしていく方法を選んだ。
 迅速に間を空けず、警護の任に当たれない程度のダメージを彼らに与える。
 殺しはしない、当面の間、動けないようにすればそれでいいのだ。
 死なないなら目を潰してもいい。脚の骨を折っても良い。
 そして最後にエイブラハム・トレーシーを仕留める。
 マフディーはそういう事が一気に出来る機会を狙っていた。
 その為の情報は警察自体から得ることが出来た。

 実行には自信があった。
 シャドウ・スードであるマフディーにとっては慣れ親しんだ方法だったからだ。
 そしてマフディーは実際に、己の正体を相手に悟られず、トレーシー家の警護者を何人か削る事が出来たが、どうしても最後の王手がかけられずにいた。
 トレーシー家の警護責任者であるタミヤが、暗闘の攻防における彼の実力を発揮していたからだ。

 ある時、エイブラハム・トレーシーに大きな動きがあった。
 それは幾つかの豪族同士の同時提携事業立ち上げに向けての作業で、エイブラハムはその為に、レブィアタン内を点々と移動する必要があった。
 その移動スケジュールを手に入れたマフディーは、警護における絶好の脆弱部分を見つけ出していた。
 
 マフディーは今まで移動に使っていた電動バイクを乗り捨てた。
 これまで警護にあたっていた人間達を、ほぼ全て削った。
 もう残っているのは、得体の知れない恐怖に怯えながら都市の底を逃げて回っているエイブラハムとタミヤだけの筈だった。
 そして今夜、彼らが保護を頼むべき警察は、いるべき場所にいない筈だった。

 エイブラハム・トレーシーの背中を見つけたマフディーは、今夜、自分の中にあるリアルチャクラを全て使い切るつもりで走った。
 マフディーはエイブラハムらへの距離を一気に詰めた。
 螺子の持つスピードのチャクラまではいかないが、本気でやればそれに近い事ができる。
 そうやってマフディーは、彼らを出口のない倉庫の奥に追い詰めた。


 しかしマフディーがそう思った途端、彼の周りの床に無数の短冊状の切れ目ができて、次の瞬間にはそれが立ち上がった。
 すべてを理解したマフディーがその罠から逃げようとした時には「檻」は完成していた。
 
「ようやく捕まえた。スードというやつは、どいつもこいつも俺を手こずらせやがって、本当に気に食わねえな。」
 タミヤが檻の向こうに立っていた。
 ギャングスタイルのスーツに身を固めて片一方の手をポケットに突っ込んでいる。
 その隣にはエイブラハム・トレーシーがいた。

「でもお前がちゃんとしたスーツを着てたのにはホッとした。そいつは地味だが、結構値が張ってるよな、良い趣味だ。最近の野郎どもはスードでも人間でも、あのイカれた騎士ナンタラを着てる奴が多いからな。そんな奴に部下をヤラれたかと思うと絶望的な気分になる。」
 軽口をたたくタミヤ、余裕だった。
 マフディーは無駄だろうと思いながらも拳銃を引き抜くと、エイブラハム・トレーシーに向かって発砲した。
 タミヤは呆れたように肩をすくめて見せる。

「そんなわけないだろう。」
 マフディーが放った弾丸はエイブラハム・トレーシーに届くどころか、檻の外にも出ることが出来なかった。

「そいつは母星のテクノロジーで出来てる。仕組みもよく分からないが、それを手に入れるのに使った額は判ってる。隣りにいるこいつの整形費用もな。みんなお前の雇い主に請求してやる。まあ当たりはついてるが、間違った住所だと請求書が届かないからな。さっさと、そいつの名前をいいやがれ。」
 マフディーは事前の調査でタミヤの人となりはある程度知っていた。
 タミヤには勿論、解らないことだが、マフディーは、エイブラハム・トレーシーを一介のドラッグストアの店主からレヴィアタン一の豪族に成り上がらせたこの男に多少の親近感を抱いていた。

 マフディーは第一回目の暗殺攻撃の際にタミヤの部下を、こっぴどく痛めつけている。
 それでも第二陣の警護団に当たっていた男たちに士気の低下は見られなかった。
 それはプロ意識というより、タミヤという上司への忠誠心からのように思えた。
 
「答えが返って筈のない質問を口にしたな。、、それは挨拶代わりなんだろう?なら私も挨拶を返させてもらおう。同じ古き良きスーツ愛好家だからな。本物のエイブラハム・トレーシーは今何をしてる?」
「面白い事を言うスードだな。嫌いじゃないぜ。トレーシー家にはいないタイプのスードだ。あいつらのお陰で、ボスを筆頭に、トレーシー家はもう無茶苦茶だ。トレーシー家が、我が世の春みたいに見えるのは表向きだけだ。うちのボスは、今見果てぬ夢の中で溺れかけてるよ。だが俺には、そんなボスに投げ渡してやる浮き輪もロープもないと来てる。」
 タミヤも何故、自分が戦っている相手にこんな余計な心情を吐露しているのかがよく分からないでいた。
 それだけタミヤが、今のトレーシーとの関係に心底膿み始めていたという現れではあるのだが。
 
「でもあんたは、そんなボスを今もこうやって守ってる。」
「ふん、スード風情にはわからんよ。俺はあいつと一時、同じ夢を見た。その事を大切にしたいから守ってるだけだ。」
「わからんでもないよ。私も恩義を返すべき人を失ったが、今もそれを求めて、こういう事をやっている。、、、お互い馬鹿だから、後ろには引けないってことだな。」

「けっ、一端の口聞きやがって。それもこれでもうお終いだ。」
 タミヤがそう言って手を突っ込んでいたポケットから何かのスイッチと取り出しそれを押し込んだ途端、マフディーを閉じ込めていた檻が急速に縮み始めた。
 マフディーは肚を決め、自分のリアルチャクラを発火させ変態を開始した。
 勿論、それでマフディーの着ているスーツはボロボロになった。



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