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第7章 創造と崩壊
62: マスクマンの襲撃
しおりを挟む螺子がヴィルツの実験台に横たわっている頃、アンジェラにアドンからのヴィジホン連絡があった。
「ドナーの事なんだが、、。」
「何?新しい情報!?何か判ったの!?」
勢い込むアンジェラに、アドンは困ったような反応を見せた。
「新しいと言えば新しい。でも正直言って俺はこの情報に少し困惑しているんだが。」
「何、なんなの?あのドナーのことなんだから、ちょっとくらいの事で驚いたりしないわ。彼って昔からそういう事を色々しでかして来たじゃない。」
アンジェラは昔を懐かしむような口調で、アドンを即したものの、これから聞かされる内容に身構え始めていた。
「失踪したドナーの足取りを、漏らさず総ざらえさせて来た。で最近になって一つ、奇妙な話が浮かび上がってきた。一度だけドナーがネットでカード決算の買い物をしてる。名義をうまく変えているけどね。それを見つけた。後にも先にもドナーの買い物はそれだけだ。」
「買い物?」
「そうだ。地球にいた大昔のマリリン・モンローという女優のマスクだ。多分、ドナーにしてみれば自分の足取りを他に漏らすような真似はしたくなかったんだろうけど、モノがものだけに、これしか方法がなかったんだろう。」
今までのアドンの調べでドナーの失踪については誘拐などの可能性はなく、彼は自ら姿を消したという結論に二人は到達していた。
「なぜドナーがそんなものを、、。」
「よしてくれ、そこは君の方がよく判っているだろう?それにチャィナのマスクに触発されてる部分もあるんだろう。でも問題はそこじゃなく、なぜそんなモノで顔を隠す必要があるかって事だよ。これだけ探して見つからないという事は、ドナーは隠遁を実に上手くやったって事だが、勿論それは、そんなマスクを被ってるからじゃない。いや逆に目立つ。で俺はその線から調査の方向を変えたんだ。」
「それで、、?」
「驚いた事に、モンローマスクを顔につけて動き回っていた人間が一人いる事がわかった。」
「それは何処での話なの?」
「ティムドガッドだ。正確に言うと、そいつはティムドガッド遠征に向かったレヴァイアタン軍のスード部隊にいた。」
「!スード部隊って、、訳が判らないわ!ドナーは人間よ。それにあのドナーが何故、ティムドガッドに行く必要があるの?」
「判らない。けれど、君の疑問はよく判るよ、俺もそう思ってる。でもドナーとティムドガッドを結びつける接点は剣録しかない、、、。逆に今俺は、モンローマスクの男はドナーじゃないって可能性を信じたいと思ってる。」
「、、そうね、、そうだわね。」
アンジェラもアドンも、当然、暮神剣録の戦死を知っていた。
そしてその戦死にまつわる裏の噂も、、、。
・・・・・・・・・
螺子の「精子」は、アンジェラの卵子に着床すると最小単位に凍結縮小してあった自身の能力を、「解凍」し始めていた。
もちろん「精子」も「解凍」も言葉使いとしては正しくはない。
その本当の呼び方は、レヴァイアタンの人間にはもちろん、母星にあった地球文明にもない。
知っているのはΩシャッフルを起こした存在だけだ。
そしてそれこそが、過去のネオリーダー派が考えだした人間の新しい形への第一歩だった。
やがて生まれる新しい子供は、人間を超えた身体を持ち、そしてその意識は、輪廻を超え、父親と母親の意識を完全に引き継ぐ事になる。
スード達が、数世紀を生き延びる力を持ちながら、スリープに入らざるを得ないのは、協力者としての人間のライフサイクルと同調する為だけではない。
数世紀を生き延びるだけの心の器が、スードにも人間にもないとネオリーダー派が判断していたためである。
『生きる』事の負荷は、それほど大きいのだ。
現に、スードとの初の融合体であるヨーゼフ・ヴィルツ等は、数世紀を生き延びても知識も精神力も一向に成長していない。
むしろ歪んだ性格の部分だけが年を経る毎に、強固なものに変化しているだけだった。
それに対して人間とスードの子どもである新生命体は意識そのものを常に巨大化していく。
生命の目的が遺伝子の存続ではなく、意識の複合・巨大化そのものに、その意味があるのだ。
それは地球にいた知的寄生虫進化の究極の形、Ωの生態に良く似ていた。
しかし、ネオリーダー派の思惑通り、新しい人類の進化が、「父」と「母」という二つの異なった意識が加算され、拡張再生産され続ける精神世界とそれを支える肉体的変化の道筋にあるとしたら、どんな未来が待ち受けているのだろうか。
その答えはΩシャッフルが起こった地球ですら確認されていない。
ともあれ、アンジェラと螺子の子供は、現在の所、螺子の意識の受信機として目覚め始めていた。
螺子がアンジェラの元を去ってから、彼女の体調は変化をきたし、微熱が続く毎日が始まっていた。
それは気だるいようでいて、実際には身体の奥底からエネルギーが湧き出ているという奇妙な状態だった。
それを螺子との子どもを身ごもった懐妊状態とは気付かないアンジェラは、多くの日々を自分の寝室で過ごすようになっていた。
3:15クッレ『午後一時一五分』
トレーシー邸の三階にあるアンジェラの寝室の窓ガラスが、外部からの黒いつむじ風によってぶち破られた。
と同時に、アンジェラの身に危険を感じた鵬香が、階下から叫び声を上げながら駆け上がって来た。
鵬香とアンジェラが、そのつむじ風の正体を認めたのがほぼ同時だった。
ティムドガッド遠征軍の高級仕官が着用したという復興前期の騎士仕様バトルプロテクトスーツとマント、その上には、古代ムービーに出てくる様な女性型マスク。
鵬香はその気配に、アンジェラはそのスーツに、それぞれ見覚えがあった。
女性型マスクの口のスリットから絶え間無く茶褐色の粘液が落ち続ける。
ごぼごぼと泡立つ口の中から、途切れ途切れの単語が漏れ出いた。
「腹の、、、子供を、、、おろせ。」
マスクマンの虚ろな視線は確かに、アンジェラの腹部を貫いているのだが、勿論この時点で、アンジェラにはその言葉が自分にあてられているのだとは理解できるはずもなかった。
スードの胎児成長は異様に早いし、その母体にも殆ど影響を与えないからだ。
鵬香の方が、事の飲み込みは早かった。
鵬香はキャスパーから、螺子が成し遂げるであろう『掟』からの解放の可能性には、そういった可能性も含まれるだろうと、あらかじめ連絡を受けていたからだ。
「ドナー。馬鹿な事をいうんじゃないよ。もしかしたら、あんたの夢が、叶うのかもしれないのよ!」
「ドナーって!?」
アンジェラはアドンの調査を思い出した。
鵬香の言葉の中の『ドナー』に反応したのか、マスクマンは一瞬おびえたように、静止した。
続いてマスクの下で何か隆起物が、ゴリッと移動した。
「剣録、、、、止められない。」
マスクマンの額あたりから、先ほどとは違った声が染み出る。
マスクの下で口が何かに追いやられるようにして移動しているのだ。
マスクマンの右の腕が、水平に持ち上げられ、破裂した。
血管。筋肉の束。
そのそれぞれが独立してざわめき出す。
数千の蛇の様に見えるそれらは、鎌首をアンジェラの腹部に向けた。
「お前、、俺の女、、、スードの子、、おろせ。」
「させないよ!」
鵬香の右足が高く蹴り上がり、旋風を巻いてマスクマンの首筋に当たった。
マスクマンはスードの渾身の攻撃を受けても微動だにしない。
しかし、視線だけはアンジェラから、腰を落として身構えている鵬香の方へ向かった。
鵬香が変態を始める。
男の身体になった。
だが鵬香は、元来セックスサービス様にチューニングされたスードだ。
このような怪物を相手にどれほどの事が出来るというのか?
しかしアンジェラには、鵬香の身体が一瞬ぶれた様に見えていた。
残像だった。
鵬香のリアルチャクラが発火したのだ。
それほど早いスピードで鵬香は、マスクマンに攻撃を仕掛けたのだ。
対して、マスクマンはゆっくりと左手を差し上げただけの様に見えた。
しかし次の瞬間にはマスクマンの左手の中には鵬香の頭部が包み込まれている。
アンジェラには、鵬香が自らマスクマンの広がった掌に自分の頭を突っ込んだ様に見えた。
だが事実は逆である。
二人の間には、それ程、格段の戦闘能力の格差があったのだ。
ボグツ。
マスクマンの握り拳から血飛沫が舞い上がる。
頭部を失った鵬香の身体は、ひとしきり床の上で狂った様に跳ね回った。
恐ろしくあっけない戦闘の結末だった。
アンジェラは堪えきれずに、酸っぱい胃液を吐き出していた。
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