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第7章 創造と崩壊
59: 分岐する運命
しおりを挟む『誰が軍を率い、いかして勝利したのか?』
その答えが違った事によって、国内情勢の全てのものが書き換わった。
それ程、ヒーロー暮神剣録の死は大きかったのだ。
暮神剣録が任務を全うし殉死していたのなら、まだ悲劇の将として祭り上げられる可能性もあったが、自分の苛立ちの為に、一国の王の首を撥ねた事実は決定的だった。
もちろん、レブィアタン国内で、この情報操作をしたのは、常にトレーシー家と張を天秤にかけ続けていた風見鶏のトキマ家だった。
エイブラハムは、ティムドガッド戦争前の政治的苦境から逃れ息を吹き返していて、自信に満ち溢れていた。
以前は半分に割れていた豪族達も、今や表面上全ての者がトレーシー家に従順な姿勢を見せている。
あの張でさえも、トレーシー家に対抗する姿勢を見せなくなっていた。
経済面でも、遠征軍の暮神が死亡し代わりの十川司令官をエイブラハム陣営に抱き込む事に成功した事も手伝って『ルネサンスBT』の売れ行きは好調だった。
とにかくエイブラハムに敵対する陣営は、何をするにも、暮神という最大の切り札が失われていたのだ。
この自信のせいか、最近のエイブラハムは、キャスパーを経由せずヴィルツとの独自の接触をはじめていたようだ。
キャスパーの掴んだ情報によれば、この接触は、始めヴィルツの方からエイブラハムに持ちかけられた様だが、とにかくその頃からエイブラハムはキャスパーの助言を無視する事が多くなりはじめていた。
キャスパーとエイブラハムの間にある親近憎悪の念など、螺子に説明しても判らないだろうと思いながら、キャスパーは、その事に触れざるを得なかった。
「どうやらエイブラハム氏は、ヴィルツにいらぬ事を吹き込まれたらしい。その中身は、ヴィルツが新しい融合方を開発したら、それを使用する事によって、エイブラハム氏にも私の知的支援能力ような力が付加されるといった手合いの事だろうと、推測しているんだがね。」
「ミネルバの慧眼の力ですね。」
螺子には思い当たる節があった。
考えてみれば、スードと人間が親しくなればなるほど、そういった屈折した憎悪劇が始まる可能性があるのだ。
ドナーにしても、アンジェラにしてもそうなのではなかったか。
その相手は螺子であり鵬香だった。
人間はスードをあこがれながら憎み、そして愛しているのだ。
「でキャスパー、貴方が考えている今後の展開と、俺を使った新融合とやらは、どう結びつくのですか?」
「ヴィルツの目指している新融合によって、人間は完全に我々と同質のものになる。いやそれ以上だな。不老不死、君を素材に研究結果を引っ張り出すのだから、万能の超人にもなれるだろう。その新人類が、我々、スードと違うのはスリープに入らない事だろうな。彼らが不老不死の脳に与えるダメージをスリープなしでどう回避するつもりなのかは判らない。おそらく目の前の強烈な欲望に突き動かされて、そんな事は問題だとも思っていないのだろう。、、要するに、彼らは、欲深き神の座を手に入れる事になる。それでは、いくら人間をスード化しても、又、新スードとの間に格差が生まれる。理屈上はな。」
「それは阻止しなければなりませんね。もちろん俺はヴィルツの元に行ってはいけない。」
「君はそう思うか、、?」
キャスパーの躊躇は、螺子には意外だった。
「前にも君に言った覚えがある。スードの心の中には『人間の協力者たれ』という掟が刷り込まれている。あのバシャール達すらその掟に縛れて、同胞を動物や植物に変えて行ったコモンナンド魔女を殺せなかったんだ、、、。スードの社会的な解放は、どんな手を使ってでも私がやって見せる。しかし、内なる解放は、ネオリーダー思想派が創り出した君にしか出来ない。だが、君は未だに、その方法を見つけ出せないでいる。それについては、ヴィルツの手を借りなければ、ならんのかも知れんな。」
「では、その為に、俺にヴィルツの研究所に行けと?」
「私が考えるに、君の解放と新融合の技術完成は、おそらく不可分のものだろう。君が解放されれば、自動的にヴィルツも新融合の方法を手に入れる。、、それでも、構わない。ヴィルツもエイブラハムも新融合の技術は、人間全般には広める積もりはないだろうからな。彼らにとっては『ルネサンスBT』レベルの拡散だけで充分なんだ。彼らの考えはいつも同じだ。支配者は一握りでいい。そして我々の考えも何時も同じだ。支配者は排除せよだ。そして今度は、『ルネサンンスBT』を使った人間達が、我々の側に付くだろう。」
「貴方は既に、そういう風に物事が流れていくシナリオを作っているのですね?」
キャスパーは頷かなかった。
いままでシナリオ通りに動いてきた主役の内の一人、エイブラハムが、キャスパーの手を離れてしまったからだ。
キャスパーのネットワーク上の同志からも同じ情報を得ている。
人間の支配階層には、新融合の噂話が既に持ちきりのようだ。
『レヴァイアタンの世界制覇どころか、我々は新しい神になれる。』と。
エイブラハムとヴィルツが共謀して作意的にやった事だ。
キャスパーの仕組んできた壮大な計画が、徐々に狂いはじめていた。
これからはカオスの時代だ。
智將の時代は終りつつある。
・・・それでも自分はやり遂げなくてはならない。
キャスパーは黙って螺子の顔を見つめた。
そして言った。
「そうだ。その通りだ。やってくれるか、螺子。まずはヴィルツの元に行んだ。」
・・・・・・・・・
その夜、久しぶりにティンカーボールが姿を現した。
「いいかい螺子。僕は暫く身を引く。」
「まだ俺に教える事は沢山残っているような気がするがな?」
「ああ残っているさ。しかしこれから起こる事に役立ちそうな事は、君自身が思い出すだろう。君が『ジョフ』と呼んでいるあれだよ。君の記憶という知識だけで、これから起こることには充分対処出来る。と言うよりも、そうしなければならない。」
「、、なぜならグレーテルは神ではないからだ。決めるのは君だ。、、だろ?」
「ようやく理解したようだね。、、でも僕はスード解放のゴタゴタが終わったら、又、君の元に帰ってくる。君には次があるんだ。だから、これで終わりにしないでくれ。僕が帰ってこれるようにしてくれ。」
ティンカーボールの愛らしい姿が消えた。
ただ少し後で、何かを思い出したのか、声だけが螺子に届いた。
「言い忘れた。歯噛みの剣は肌身離さず持っておくんだ。」
「危機が迫ってるって事?」
「それもあるが、それ以上に、あの剣の力が必要になるかも知れないってことさ。これで終わりじゃないんだから、、。」
スード解放、、螺子には先の見えない、とてつもなく遠い道のりのように思えたが、ティンカーボール、いやグレーテルにはスード解放後の次の未来が見えているようだった。
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