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第6章 風と雲の色に聞け
57: 魔女の追放
しおりを挟む「我慢するんだ。ハーシャ。私に協力してくれる約束だろう?」
ハーシャと呼ばれた、バシャールのリーダーは、怒りを込めてミネルバに答えた。
「我々の真の目的はコモンナンド魔女の力を封印する事だ。後は余録に過ぎぬ。人間を殺すかどうかは、雲の色が決める事だ。それをあの男は、、。第一、ミネルバ、おまえほどの男が何故、あんな人間の男に伺いを立てるのか俺には判らぬ。」
ハーシャと呼ばれたバシャールのリーダーの声色は、肌の色に劣らぬほど深みのあるものだった。
このハーシャとミネルバの関係がいつ形成されたのか、スード部隊の中に紛れ込んでいるネルバの協力者たちは誰も知らなかった。
彼らにとってのミネルバの表の顔は、あくまでエイブラハム・トレーシーの知的支援スードであるキャスパーだったのだ。
知的支援スードがレヴァイアタンを長期間離れてバシャールと深い親交をもてるとは彼らには思えなかった。
しかし誰の目にもハーシャとミネルバの間には深い絆があるように見えた。
この謎には簡単な答えがあった。
ミネルバは、スリープによる記憶の喪失から免れる術を、不完全ながらも手に入れていたという事実である。
つまりミネルバとバシャールの間には、ミネルバがキャスパーと名乗る以前からの親交が既に存在したのだ。
スード居留区のスードなら、バシャールのいる外界へ単独で渡る事は、勇気さえあれば可能な事だった。
「あの男は、国に帰った時に私の役に立つんだ。私の国では、スードはまだ独立していない。それは判るだろう?」
ハーシャの顔が曇った。
もとはといえば、ハーシャ率いるバシャールは、遠い過去にティムドガッドを逃げだしたスードで組織されている。
長い逃亡生活が、バシャール達の心の中にある『協力者』の掟を風化させ、そのチャクラをも変化させていたが、国に残した同胞達への傷みは忘れてはいない。
ティムドガッドに残った同胞への、今以上の人間の迫害を恐れて、ティムドガッドへの関わりを一切断った筈のバシャール達が、その禁を破ったのは、一重にΩシャッフル最盛期を思わせるコモンナンド魔女の力が、国内やレヴィアタンを初めとする国外のスードに影響するのを恐れた為だった。
もちろんコモンナンド魔女への復讐心が、彼らの根底にあったのは言うまでもないが、それに振り回される程、バシャールは愚かではなかった。
「翼ある我が友よ。俺はお前の為に、あの男の不遜を許そう。」
そう言ってハーシャは頷いた。
医療トラックの中には、ヴィルツ率いる医療チームのメンバーが身を寄せ合って固まっていた。
コモンナンド魔女の顔を知らないミネルバに代わって、ハーシャが一人一人を検分していった。
途中、ハーシャは医療トラックに積み込まれていたブリタゴの医療用具である鍋釜を発見しそれに唾を吐きかけた。
何か忌まわしい想い出があるのだろう。
白衣姿で姿を偽ったコモンナンド魔女が、ヴィルツの背中に隠れるようにして震えて立っていた。
コモンナンド魔女の襟首を掴んで、集団から引きずり出そうとするハーシャを、ヴィルツが遮った。
「無駄な邪魔立ては止めなさい。ヴィルツ博士。まさか恋人気取りではありませんよね?」
そう制するミネルバの言葉に、ヴィルツは一瞬複雑な表情を見せたが、やがてコモンナンド魔女と、ハーシャの間に割り込ませていた体をしぶしぶながら引いた。
もちろん吹けば飛ぶような老人の身体など、彼らにはなんの障害でもなく、ましてやその正体はスード大虐殺の張本人だったのだが、ミネルバは周囲にいた人間の手前、手荒な対応を避けていた。
「キャスパー、お前何を企んだ?それはお前のマスターであるトレーシーが望んだことなのか?」
戦地におけるトレーシー家の内通者である筈のキャスパーが見せる不可解な動きが何を意味しているのかヴィルツには理解出来なかった。
「何を言っておられるのか、わかりませんな。それに貴方の身柄の安全はトレーシー様に命ぜられたことです。私に余計な手をかけさせないでください。」
「くっ、痴れた事を。このたぬきスードが。」
そんなヴィルツを無視してミネルバはコモンナンド魔女を医療トラックの外に連れ出した。
「これからは私が貴女の面倒を見させていただきます。ですがその前に、私の友人が一言ご挨拶したいとのことです。」
そう言ってミネルバはコモンナンド魔女を地面に膝まづかせた。
そういった行為も、普通の人間の男なら、コモンナンド魔女の美貌や妖艶な肉体に下心を出して遠慮がちにするものだが、ミネルバには、そんなものは一切ない。
『ミネルバの慧眼』によって、相手の魂の姿が見えるからだ。
そのコモンナンド魔女を見下ろすように前に立ったハーシャが言った。
「俺達は、ティムドガッドのダークマスターであるお前を殺せないが、そのかわり二度とお前にティムドガッドの土を踏ませる事はない。そして王を失ったティムドガッドも、お前を受け入れないだろう。そしてお前の魔法は、私の友によってその一切を封印されるだろう。お前は異国の地で奴隷のように扱われ、その一生を閉じるのだ。」
人間には理解できない発音不明瞭のスードの声が、ハーシャの口から漏れ、そこからどんな意味を汲み取ったのか、コモンナンド魔女の端正な顔が歪んだ。
「では、翼ある我が友よ。ここでお別れだ。お主から預かったレヴィアタンの同胞の事は心配するな。彼らは既に我がバシャールの一員だ。心おきなく、己の戦いに向かえ。迷った時には風と雲の色に聞けばよい。」
ハーシャがミネルバの顔を真っ直ぐに見た。
「ああ判ったよ、ハーシャ。この戦いが無事に終わったら、昔のように再び二人でこの平原を駆けよう。」
二人はお互いの肩を抱き合って、やがれ別れた。
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