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第6章 風と雲の色に聞け

54: 始祖の虫

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 ティムドガッド城で暮神とドナーの死闘が行われていたその夜、コモンナンド魔女とヨーゼフ・ヴィルツが一つベッドの中にいた。
 ヴィルツの肉欲も器官もとっくの昔にその役割を終えていたはずだが、コモンナンド魔女の肉体を前にして、それらは奇蹟とも言える回復を見せていた。

「それにしても、、コモンナンド、、、お前にふさわしい不思議な名じゃの。ティムドガッドの国にそのような名の響きを持つ女は他におらぬ。」
「いやですわ、ヴィルツ様。コモンナンドは人の名ではありませんよ。私には別の名があります。もうとっくの昔に捨て去りましたが。」

「ならコモンナンドには、どういう意味がある?」
「ティムドガッドに古くから伝わっている言葉、始祖の虫という意味です。その起源は母星のΩシャッフルまで遡ります。」

「馬鹿な、儂はレヴィアタンの科学院にある秘密の書庫を全て盗み読みしたが、Ωシャッフルに関しては、そんな言葉もそれに類する事も出てこなんだぞ。」
「母星の文化文明を引き継いだのはレヴィアタンだけではありませんよ。それにこのティムドガッドで行われている数々のスード由縁の魔法をどう説明します?あの魔法の源はコモンナンドなんですよ。」

 それを聞いてヴィルツは突然、上半身を持ち上げた。
 二人の身体を軽く覆っていた毛布がはらりと落ちて、ヴィルツの骨の浮き上がった身体とコモンナンド魔女の豊満な上半身が露わになった。

「始祖の虫というのは、まさかΩシャッフルを引き起こしたという知的寄生虫の生き残りの事を言っているのか?そんなモノが本当に存在するのか?」
「ええ、ですが、さすがにもうその頃の意志は残っていないようです。ただ力はそのままに、、。」
「そいつは、何処にいる?会わせてくれ!この儂に会わせてくれ!」
「もういますよ。貴方様の側に。」

「お前がそうなのか!?」
「いえ始祖の虫は、私の身体の中にいます。だって寄生虫ですもの。」

「見せてくれ!いや会わせてくれ!今すぐにだ!」
 コモンナンド魔女は突然、ヴィルツに覆い被さって来て、彼の顔の上で大きく口を開いた。
 ヴィルツはいつもの激しいキスが始まるのかと思った。
 しかし彼女の口は開かれたままで、その奥から何かがせり上がって来るのを見て、自分の要求が受け入れられた事を知った。

 その後、コモンナンド魔女の口はそのまま降りてきてヴィルツの口を塞いだ。
 ヴィルツは、この口づけを通して、何かが自分の中に侵入してくるのを感じ、最近、殆ど感じた事のない恐怖という感情に駆られた。
 反射的にヴィルツはコモンナンド魔女を自分の身体から剥がそうとするのだが、彼女はヴィルツの両手首を握り込んでいるので何ともならなかった。

「暴れないで!大丈夫!始祖の虫は貴方様には寄生したりしません。だって始祖の虫が選んだのは私なんですから。だから私は、コモンナンドの魔女なのですよ。」
 そう言う声が聞こえた。
 しかしコモンナンド魔女の口はヴィルツの口を覆ったままだ。

「こ、これは虫を通じて、直接私の脳に話しかけているのか?」
「そうですよ。貴方様の声も、実際には声になっていないけれど私には届いている。」
「なら始祖の虫と話をさせてくれ。」
「それは無理、、先ほど始祖の虫には、強い意志がもう失われていると言いましたでしょう。人類誕生以前から生を次いで来た生き物なのですから無理はありませんわ。でも問いかければ反応してくれます。まだ微かに心の欠片が残っているのです。私がそれを拾い上げます。話がしたければ、問いかけるのです。私がそのお手伝いをしましょう。」

「、、、判った。Ωシャッフルとは、本当は一体何だったんだ?その真実の姿を教えてくれ。」
「判りました。では行きますよ。」
 ヴィルツの脳に圧倒的な情報量の塊が一気に流れ込んできた。
 そしてヴィルツは失神した。

 数分後ヴィルツは目覚めた。
 前と同じように側にはコモンナンド魔女がいて、添い寝の形で彼を見つめていた。
 心が勃起して射精した、、、今はその後だ、、そんな風にヴィルツは思った。

「何も憶えていない、、、しかし教えられたのは確かだ。、、手応えはある、知っているのに判らない。奇妙な感覚だ。」
「始祖の虫が貴方に与えた答えが大きすぎるのです。ですから始祖の虫に問うときには、工夫が必要なのです。こればかりは寄生されない限り身につかないでしょうけれどね。でも始祖の虫が貴方様に答えた言葉は、ちゃんと今も貴方様の心に残っています。タイミングが合えばそれが貴方様の記憶として自然に姿を現します。全部が復元されるのではありませんよ。それは部分的なものです。そうでなければ、貴方様の心は、その答えの大きさにはち切れてしまいますから。」

 その説明を聞きながらヴィルツは、儂はこの女の策に引っかかったのだと思った。
 自分の追い求めている答えを、この女は持っている。
 しかしそれはこの女からは奪いされない。
 この女からしか手に入れられないのだ。
 儂はこの女を一生、庇護し続けなければならない。
 だがヴィルツは、この女ならそれで良いと思った。

「情報を圧縮して儂の中に送り込んだのか、、でそれを儂の意識容量に合わせて部分展開しろと、、こちらが、虫けらの様だな。そんな芸当が出来るとは。どうやら人類進化の空白・ミッシングリンクを埋めたのは知的寄生虫だというのは本当らしい。」
「、、、どうです?こんな虫を身体に飼っている私が恐ろしい?遠ざけたくなった?」
「いや益々、お前が必要になった。手放せなくなった。」
 スード技術の核になったのはΩシャッフル、いやこの寄生虫なのだとヴィルツは確信した。



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