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第6章 風と雲の色に聞け
53: 怨念の再会
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暮神の部屋はティムドガッド城の一室に作ってあった。
当然、王やその家族が使っていた豪華な部屋も思いのままに使えたが、その華美さは暮神の性に合わなかった。
暮神が、王の間を執務に使うのは単に権威付けの為だけだ。
結果、彼が選んだのは城の上部にはあるが、こじんまりとした一室だった。
王家の執事か何かが、常駐した部屋なのだろう。
この部屋の窓からは、ティムドガッド国の領土が見下ろせるのだが、今は夜で、侘びしく頼りない光が闇の中で点々と疎らに散らばって見えるだけだ。
無理もなかった。ここはレヴァイアタンではない。
照明に使われるのは、蝋燭とランプなのだ。
暮神の部屋も薄暗かった。
暮神は就寝準備にはいろうと、手に持っていた空のワイングラスをテーブルに戻すと簡素なベッドに向かって歩き出した。
同時に不吉な「影」が、全く気配を見せずに暮神の背後に遣って来ていた。
その「影」は、モンローという名の古代ムービーに出てくる女優のマスクをしていた。
自らが占拠した城に設けた自室の中だ、拳銃は身につけていない。
聖剣が近くに立てかけてあったが、間に合いそうになかった。
警報を送ろうと暮神の指が素早く、彼の左手首に巻かれた多機能ウオッチに掛かる。
そうしている間に完全に背後を取られた。
「警護の兵は来ないよ。僕がみんな眠らせておいた。人間なんてたやすいものだ。」
暮神の背後から中性的な声が浴びせられる。
暮神は後ろを振り向くわけにはいかなかった。
小刀の様な、サバイバルナイフが彼の首筋に当てられていたからだ。
暮神はそのナイフに見覚えがあった。
スード部隊のミネルバが、指令官当てに使用許可を求めたものだ。
飾りものの指令官に代わって、使用許可を出したのは暮神自身だった。
「確かスード部隊は、ターロス農園に駐留している筈だがな。命令違反に対しての処罰は重いぞ。レヴィアタンに帰っても君達に保証した人間界への復帰は考え直して貰う事になる。」
暮神は落ちついた声で言った。
自分の首に突きつけられたナイフなど騒ぐ程でもないと言いたげだった。
背後の人物は、ナイフを動かさず身体を暮神の全面に入れ換えた。
更にどんな自信があるのか、ナイフをゆっくりと暮神の首筋から離しながら、暮神に自分の全身を見せるように一歩退いて見せた。
「レヴィアタンに帰っても、僕は人間に戻る気はない。せっかくスードになれたんだからね。」
スード部隊の蛍光色のスエットスーツの上から兵士の身体付きが見える。
女性的と言って過言ではない。
その身体付きは兵士が被っているモンローマスクとよく調和していた。
「剣録、君に会えるチャンスを待っていたんだ。スード部隊は、ある目的のために、ヴィルツ博士と秘密裏に連絡を取り合ってる。君がそのヴィルツ博士を呼びだし、良からぬ事を企んでいるのを掴んでね、今が僕にとっては最後のチャンスと考えたんだ。君が完全に上り詰めてしまったら殺すのが難しくなる。」
「お前は誰だ?」
あくまでも暮神の声は冷静だった。
「マスターのいないスード。自分自身が自分のマスターであるスードさ。昔、君とドウズがよく討論していた存在だよ。」
「ドウズ・ウィクション?」
訝る暮神の目の前で、兵士はモンローのマスクを巻き上げる様にしてはぎ取り始めた。
そこには蛭の大群で構成した様な赤黒い顔があった。
「この顔を見ても判るまいね、剣録。僕だよ。ドナーだ。」
暮神は旧友の変わり果てた顔をゆっくりと見つめた。
「わざわざ、スードに成り損ねてまで、兄貴の復讐に来たのか?幼馴染の久しぶりの再開にしては皮肉なものだな。」
暮神には珍しく沈うつな口調で言った。
「ああ。確かに君を殺しに来た。けれど復讐ではない様な気がするな、、。君を殺す理由はもっと別な所にあるような気がするんだ。僕は君と同じように兄貴に愛されたかったのかも知れない。だが兄貴は僕よりも君を愛していた。そして君は僕にとっても眩しい存在だった。僕の場合は、君と剣聖さんの関係の屈折版というところかな。だがそれだからと言って、君がやった事は許される事じゃない。君は僕の兄貴を殺した後でも、素知らぬ顔をして僕に優しくしていた、、それが許せない。」
暮神は注意深く部屋の中を観察した。
この情況をひっくり返すものが何かないかと。
「いや僕だけじゃない。アドンにもアンジェラにもだ。君は僕らの思い出を真っ黒に塗りつぶした。君はずっと仮面をつけたまま、僕らの親友面して、僕らを騙し続けてた。」
聖剣が立てかけてある壁の手前に、前の持ち主が残したスタンドテーブルがあって、そこにペンがあった。
ティムドガッドのもので、軸が太い金属で出来ている。
どうやったのかドナーはスードと融合し、強い力を得たようだ。
だが性格は変わってはいない。純粋なスードでも己の力を発揮するにはそれなりの鍛錬が必要だという。
戦いなら、今も俺の方が上だ。
剣録はそう思った。
・・・まずはあのペンでドナーを突き刺す、そして聖剣をとる。
多少の反撃を受けるのは仕方がない。そうだ、ペンをドナーの目に突き立てやろう。
「ぐちぐちと相変わらずだな、ドナー。アンジェラが君を嫌っていた理由が判るよ。」
「そうかい、でもそのアンジェラは、君をもう愛してはいない。アンジェラが愛しているのはチャイナレディだよ。」
暮神の顔色が変わった。
そのドナーの言葉が二人の対決のゴングだった。
当然、王やその家族が使っていた豪華な部屋も思いのままに使えたが、その華美さは暮神の性に合わなかった。
暮神が、王の間を執務に使うのは単に権威付けの為だけだ。
結果、彼が選んだのは城の上部にはあるが、こじんまりとした一室だった。
王家の執事か何かが、常駐した部屋なのだろう。
この部屋の窓からは、ティムドガッド国の領土が見下ろせるのだが、今は夜で、侘びしく頼りない光が闇の中で点々と疎らに散らばって見えるだけだ。
無理もなかった。ここはレヴァイアタンではない。
照明に使われるのは、蝋燭とランプなのだ。
暮神の部屋も薄暗かった。
暮神は就寝準備にはいろうと、手に持っていた空のワイングラスをテーブルに戻すと簡素なベッドに向かって歩き出した。
同時に不吉な「影」が、全く気配を見せずに暮神の背後に遣って来ていた。
その「影」は、モンローという名の古代ムービーに出てくる女優のマスクをしていた。
自らが占拠した城に設けた自室の中だ、拳銃は身につけていない。
聖剣が近くに立てかけてあったが、間に合いそうになかった。
警報を送ろうと暮神の指が素早く、彼の左手首に巻かれた多機能ウオッチに掛かる。
そうしている間に完全に背後を取られた。
「警護の兵は来ないよ。僕がみんな眠らせておいた。人間なんてたやすいものだ。」
暮神の背後から中性的な声が浴びせられる。
暮神は後ろを振り向くわけにはいかなかった。
小刀の様な、サバイバルナイフが彼の首筋に当てられていたからだ。
暮神はそのナイフに見覚えがあった。
スード部隊のミネルバが、指令官当てに使用許可を求めたものだ。
飾りものの指令官に代わって、使用許可を出したのは暮神自身だった。
「確かスード部隊は、ターロス農園に駐留している筈だがな。命令違反に対しての処罰は重いぞ。レヴィアタンに帰っても君達に保証した人間界への復帰は考え直して貰う事になる。」
暮神は落ちついた声で言った。
自分の首に突きつけられたナイフなど騒ぐ程でもないと言いたげだった。
背後の人物は、ナイフを動かさず身体を暮神の全面に入れ換えた。
更にどんな自信があるのか、ナイフをゆっくりと暮神の首筋から離しながら、暮神に自分の全身を見せるように一歩退いて見せた。
「レヴィアタンに帰っても、僕は人間に戻る気はない。せっかくスードになれたんだからね。」
スード部隊の蛍光色のスエットスーツの上から兵士の身体付きが見える。
女性的と言って過言ではない。
その身体付きは兵士が被っているモンローマスクとよく調和していた。
「剣録、君に会えるチャンスを待っていたんだ。スード部隊は、ある目的のために、ヴィルツ博士と秘密裏に連絡を取り合ってる。君がそのヴィルツ博士を呼びだし、良からぬ事を企んでいるのを掴んでね、今が僕にとっては最後のチャンスと考えたんだ。君が完全に上り詰めてしまったら殺すのが難しくなる。」
「お前は誰だ?」
あくまでも暮神の声は冷静だった。
「マスターのいないスード。自分自身が自分のマスターであるスードさ。昔、君とドウズがよく討論していた存在だよ。」
「ドウズ・ウィクション?」
訝る暮神の目の前で、兵士はモンローのマスクを巻き上げる様にしてはぎ取り始めた。
そこには蛭の大群で構成した様な赤黒い顔があった。
「この顔を見ても判るまいね、剣録。僕だよ。ドナーだ。」
暮神は旧友の変わり果てた顔をゆっくりと見つめた。
「わざわざ、スードに成り損ねてまで、兄貴の復讐に来たのか?幼馴染の久しぶりの再開にしては皮肉なものだな。」
暮神には珍しく沈うつな口調で言った。
「ああ。確かに君を殺しに来た。けれど復讐ではない様な気がするな、、。君を殺す理由はもっと別な所にあるような気がするんだ。僕は君と同じように兄貴に愛されたかったのかも知れない。だが兄貴は僕よりも君を愛していた。そして君は僕にとっても眩しい存在だった。僕の場合は、君と剣聖さんの関係の屈折版というところかな。だがそれだからと言って、君がやった事は許される事じゃない。君は僕の兄貴を殺した後でも、素知らぬ顔をして僕に優しくしていた、、それが許せない。」
暮神は注意深く部屋の中を観察した。
この情況をひっくり返すものが何かないかと。
「いや僕だけじゃない。アドンにもアンジェラにもだ。君は僕らの思い出を真っ黒に塗りつぶした。君はずっと仮面をつけたまま、僕らの親友面して、僕らを騙し続けてた。」
聖剣が立てかけてある壁の手前に、前の持ち主が残したスタンドテーブルがあって、そこにペンがあった。
ティムドガッドのもので、軸が太い金属で出来ている。
どうやったのかドナーはスードと融合し、強い力を得たようだ。
だが性格は変わってはいない。純粋なスードでも己の力を発揮するにはそれなりの鍛錬が必要だという。
戦いなら、今も俺の方が上だ。
剣録はそう思った。
・・・まずはあのペンでドナーを突き刺す、そして聖剣をとる。
多少の反撃を受けるのは仕方がない。そうだ、ペンをドナーの目に突き立てやろう。
「ぐちぐちと相変わらずだな、ドナー。アンジェラが君を嫌っていた理由が判るよ。」
「そうかい、でもそのアンジェラは、君をもう愛してはいない。アンジェラが愛しているのはチャイナレディだよ。」
暮神の顔色が変わった。
そのドナーの言葉が二人の対決のゴングだった。
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