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第6章 風と雲の色に聞け

51: スードの行方

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 ヴィルツが宮廷に召還され、囚われのコモンナンド魔女との接触が始まってからの数日後の夜半、彼ら二人は暮神のいる王の間に呼ばれた。
 暮神は、王が座る豪華な椅子には余りにも不似合いな野戦用プロテクトスーツを身にまとったまま椅子に座り込んでいた。
 暮神は侵略に成功して数十日たったからといって気が緩み、王が着るような服装に着替える男ではなかったのだ。
 ただ、辛うじて暮神が着用していたトキマへの演出用に身に付けていた聖剣とマントだけが、その略奪された玉座に今でも権力の価値を与え続けていた。

 大理石の床の上に、二人の男女が直に正座をしている。
 一人は白衣代わりのトーガを着た老人・ヴィルツ。
 もう一人は、ティムドガッドの紫色の民族衣装を身にまとった三十才前後の女・コモンナンド魔女だ。

 彼女は暮神をめね上げている。
 コモンナンド魔女の被った紗の入ったベールから伺える、きつい緑色の瞳からは挑戦の色しか見えなかった。
 その美貌はベールの上からでも判った。
 暮神は、過度な期待はしていないというような口調で、ヴィルツ博士に質問を始めた。

「どうかね?科学者同士として、君は彼女から何かを聞き出せたかね?」
「その前に副指令官。貴方はまだ、スード解放者としての自覚はおありですかな?」
 自分は全ての裏を知っていると言わんばかりの口振りだった。
 暮神はそんなヴィルツを心底嫌っていた。
 こんな男は、自分の前で捕虜と同等に跪かせて当然だと考えていた。

「下らぬ、問いだな、、。我が軍は、ティムドガッドのスードを解放するためにやって来たのだ。」
「では、この国のスードの母であるコモンナンド女史の身柄の安全の保障をするという条件で、お話をしたいのですが。」
 『貴様は条件を付ける立場にいない』という言葉を飲み込みながら暮神は頷いた。
 暮神の立場からすると、女の身の安全の保障などたやすい事だったのだ。

「それではまず、このティムドガッドに解放すべきスードがいない理由を聞かせてもらおう。そのコモンナンド魔女が知らぬ訳はない、つまり君も、それを知っている。、、我々の情報が元から間違っていたとは思えない。どこかにスードらを隠しているのか?」
「ティムドガッドは、スードを隠してはおりませんよ。副指令官どのは、既に何人ものスードに出会っておられる。」
 その答えを聞いて、ヴィルツの隣に座っていたコモンナンド魔女の瞳が誇らしげに輝いた。

「勿体ぶらずに、早く言い給え。」
 暮神が苛立ち始める。
 だがヴィルツは、まだそれを楽しむ余裕があった。

「始めはティムドガッドをとりまく鉄蘇鉄に。次に兵士達がカフカと呼んでいる巨大な昆虫。農耕馬の代わりに使われているケンタウロス。肉の実を結ぶハシャジの木。排泄物が燃料となるポンポ。」
 暮神が止めなければ、ヴィルツは永遠にティムドガッドの国にある奇怪な動植物の名を上げ続ける積もりだったかも知れない。

「!。それらが皆、スードだと言うのか、、。」
 暮神は、夕食に取ったハシャジステーキが、喉を駆け上がって来るのを必死に押さえながら言った。

「スードに関する高度な技術は、我がレヴィアタンだけに生き残ったのではないようですな。ティムドガッドには、スードを全く違うものに変質させる技術が残ったようです。もちろん我がレヴィアタンのスードも変態はしますが、それはあくまでも人間としての概念を残している。いわば、人間の超人願望の現れだ。、、ここの国では、それが一切ない。人間が作りだしたものは、あくまで道具だという意志が貫かれている。それにしても凄まじいやりかただ。レヴィアタンを汚染の侵略から守るために我々はどれほどのエネルギーを空費している事か。それを、この国では生命体である鉄蘇鉄が、やってのけているのですぞ。」

 スードを鉄蘇鉄に変えて、ティムドガッドの気象をコントロールし空からの毒を防ぐ、信じられないことだったが、実際にティムドガッドにはレヴィアタンのアール塔やアイギス壁に該当するものがないの天候は制御さていた。

「しかし、わがレヴィアタンのスードがそうであるように、スードの元の素材はあくまで人間なんだろう?それを家畜や植物に変えて良いのか?鉄蘇鉄に至っては、植物だぞ。そんな事をやった魔女を、ティムドガッドでは、スードの母と呼ぶのか?」
 暮神は、コモンナンド魔女の目を直視しながら言った。
『コモンナンド魔女の凶眼は人を怪物に変える、か。』
 ふざけるな!と暮神は思った。
 
「始めに申し上げた様に、コモンナンド女史を迫害しないという約束を守って頂けない限り、これより先はお話出来ません。女史は、この国に生まれ育ったのです。女史を我々の価値観で罰することは出来ません。」

『正義面しやがってスードを大量虐殺した張本人が。いや、だからこそこの魔女を、この老人はかばおうとするのか?しかしあの鉄蘇鉄を、わがレヴィアタンの周囲に移植出来たら、我々は壁とドームから解放される。いや、大量に鉄蘇鉄を育てる事が出来るのなら、この星自身が蘇生するかも知れない。その全ての技術を、俺はこの手で握る事が出来るかも知れないのだ。それが出来るのであれば、ティムドガッドでのスード解放が不首尾に終わり、この侵略自身が責めらる事になっても、取るに足りぬ事になる。今俺は、最大級の切り札を掴み掛けようとしている。』

 そんな考えに取り憑かれ始めた暮神剣録は、この時、軽い目眩を覚えた。
 そしてそれは、ある種の快感を伴っていた。



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