上 下
47 / 79
第6章 風と雲の色に聞け

47: 鋼鉄樹の森

しおりを挟む

 レブィアタンの世情が猛烈な勢いで中世ヨーロッパの時代へ逆進化を続けている頃、スード解放軍は鋼鉄樹の森の中で苦戦を強いられていた。
 特に人間の兵士達は、相手軍と戦う前に、彼らが鉄蘇鉄と呼ぶ鋼鉄樹が射出するナイフの様な葉に悩まされ続けていた。
 それは過去の地球で起こったΩシャッフルが植物にまで及んだという一つの結果だった。
 その変種植物をティムドガッドの人々は、外界と国を別ける壁として使っていたのだ。

 ティムドガッド国の文明圏は、この鋼鉄樹の森のすぐ向こうにあるが、軍はティムドガッドを円の様にぐるりと取り囲むこの森をなかなか突破できないでいた。
 ミサイルも火炎放射器も歯が立たないのだ。
 レーザーは有効だったが、進軍に必要な幅を確保する為の鋼鉄樹を切り払うエネルギーを確保するためには、少なからずの手持ちの戦力を放棄しなければならなかった。

 したがって解放軍は、何時も電波が乱れ続ける空に向かって、山なりに牽制威嚇用ミサイルをティムドガッドの都市があるらしい方向に発射し続けているしかなかった。
 それは母星の超精密電子機器を積み込んだミサイルだった。
 それ故に、この世界を覆う悪霊の様な空電の中ではまともな機能を果たす事がなかった。

 スード部隊は、そんな戦いの中で切り込みの役割を担っていたが、既に兵力の4分の1を失っていた。
 鋼鉄樹の森には、もう一つの敵が潜んでいたからだ。
 実質的に解放軍の最高責任者である暮神は、あせり初めていた。
 彼はスードの戦闘能力の高さも、母星の兵器の破壊力も知り尽くしている。
 彼の計算では、この二つの力で制圧出来ないような国は有り得ないはずだったのだ。
 もし、やれるなら自分の国も現在の武力で制圧できる自信さえあったのだ。

 ところが現実は、ティムドガッドの周辺で戦力を浪費しながら足踏みをしているに過ぎなかった。
 暮神はスード部隊に、剣以外の兵器類の所持を認める指令を出した。
 ただし、あまりに強力すぎる兵器は支給するつもりはない、あり得るはずはないが、軍内で反乱が起こっては困るからだ。
 ぎりぎりの火力ラインでスード部隊にそれらを携帯させるつもりだった。
 元は、派手に暴れまわった後は後腐れなく戦死してくれれば助かる捨て駒にしか過ぎないスード達だったが、ティムドガッドの一角さえ崩せない今、それを可能にするのは彼らしかないように思えたからである。



 キャスパーは、部隊の全員装備に自動給弾式のショットガンを選んでいた。
 それは銃身が短く、給弾装置が縦にかさばる為、見かけはいわいる銃の概念から大きくそれていたが、恐ろしく密生して空間の少ない鉄蘇鉄の森の中では、もう一つの敵に対して使い勝手が良さそうだった。
 それと、次に彼が選んだのは、刃渡り九十センチはあるナイフと刀の中間の様な野戦用のアーミーナイフだった。 
 元来、ED211の様なパワーアップ外装甲マシンが扱う代物で、ナイフを使用する者が力さえ持っていれば殆ど全てのモノを切断できるはすだった。

 このナイフの中途半端な大きさは、この材質を使って形成出来る限界から来ているらしい。
 螺子の所有する長大な歯噛みの剣が、いかに希少なものかがよく分る代物だった。
 過去の地球でさえ、このナイフは多く出回っていない。
 これもこの材質の精製の難しさからである。
 彼らに軍から支給されていた剣は使えなくはないが、それは鉄蘇鉄相手には一種のファッションのようなものだった。

 そういった装備が皆に行き渡ったのを見定めるとミネルバは自分の側にいたトキマの獏に言った。
「すまんが獏、あれをみんなに配ってやって良いか?今、私達が着てる兵服じゃ目立って仕方がない。あれじゃ、敵にどうぞ殺してくださいと言ってるようなものだ。それに窮屈だしな。」
「ああ、あれな。何処かで、俺達を人間の兵士に仕立て上げてでっちあげの記録を撮るような場面を考えて、こっそり準備したものだが、どうもこの突撃で俺達が全滅する可能性も出てきたからな。使ってもいいさ、問題ない。」

「曽間にキリア!各トラックの奥に灰色のパッケージが十ほど置いてあっただろう。あれをここに運んでくれないか。」
 キリアは黙ってミネルバの指示に従った。
 曽間もその後を追う。
 キリアはスード封鎖地区から連れてこられた男で、初めは人間のスレイブであるミネルバに敵愾心を持っていたが、今ではすっかりミネルバの事を信じている。

 ミネルバは自分の前にいる兵士達にキリア達が運んできたパッケージの中身を配った。
 それはスード解放軍の人間兵士達が着ている兵服だった。
 マントに革鎧にブーツ、装備を付け剣を佩く為の幅広の腰ベルト、一見中世風に戻しただけの無駄な兵服のようにみえたが、そこは暮神がわざわざ発注に携わったというだけあって、随所に戦闘服としての工夫が加えられていた。
 マントも見た目よりずっと軽く、取り回しが良く防御性にも優れていた。
 スード兵士達は興奮したように今までの蛍光色のウエットスーツを脱いでそれに着替えていく。

「どうだ、前のより、ずっとマシだろう!でも勘違いするな。事が終わればその服は隠してまたもとのを着るんだ。それを着たままだと、人間様たちが俺達の真似をしたとまた怒り狂うからな。でも諦めるな、兵服については、私がまた上と交渉する。人間様はもっといいドレスを沢山隠しもっている筈だからな!奴らはそれのドレスを着ればいい!」
 ミネルバは皆に通るように陽気に怒鳴った。
 着替え終わった者は、先ほど各自に与えられた兵器を身に付けていった。 
 それらの作業が終わったのを見計らってミネルバは再び声を上げた。
 今度は兵士のみんなが集中してミネルバを見つめている。

「いいか我々の目的は、この鉄蘇鉄の森を抜けて、ティムドガッドに入り込み、ミサイル誘導用のビーコンを仕掛ける事だ。このビーコンは強力だから、上空の空電域の直前まで誘導波を出せるそうだ。だから今度は人間の軍のミサイルは目標物に当たると言う寸法だ。ティムドガッドの深部まで入り込む必要はない、ビーコンは設置された場所から自力で増殖し移動するタイプのものだからな。 第二の任務は、林の中の奴らを始末して、人間達を通り安くしてやる事だ。いいか。よく聞くんだ。死んではいかん。生きていてこそ、真の目標は達成できるのだ。」

 部隊の中で、ミネルバの最後の言葉の真の意味を理解できるものは、かなり減っていた。
 確かにティムドガッドに入って生きて帰らねば、エイブラハムの思惑もミネルバ、いやキャスパーの思惑も実現しないのだ。

「ミネルバ、林の中の奴らの正体の見当は付かないのか?」
 獏が腰のベルトに突っ込んだアーミーナイフを振ってバランスを確認しながら聞いた。

「俺達の仲間をいとも簡単に殺してのけるんだ。俺達と同族だよ。」
 ミネルバの代わりに、着替え終わったモンローが楽しそうにいった。
 螺子と同じく女の顔を持った中世騎士が喋ると妙な具合だ。
 しかも背中にはショットガンをくくりつけている。
 それにしても『林の中のものが、スードと同族』とは、悪質なジョークだった。
 ミネルバはそれに取り合わず、部隊全員に言った。

「今、敵の正体を考えて何になる。止まることも、下がることも出来ないんだぞ。そして我々スードには、上部が指令してくるような複雑な作戦はいらない。我々は今までも、己のリアルチャクラの数と、そのパワーのみを頼りに生きてきたんだ。今から一列横隊で森に入る。配置に付け。十分後に出撃だ。」





しおりを挟む

処理中です...