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第6章 風と雲の色に聞け

45: スード部隊

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 螺子の遥か後方の夜空が、粉をふいた様に薄ぼんやり赤く光っている。
 その他の光源は、何一つとしてない闇の世界だ。
 螺子は簡単なシールド幌しかついていない輸送用トラックに揺られながら、まともに周囲の景色が見えない事を逆に感謝していた。
 昼間見た吐き気を催す外界の汚染地域の姿よりは、闇夜の方が幾らかましだったからだ。

 ここは同じ外界でも、竜を追い求めて出た、壁の向こうに広がっていた外界とは随分様子が違った。
 空から降ってくる光の毒は少ないが、その代わり地表に違う毒が漂っている。
 まさに「汚染地区」だったのだ。
 それ故に、「虫」さえもあまりここには近寄らなかった。

「あの遠くで小さく赤く光ってるのが人間達のレヴィアタンだったんだな。一度実物を拝みたかったもんだ。」
 剣を胸に抱いた素顔の若いスードが言った。
 闇の奥底で砂粒のように光って見えるのはアイギス壁の頂上にある灯台代わりの照明装置だった。
 若いスードは封鎖地区から部隊編成の人数合わせの為に直接召集されている。
 従って、今回のティムドガッド遠征の舞台裏などは知る由もなかった。

「曽間。俺達が勝って帰れば、正々堂々と人間の国へ入れてもらえる。そこらの裏切り者のスードとは国への入り方が、ちょっと違うんだよ。」
 中年の素顔のスードが、マスクを強制されたスレイブスードに当てつける様に言った。
 彼も封鎖地区からの召集組の一人だ。
 曽間と呼ばれた若者のように、軍から配給された剣を胸に抱いていたが、その様子はどこかおざなりだった。

「そんな話を信じているのか?第一、人間の国に入れてもらえるだと?その根性のどこが俺達と違うというのだ。」
 獏のマスクをしたトキマのスレイブが皮肉に答えた。
 彼は剣の代わりにカメラを持っていた。
 昔なら従軍記者という位置づけだ。

 この男は闇ファイト上がりのスードではなかったが、軍は封鎖地区からの徴兵スードと区別する為にマスクを付けさせていた。
 その区別は実戦においては何の意味もなかったのだが、副司令官の暮神がそれに拘ったのだと言われている。
 裏の事情を知らない軍の人間にとっては、このスード部隊はただの封鎖地区スードの寄せ集めだったが、剣録には常時監視が必要な火薬庫でもあったのだ。

 螺子の隣に座っているミネルバは、そんな彼らのやり取りを、黙って目をつぶりながら聞いている。
 輸送トラックの荷台の中央に置かれたガスランタンの黄色く乏しい光に照らされた、彼の梟のマスクは、森の賢者にふさわしいムードを漂わせていた。

「こりゃ、前途多難だな、、。わざと仲たがいするように部隊編成してあるようだ。」
 螺子のマスクの様に、女性型のモンローのマスクを被った男が呟いた。

「だけどよう。これから俺達が戦う相手ってのは、どんな軍隊なんだ?」
 曽間と呼ばれたスードの若者が、誰とはなしに聞いた。
 トラック中に沈黙が訪れた。
 この沈黙は、別段、スード部隊にのみ訪れるという種類のものではなかった。
 人間の兵士達にも、彼らの相手の質が判らなかったのである。

 レヴィアタンとティムドガッドの間には、広大な汚染区域が広がっており、建国復興期には、その強靭な体力によって二国間の連絡役も務めたスード達が、両国の事情により撤収された為、その後の二つの国の間には、ほとんど情報の交流がなかったからだ。

 ただこの汚染地区に「虫」がいないという事は大きい要素だった。
 そのお陰で、強力な武器さえあれば、行き来はなんとかなったのだ。
 つまり辛うじてレヴィアタンとティムドガッドの間には、まだ「道」が残っていたという事だった。

 しかし彼らレヴィアタン軍にしても、剣録が発見した、母星の武器設備や運搬設備がなければ、この汚染地区を渡る事など考えもしなかっただろう。
 ある意味では、今回の領土拡大の為の戦争の実現は、暮神剣禄による母星の武器発掘がなければ成立も発端も有り得なかったのかも知れない。

「しかしなぁ、ティムドガッドって言う国自身が潰れもせずに、まだあるっていうのも本当かどうか、、。第一、ティムドガッドの内情を知るための唯一の情報源だった汚染地区に住んでる遊牧民ってやつが本当にいるのかどうかも怪しいんだぜ。」
 獏のマスクが皮肉を言った。
 さすがにトキマのスードは情報通だった。
 スード部隊のスード達の殆どは、その遊牧民の名を今初めて聞いたのだ。
 だが、獏の言及した遊牧民の存在の有無は彼らの進軍の二週間後の午後に判明した。


    ・・・・・・・・・


 午後二時・14クッレ、雲が低く垂れ込めた空は茜色に染まり、時折、雷鳴が轟いていた。
 別段珍しい光景ではない、汚染地区の昼間とは普通にこんなものだ。
 そんな空の下、スード部隊トラック三台は、巨大苔だらけの平原で、遊牧民キャラバンの残骸に遭遇したのだ。

 ものすごい悪臭を放つ灰色の巨大な腐肉の塊数十体の側で、『彼ら』はおびえて座り込んでいた。
 防護服の機能を兼ねているらしい、彼らの身体を覆う毛皮のマントの為に、まるで一人一人が獣の死体のように見えた。
 その他にはそこらじゅうに、人間の死体が見えた。
 こちらは丸裸だ。おそらく毛皮をはぎ取られたのだろう。
 年齢も性別も関係のない、無差別殺人による多大な傷と血だらけの死体だった。
 螺子達が近づいた時、彼らは力無く逃亡しょうとし、螺子達の方に危害を加える積もりがない事を判らせるのに彼らは一苦労をした。

 彼ら、遊牧民らの言語は多少のなまりはあるものの、レヴィアタンのそれとほとんど変わりがなかった。
 その事から見ても、この二つの国の住人が、かっての地球において近しい文化圏か、或いは一つの国の住人であったという伝説は真実のようだった。

 キャスパーが、スードを代表して声をかけた。
 スード部隊は、どういうつもりか上下の階級も指令系統も組織されずに派兵されていたが、この頃にはもう、キャスパーは正当なリーダーとして部隊中から認められていた。

「危害を加えるつもりはない。我々はこう見えても正規軍だ。賊のたぐいではないのだ。」
「バシャールなら儂らを襲ったりはしない。襲ったのはおまえたち兵隊ではないか?」
 どうやら彼らの家畜らしい灰色の家畜の毛皮を着込んだ年かさの男が答えた。
 元来、柔和だったはずの眼が、おびえに染まっているのを見るのは気持ちの好いものではない。

「兵隊?ティムドガッドの兵隊か?」
 遊牧民の男は周囲の遊牧民達の顔を一通り眺め回したあと、ゆっくりとキャスパーの胸の記章を差して言った。
 自分が全員の怨嗟の気持ちを代表するつもりになったのだろう。

「いや。お前達、変な格好をしているが、そいつらはもっとましな格好をしてた。でも、そいつらは、お前らの背中のそれと同じマークを付けたぞ。ティムドガッドじゃない。異国の兵隊だ。」
 スード部隊は戦場で人間と混同されない様に蛍光色で斑に着色されたウェットスーツを軍服として着せられていた。
 そしてその背中には海竜レヴィアタンとその前にクロスした二本の剣を図案化した軍旗用図版がプリントされている。
 ウェットスーツはスードが変態を起こした時の為のものだったし、派手なデザインは単に目立つ事を目的としていた。
 要するにそれは、戦場で自ら的になるための服装とも言えた。
 しかも派手さ加減で言えば、ミネルバ達スード部隊の半数は様々なマスクを顔につけていた。
 遊牧民の男が『変な格好』と言ったのは無理からぬことだった。
 
「同じマークだって?人間の部隊だ!」
 部隊の誰かが、あきれた様に言った。
 スード部隊は、人間の軍とちがったティムドガッドへのアプローチを取らされている。
 レブィアタンから離れていく進軍の途中までは人間達の遥か後方、危険度の高くなる目的地が近くなると、人間達の前になるプログラムだった。

 ティムドガッドまでの汚染地域迂回図は、暮神が用意をしていたらしい。
 迂回と言っても、汚染度合いが低いというだけの話なのだが。
 今はその地図のあるギリギリの地点まできており、スード部隊はもうすぐ斥候の役割を果たす事になる。
 その地図も、建国復興期にスード達が血と汗と涙の結晶として作り上げたものだろう。
 安全な進軍が出来る部分は、人間様が威風堂々とやる。
 状況が判らぬ進軍にはスードが露払いの役を仰せつかると言う仕組みだ。

「彼らは何の為に、君達を襲ったのだ?」
 キャスパーは遊牧民の後方に、粗末な苔を掘り返した跡の土饅頭が幾つもあるのを見ながら言った。
 土饅頭はどれも、その赤黒い影法師を長く苔だらけの地面に伸ばしている。
 恐らくそれは、彼らがまだ仲間の死を悼むだけの気力がある時に築かれた墓なのだろう。
 残りの死体は地面に放置されていた。

「始めは食料の調達の様だったが、奴らには儂らの食い物が口にあわなんだのだろう。その内、奴らが持っている武器の試し射ちになった。殺された者が着ていた毛皮は、土産だと言って持ち去られた。」
「ちっ!はらみ豚が!」
 部隊の誰かが、たぶんモンローだろう、スードの世界でも滅多に使われぬ人間への蔑称を吐いた。

「ここからティムドガッドの国は、近いのか?」
「しだれ牙の群生地で危険だが、西へルートをとれば一日、東へまわれば三日で行ける。」
 キャスパーは、部隊のスード達を振り返りながら肩を竦めた。
「多分、私達には急いで西へ廻れという指令が来るだろうな、、。」


 キャスパーはその後、遊牧民のリーダーに顔を寄せて何かを言うと、部隊にトラックに戻る様、指示を与えた。
 そしてトラックから幾ばくかの兵士用の食料を遊牧民の為に、降ろさせた後、部隊を出発させた。
 後に残された遊牧民は、苔にあちこちスリップをしながら西へ走り去るトラックをぼんやりと眺めていた。

「ねぇ、お父さんあの、梟の顔の人、最後になんて言ったの?」
「君達の仇をとってやると。格好もそうだが、奇妙な連中だよ。」
 遊牧民はそう言い終わると、さも今までの会話がおぞましい様に唾を吐いた。
 唾は赤と緑の斑の苔の絨毯の上で、暫く留まっていたが、赤い苔の方が唾を旨そうにジュンと吸い上げてしまった。
 赤い苔は、最後には本当に小さなゲップをした。

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