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第5章 ティムドガッド侵攻へ
37: 商人の目
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張の服装は、以前のスーツ姿とは違って中世の王侯貴族が着るような豪華なものだったが、神のバースディケーキと呼ばれる許タワーには意外と似合っていた。
タワーの華美な内装と、服飾デザインのそれがお互いに調和するのだろう。
対するスプリガンの服装も、いつもの平凡なスーツ姿から、騎士が普段着に身に付けるような黒い革製のものに変わっていた。
もちろん、これは彼ら本来の趣味ではない。
今の流行の服装を戦略的に取り入れているだけの話だ。
アンジェラが火付け役になった、この中世風のファッションブームは豪族のみに留まらず、今や世の中の大きなムーブメントになっていた。
戦争をしたがっている軍部が騎士風ファッションに目をつけ、それを逆利用した事もおおきい。
だがこの流れの一番の仕掛け役は、レブィアタンのメディア業界を牛耳るトキマネットワークだった。
この仕掛けをする事で、トキマは中立という安全地帯を放棄することなく、軍部と豪族の二股に成功していた。
トキマは情勢をみながら、トレーシー家の勢いが強い豪族の意向に従っても良いし、軍に従ってこのまま戦争に突入しても良い。
騎士風ファッションを煽っているだけなら、いつでもその立場を変えられる。
このブームで持ち上げる対象を、アンジェラ・トレーシーにするか軍部にするか、そういう匙加減をトキマは選べるのだ。
ただ時代の趨勢は、現在の政治形態を否定し、無意識に王政を望んでいる事だけは確かだった。
当然、商いを主とする張がその趨勢に乗らないわけがない。
許には恥じらいや矜持などというものは一切ない。
そしてスプリガンには元から「何も」なかった。
「議会の均衡がとうとう破れましたな。貴方様が軍部に肩入れをされたのですね。私は貴方様が、経済でこの星に散らばった国々を統一されるものだと思っておりましたが。それには軍部の思想が基本的に障害だった筈です。あのパーティ襲撃は、様子見のお遊びではなかったのですか?」
スプリガンはキャスパーと違って、マスターに対して積極的な意見具申をしない知的支援スードだった。
それでも常にマスターの真意は知っておく必要があった。
「おいおい、スプリガン、何を言ってるんだ。私の思いは昔から一貫しているよ。軍に加担した今度の件は、一過性の事だ。私と組むことにしたトキマだって、軍に対してはそう思っておるよ。あの軍が何を成し遂げようと、軍にこのレヴィアタンを収める事が出来ると思うかね。」
レヴァイアタンに限って言うと、グレーテルがこの星に、地球から移植した国家権力に関する暴力装置は警察だけだった。
軍が生まれたのは、レヴァアタンの治世がかなり安定して、外界へとその意識が外に向き始めた頃だ。
軍の基本的な性格は外界へのフロンティアにあった。
従って、多くの若者達にとって軍は一種の憧れでもあった。
しかし外界を徘徊する虫への対抗策がほぼ確立された現在では、そのフロンティア精神は違う所へ向かいつつあった。
「レヴィアタンに軍政は敷けぬよ。政治に関しては素人同然の軍など、金の流通を止めてやれば直ぐに音を上げる。つまり後で何とでもゴントロールが出来る。軍が考えているように、この世界が軍事力でなんとかなるなら、豪族共が今ままで大きな顔をして来た理由が説明できんだろ。豪族と言えば、大仰だが、元はと言えば、グレーテルが残した自動生産マシーンの操業権を偶然手に入れた只の俗物だ。だが人間は、喰って寝て、糞をひりだし、病に倒れる生き物だ。国を形成するには、その生活を支える者達が絶対に必要なんだよ。生産と流通こそが王なんだ。そこの所がな、軍部の阿呆共は毎日勇ましいことばかりを考えているから判らないんだよ。ましてや、力による世界統一など笑止千万だ。そんな力が、レヴィアタンの何処にある、妄想の中だけだ。未だにティムドガッド以外には、まともに外界を渡れぬのだぞ。」
張は今まで座っていた椅子から腰を上げ窓際に歩み寄った。
そこからはレブィアタンの国土がよく見えた。
椅子の後ろにいたスプリガンも張の影のように彼の側に移動する。
「ただ、今の軍の勢いを使えば、私の目的地には少し早く着ける。私は随分長い間我慢をしてきたから、堪え続けるのに少し飽きて来たんだよ。それに軍から、この話を持ってきた暮神の所の息子が気に入った。軍は、暮神の息子である剣録を便利な駒として操っているように思ってるらしいが、私の見立てでは、操られているのは軍の阿呆共の方だ。」
張の豪族での立場は、バンクス家の取り込みや、トキマとの連携などから判るように今や完全にトレーシー派の対抗馬となっていた。
この均衡を崩すのは暮神家だった。
「張様には、あの若者が何を考えているのか、お判りなのですか?」
「軍の内部転覆か、乗っ取りか、それとも、、。いいや判らんよ。判らなくていい。それを考えるのは、彼が私の手からはみ出そうとする時でいい。要は、それを常に警戒しているかどうかだ。後で裏切られたとか、信用していたのにとか言うのは馬鹿者のやる事だ。それに、ああいいう人間は、何かの弾みで自滅する事が多いもんだ。頭が良いくせに自分が何者かも、自分が本当は何を望んでいるのかも判っていないのさ。もちろん自滅もせず、そこそこやって、こちらの役に立つこともある。つまりこれは人への投機だよ。」
「商人の目ですね。」
「そうだ。その目で金を儲ける。そして今回は、金の成る木が植わった国を二つ取る。レヴィアタンとティムドガッドだ。」
張の視線は眼下のレヴィアタンから離れなかった。
タワーの華美な内装と、服飾デザインのそれがお互いに調和するのだろう。
対するスプリガンの服装も、いつもの平凡なスーツ姿から、騎士が普段着に身に付けるような黒い革製のものに変わっていた。
もちろん、これは彼ら本来の趣味ではない。
今の流行の服装を戦略的に取り入れているだけの話だ。
アンジェラが火付け役になった、この中世風のファッションブームは豪族のみに留まらず、今や世の中の大きなムーブメントになっていた。
戦争をしたがっている軍部が騎士風ファッションに目をつけ、それを逆利用した事もおおきい。
だがこの流れの一番の仕掛け役は、レブィアタンのメディア業界を牛耳るトキマネットワークだった。
この仕掛けをする事で、トキマは中立という安全地帯を放棄することなく、軍部と豪族の二股に成功していた。
トキマは情勢をみながら、トレーシー家の勢いが強い豪族の意向に従っても良いし、軍に従ってこのまま戦争に突入しても良い。
騎士風ファッションを煽っているだけなら、いつでもその立場を変えられる。
このブームで持ち上げる対象を、アンジェラ・トレーシーにするか軍部にするか、そういう匙加減をトキマは選べるのだ。
ただ時代の趨勢は、現在の政治形態を否定し、無意識に王政を望んでいる事だけは確かだった。
当然、商いを主とする張がその趨勢に乗らないわけがない。
許には恥じらいや矜持などというものは一切ない。
そしてスプリガンには元から「何も」なかった。
「議会の均衡がとうとう破れましたな。貴方様が軍部に肩入れをされたのですね。私は貴方様が、経済でこの星に散らばった国々を統一されるものだと思っておりましたが。それには軍部の思想が基本的に障害だった筈です。あのパーティ襲撃は、様子見のお遊びではなかったのですか?」
スプリガンはキャスパーと違って、マスターに対して積極的な意見具申をしない知的支援スードだった。
それでも常にマスターの真意は知っておく必要があった。
「おいおい、スプリガン、何を言ってるんだ。私の思いは昔から一貫しているよ。軍に加担した今度の件は、一過性の事だ。私と組むことにしたトキマだって、軍に対してはそう思っておるよ。あの軍が何を成し遂げようと、軍にこのレヴィアタンを収める事が出来ると思うかね。」
レヴァイアタンに限って言うと、グレーテルがこの星に、地球から移植した国家権力に関する暴力装置は警察だけだった。
軍が生まれたのは、レヴァアタンの治世がかなり安定して、外界へとその意識が外に向き始めた頃だ。
軍の基本的な性格は外界へのフロンティアにあった。
従って、多くの若者達にとって軍は一種の憧れでもあった。
しかし外界を徘徊する虫への対抗策がほぼ確立された現在では、そのフロンティア精神は違う所へ向かいつつあった。
「レヴィアタンに軍政は敷けぬよ。政治に関しては素人同然の軍など、金の流通を止めてやれば直ぐに音を上げる。つまり後で何とでもゴントロールが出来る。軍が考えているように、この世界が軍事力でなんとかなるなら、豪族共が今ままで大きな顔をして来た理由が説明できんだろ。豪族と言えば、大仰だが、元はと言えば、グレーテルが残した自動生産マシーンの操業権を偶然手に入れた只の俗物だ。だが人間は、喰って寝て、糞をひりだし、病に倒れる生き物だ。国を形成するには、その生活を支える者達が絶対に必要なんだよ。生産と流通こそが王なんだ。そこの所がな、軍部の阿呆共は毎日勇ましいことばかりを考えているから判らないんだよ。ましてや、力による世界統一など笑止千万だ。そんな力が、レヴィアタンの何処にある、妄想の中だけだ。未だにティムドガッド以外には、まともに外界を渡れぬのだぞ。」
張は今まで座っていた椅子から腰を上げ窓際に歩み寄った。
そこからはレブィアタンの国土がよく見えた。
椅子の後ろにいたスプリガンも張の影のように彼の側に移動する。
「ただ、今の軍の勢いを使えば、私の目的地には少し早く着ける。私は随分長い間我慢をしてきたから、堪え続けるのに少し飽きて来たんだよ。それに軍から、この話を持ってきた暮神の所の息子が気に入った。軍は、暮神の息子である剣録を便利な駒として操っているように思ってるらしいが、私の見立てでは、操られているのは軍の阿呆共の方だ。」
張の豪族での立場は、バンクス家の取り込みや、トキマとの連携などから判るように今や完全にトレーシー派の対抗馬となっていた。
この均衡を崩すのは暮神家だった。
「張様には、あの若者が何を考えているのか、お判りなのですか?」
「軍の内部転覆か、乗っ取りか、それとも、、。いいや判らんよ。判らなくていい。それを考えるのは、彼が私の手からはみ出そうとする時でいい。要は、それを常に警戒しているかどうかだ。後で裏切られたとか、信用していたのにとか言うのは馬鹿者のやる事だ。それに、ああいいう人間は、何かの弾みで自滅する事が多いもんだ。頭が良いくせに自分が何者かも、自分が本当は何を望んでいるのかも判っていないのさ。もちろん自滅もせず、そこそこやって、こちらの役に立つこともある。つまりこれは人への投機だよ。」
「商人の目ですね。」
「そうだ。その目で金を儲ける。そして今回は、金の成る木が植わった国を二つ取る。レヴィアタンとティムドガッドだ。」
張の視線は眼下のレヴィアタンから離れなかった。
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