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第4章 竜の卵と飛竜

32: 竜を追って

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 螺子が、ドナーと夜の丘でΩシャッフルについての話をした4日後だった。
 螺子はシートを倒して砲座シールド越しに、広がる暗黒の夜空を見上げていた。
 この夜は、剣録が距離をかせぎたいからと言って、夜通しモータービークルを自動で低速走行させていた。

 未だにΩシャッフルの話が螺子の頭から離れない。
 この夜空の遙か遠くに、Ωシャッフルが起こった地球がある。
 時々、感覚が麻痺して自分が宇宙空間に漂っているように思える時があって、そんな時、いつも螺子はそのまま地球に飛んでいきたいと思っていた。

 ティンカーボールは、螺子の上で身体を丸めて眠っている。
 もちろん見た目はそうだが、非生命体であるティンカーボールが眠っているはずがなく、螺子の知らない何かをやっているのだろう。

 ある時、その夜空に黒い巨大な影が流れた。
 それが影だと判ったのは、黒い虚空に光る星々の大きさや密度がそこだけ違ったからだ。
 歯噛みの剣が震えている。
 螺子は身体を起こした。
 気を取り直して見ると、その影は、巨大な尻尾のある鳥の形をしていて、その体表は粉を撒いたような細かな光を放っていた。
 下から見るとその発光が小さな星の光のように見える。

「竜だよ!螺子!竜がこの真上を飛んでる!」
 いつの間にか目覚めたティンカーボールが、珍しく興奮して叫んだ。
 螺子はインカムをひっつかむと、アンジェラにこの現状を伝えた。
 ほとんどの者が寝ていたモータービークルの中は、その通報で一気にパニック状態へと陥った。

「畜生!何故、判らなかったんだ!」
 剣録が慌てて自動操縦で動かしていた運転席に潜り込む。
 寝ずの番でピットにいた筈のドナーがおろおろしている。
 竜の接近に気付くなら、ドナーが一番最初の筈だったのだ。

「今、ドナーを責めてる場合じゃないだろ!」
 同じく副操縦席へ、ドナーの代わりに滑り込んだアドンが言った。

「それにセンサーモニターには何も表示されてない。車外カメラを上に向ける!」
 フロントガラスが分割されて、そこに色合いの異なる星が映し出された。

「ズームアウトして!あれは標準設定では捉えられないくらいとても大きくて、しかも近くを飛んでいるのよ!」
 アンジェラも興奮している。
 今夜、ただ一人、寝ずの番にあたっていたドナーだけが、まだ情況が飲み込めずうろたえていた。
 突然の竜の出現に、電子器機で周囲の異変に待機していた筈のドナーが、未だにただ一人対応できずにいるのは皮肉だった。
 ドナーは居眠りもせず、真面目にやっていたのだ。

「見えた!確かに竜だ!俺達の上を同じ方向に向いて飛んでる!」
「この感じ、なんだか変ね!ひょっとして、あの竜は私達の事、観察してるんじゃないかしら!」
「確かにな。ワザとゆっくり飛んでるみたいだ、」
「とにかく、攻撃にそなえろ。、、悔しいが、言ってられない。相手は空だ。アンジェラ、スードに砲門を開くように言ってくれ!」
 剣録がそう言った。
 命の危険と意地を引き替える程、馬鹿ではないのだ。

「わかったわ!」
「でも、もう飛んでっちゃうよ!」
 ドナーが言ったように竜の飛翔スピードが上がった。
 しかもコースを西に変えている。

「くそ、追うぞ!」
「ち、ちょっと待てよ、僕達のコースって安全地帯をなぞってるんじゃないのか?追いかけたりしたら、そこからそれるぞ!」
 ドナーは悲鳴を上げんばかりだ。
「そんなこと言ってられるか!」
 剣録が言った。
 ドナーを除く他の二人も、竜を追うつもりのようだった。


 螺子は立ち上げた砲門の先に竜の後ろ姿を見ていた。
 その身体に散らばっている光点によって、竜の大体の形が想像出来る。
 後方から見ると恐ろしく長い尻尾が印象的だった。

「ティンカー!あの竜の正体を知ってるのかい!?」
「虫と同じく、この星の先住生物だよ!ただ希少種だ。この星で空を飛ぶのは難しい事だからね。それに相当高い知能があるようだ。下手をしたら人間以上かも知れない。」
「よく判るね。」

「グレーテルが、人々をこの星に運ぶ前に事前調査をして、ここに来てからもずっと調べてきたからね。でも竜については、まだまだ判らない事が多い。特に特異点ゲートが、この星の側にあった事を考えると、この星にはゲートのゲストがいたはずなんだが、それとこの星の先住生物との関係がね、よく判らないんだよ。」
「、、、。でも、空を飛べるなんて凄いな。人間達が竜の事を半分憧れて見てるのが、なんとなく判るよ。」

「空と呼べる高度には電磁嵐と分単位で姿と強さを変える気流があるからね。機械で出来た飛行機は飛べない。いや非力な鳥類もそうだ。そんな空を、自由に飛び回るにはああいう比類なき力と、電磁嵐に対応する能力がないと無理だ。あの竜が光の粒みたいなのを身体に纏っていただろう。あれが電磁嵐に対する適応の結果なんだよ。それとあれがあるせいで人間の科学技術では、竜の存在が探知できない。そういう意味では、もし竜が人間の敵になったら、虫どころの騒ぎじゃないだろうね。たださっきも言ったように、竜は頭が良い。何か理由があって、人間には手出しをしてこないんだ。人間はそれで救われてる。」

「じゃ、あの竜が、このモータービークルの上を飛んでいたのは、攻撃の為じゃなく好奇心?」
「間違いなくそうだ。ただ、何に惹かれたのかは判らないけどね。竜は既に人間についてある程度の事は知っているようだ。もしかしたら、竜の興味を惹いたのはスードの君かもな。」
 螺子はティンカーボールの最後の言葉を聞き流しながら、再び自分の注意を夜空に戻した。
 だがそこにはもう竜の姿はなかった。

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