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第3章 大虐殺の日

24: Ωシャッフルの謎

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「さあここからは、レヴィアタンの新たな課題についての話だ。生物は皆そうだが、子孫を残して繁栄しようとする。しかし、母星から逃げのびて来たこの星で、その為の復興作業をするには余りにも人間の絶対数が足りない。だがこの星の人間達には、幸運な事にもう一つの技術が辛うじて残っていたんだ。いや正確には、グレーテル神が人間の為に用意しておいた技術と言い換えた方がいいかな。我々、スードを人為的に創り出す技術だよ。いや正確にはコントロールする技術だな。古くはΩシャッフルが、その技術の源だからね。つまり我々は間違いなく人間なんだよ。元はね。」

 やはり、判らないのはΩシャッフルだと、螺子は思った。
 それにもし滅亡寸前の地球に、ヒューマンスードが残っていたとするなら、あのグレーテル神がそのヒューマンスードだけを救わなかったとは、どうしても思えなかったのだ。
 キャスパーは、この星で人間が新たにヒューマンスードを創造したと言った。
 つまり地球で起こったΩシャッフルには、思わぬ結末が待っていたという事なのだろう。
 だがキャスパーは、それを語るつもりはないようだった。
 あるいは、このキャスパーですら、その隠された結末を知らない可能性もあった。

「世界の終わりに食されると言われる水中のドラゴン・レヴィアタンとは、この国の事ではなく、我々の事なのかも知れないね。人間は我々の事をヒューマンスードと呼ぶが、それは精密な表現ではない。なぜなら我々は、土くれから練り上げられた人形ではないからだ。我々は全く人間と同じだ。違うのは我々が、人間の身体から生み出されながらも、人間の能力を遥かに超えた存在だと言う事だ。従って我々のこの星での創世期には、スードと人間は共に良き理解者であり、良き協力者であったということだ。それは母星で起こったΩシャッフルに対して、人類が選んだ最も素晴らしい解の筈だったんだが、、。」

 キャスパーは創世期と呼んだが、それを人間達はレヴィアタン建国復興期と呼んでいる。
 もっともそれはドナーからの知識だった。
 ドナーは科学院の院長の息子という立場を利用して、一般人の知らない色々な知識を得ていたが、それはキャスパーの持っている知識とは又違う文脈のものなのだろう。
 とにかく地球は遙か遠くにあり、その記憶も全ての人間から薄れかかっている。

「スードと人間、両者の蜜月が終わったのは、この星での定住作業が軌道に乗り出してからだ。人間の人口はやがて増えはじめた。、、そこで何が起こったか?スードは人間を超えている。しかしスードを作りだしたのは人間である事は間違いない事実だ。人間にとって、自分達が作ったスードは道具に過ぎない。自分の作った者が、自分より偉大な存在だと感じた時、人間はどうしたのか?」
 キャスパーの目の底には強い光があった。

「『棄民』ですか?」
「『棄民』だって?それは、まだまだ生優しい表現だろうね。もっと過酷な事実があったと私は考えている。ただし、それに関する史実は我々の世界にも、人間の世界にも残っていない。いや、残っていないとされている。全ては闇の中だ。」

「そんな事実があるんだとしたら、どうして俺達は、隔離されてあの世界で生き残っているんですか?」
「我々が安い労働力である事はもちろんだろうが、それだけではないな。現に人間は、スード居留地区を封鎖地区に変えて、ゆくゆくは交流を完全に断とうとしている。、、君への答は二つある。一つは、悪しき人間の歴史の痕跡を彼らの都合の善いものにすり替えるためと、もう一つは、人間達が我々に体現されている科学力や技術力を完全には失いたくないという事だ。今、ほとんどの人間達は、我々の事を、現在の技術力で作り上げたと思いこんでいる。しかもその方法は、どこかの神をも恐れぬ不埒な人間が、人間の召使いを作るために、牛や豚のパーツからスードを作りだしたとね。それを、心優しい人間様は、いくら化け物でも命があるのだから殺さないでいる。そんな風に、信じ込んでいるわけだ。これは地球の人間達がこの星に来てからやった、順応教育の成果でもある。グレーテルが神様扱いされるのと同じだよ。」

「牛や豚、、ですか。人間のみんなが、そう思っているのですか?」
「君のマスターは、どこまで君のことを理解していると思う?」
 螺子はアンジェラが自分に向ける、高慢で何処か寂しげな表情を想いだした。

「、、、、。あなたのマスターは、どうですか?」
 螺子は、キャスパーの問いには答えたくなくて逆に質問をした。

「エイブラハム氏は、私が君に説明した程度の事は理解しているよ。だから彼は私を上手く利用する。いいや、この世界のトップ連中、豪族の中の豪族は、全てこの事を理解しスードを準人間、つまり役に立つ奴隷と見なして大なり小なり利用していると言っていいだろう。知らないのはトップ以外の全ての人間達だ。ただし、理解していても我々を排除したいと思っているトップもいる。彼らは我々を心底恐れ、憎んでいるんだ。本気で能力を全開にすれば、スードこそが、この星での生存の頂点に立つ力を持つ事を、彼らは知っているからね。それが、昨日パーティに押し込んできた奴らの上層部さ。」

「僕がスードの中でも特別だというのは?」
 螺子は思い切って、その事をもう一度口にした。

「これは確証があっての話ではない。我々が産み出された時期にも、創造者達の中には、現在の人間達の混乱の様なものがあったのだろう。つまりだ、『今はいいが、やがて人間はスードに取って変わられるのではないかという恐れ』と、『人間の進化の方向性の中に、スードを認めてしまおう』という超人願望のような二つの流れだ。私は、この世界で、出来る限りの事をして我々スードの情報を集め、分析してきた。スードには、大きく分けて2種類あるんだ。スードに人間の未来を預けようとして、機能を附加されたタイプ。そして、スードに人間がとって変わられないようにその機能に制限をつけ加えられたタイプとね。、、、圧倒的に、後者が多いんだが。」

「僕が未来を託されたタイプだとして、他の仲間とどう違うんですか?」

「、、本質的には差はない。作られたコンセプトが違うと言う事だけだろうが、、、。我々スードの寿命は長い、だが元の脳は人間のものだ。そんな長い人生には耐えられない。人生自体が生理的ストレスだからね。そこで、この長すぎる人生を細切れにする方法が考え出された。各スードの個別の肉体絶頂期を分割して、そのそれぞれに違う人生を与えるんだ。記憶をその度にリセットしてね。それが我々がスリープと呼んでいるものの正体だ。大体は肉体の絶頂期は青年期を中心にしてその前後を分割する。だから、その辺りに人生が幾つも有ることになる。青年A、青年B、青年C、でも全て同一人物だ。、、故郷には、小さな子や老人がいたろう?あれは、分割が始まる前か、分割が終わったあとか、あるいは肉体の最盛期のピークが前や後ろにずれていてる仲間達なんだよ。どうもこの方法は、母星におけるΩシャッフルの前から密かに引き継がれてきたようだ。人間達はそれを、マスターである人間達のライフスタイルとシンクロさせる為にスードがやっている、あるいはスードを創造した者が、そういったシステムを作ったと思っているようだがね。馬鹿な話だ。おっと、話がずれてしまった。君の特殊性は、そのリセットを受け付けない脳にあるのではないかということだ。スリープを飛び越える。つまり前の人生の記憶を憶えていて、尚かつ、膨大な人生の負荷にも耐えられるタフな脳の持ち主って事だな。そしてそんな脳は、他の可能性も秘めている。」

「待って下さい!俺は前の人生なんて、何も憶えてません!」

「今はね。それはそのうちわかるだろう。とにかく、そういう脳はネオリーダー派、つまり我々スードに人間の未来を託した人たちだが、、スードの為に模索していた彼らのプランの中に存在した。だから希少ではあるがそれ程、奇異なものでもないんだ。私は君の本当の特殊性はもっと他の別の所にあると思っている。」

 螺子は目が眩む思いでいた。
 スード居住地区で暮らしている時は、キャスパーが語ってくれた家族の仕組みが、当たり前のものだと思っていたからだ。
 ある日、自分はある家族の中にいて契約を結ぶ、それは息子であったり兄であったり弟であったりする。
 逆に自分の家族の元に「代理人・コウノトリ」と呼ばれるスードによって、赤ちゃんが送り届けられて、その日から、赤ちゃんは家族の宝物になる。
 それが当たり前の事だったのだ。
 
「その特殊性の中心は、おそらく生殖能力だろう。母星の最盛期に生きていたスードこそが人類のネオリーダーに該当するととらえた科学者達、つまりネオリーダー派は、人間とスードが融合する事によって、新しい人類の進化のステップが得られると考えたのだろう。つまり母星で超自然的に起こったΩシャッフルを、種の分野だけに限って、この星で、人為的に正しく矯正進化させようとしたわけだ。」

「よく判りません。ただ、俺だけが、スードと人間の子どもを作れるという意味ですか?」
 『人間と、スードの子ども』
 今の螺子には目も眩むような発想だった。

「いやそうではない。すべてのスードにその可能性がある。ただ君以外のスードには、そうさせない体内の抑止因子が強すぎるということだ。今のところ、それをどう解除するのか判らないんだ。生殖能力に限らず、我々スードは、もっと強大な能力を秘めているが、そのほとんど全てが、封印されている。今残されているスードは、その封印の幾つかを解く事によって何らかの方向性を持たされているだけだ。それを居留地区のスード達は、リアルチャクラと呼んでいるが、本来それは、人間の使役用に開かれたチャンネルだ。どのスードにも力はもっと沢山ある。そう、君の知っている鵬香は、明らかにセックスサービスの為の能力が突出している様だが、彼女にも、もっと他の能力があるはずなんだ。そいつを押さえられているにすぎない。つまり君は、何といったらいいのか、そう、万能型なんだ。」

「言い方を変えると、僕にも鵬香さんの様にセックスチェンジの能力があると?」
 この時、螺子は、鵬香の秘密をキャスパーが知り得る不思議さに気付く事はなかった。
 それだけキャスパーの話す内容に圧倒されていたのだ。

「そういう事だな。君にもあれば私にもある。ただし私はその機能はあっても、そいつを起動させるリアルチャクラがない。君には、探せばそういったリアルチャクラが幾らでも見つかる筈だ。探せば、ね。そういう違いなんだ。、、さあ、今日の所は此処までにしておこう。君の可愛いマスターの機嫌を損ねないようにね。」

「最後に、もう一つ教えて下さい。」
 螺子はマスクを被りながら、キャスパーに訊ねた。

「貴方は、俺にスードの歴史の秘密を教えてくれた。でも貴方の喋り方は人間を否定している様に聞こえる。」
 ・・・この人の考え方は、何となく鵬香に似ている。
 螺子は暫く考えた末、思い切った様に尋ねた。

「貴方は、スードを人間から解放したいのですか?そして、その為に俺を誘っているのですか?」
「それは秘密だ。君がもっと人間とスードの事を勉強してからだ。」
 キャスパーは灰色の瞳に、鉄の意志を潜めながら言葉を閉じた。






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