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第3章 大虐殺の日
21: 豪族パーティ襲撃
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異音を聞きつけ急いでパーティ会場に駆け戻った剣禄、アンジェラ、螺子の三人が見たものは、催涙弾の発する、もうもうたる黄色い煙だった。
「アンジェラ!これで口を塞いで!」
剣録がハンケチをアンジェラに差し出し、彼女の身体を自分の後ろに下がらせた。
螺子の目には黄色い煙の壁を通して、苦しみもがく人々の群れと、迷彩色の軍服を着た数十人の兵隊達の姿が見えた。
会場のあちこちで、兵士達のガスマスクの為にくぐもった怒声が聞こえる。
「民間人には危害をくわえるな!スードは殺せ!スード探知機の感度を最大にしろ。注意してやるんだ。」
彼らのコスチュームの凶暴さを裏切って、無駄の多い兵士達の動きは、たんなる押し込みと変わりがなかった。
しかし、無理からぬ事ではある。
この閉鎖した世界に置いては、乱入した兵隊達に限らず、全ての兵士は、実戦はおろか、ろくな軍事訓練も受けようがなかったからだ。
彼らが戦ったことがあるのは、唯一「虫」達だけだった。
汚染の大海に、ポツリと浮かんだ玩具の国の軍隊には、外界を彷徨う凶暴な生物以外には仮想敵国すらなかったのだ。
アンジェラは、父親の姿を求めて、制止する剣録の手を振り切り催涙ガスにむせながら走った。
やはり親子だ、普段いくら確執があっても、いざという時はお互いを求め合っている。
螺子はそのアンジェラの後を自然と追いかけた。
それは彼がスレイブであるからではなく、『協力者』としてスードの身体の奥深くに組み込まれた人を助けたいという情念の為であったのだろう。
むろんスードである螺子は、催涙ガスの影響を毛ほども受けなかった。
「馬鹿者!スードと人間を見分ける探知機など排スード主義者のたわごとだ!お前らは、誰に銃口を向けておるのか、判っておるのか!」
会場の何処かで、野太い声が起こったが、代わりに嘲るような声が返った。
「判ってるさ。スードの尻の穴をおかすような成金共は、スードと同じ墓に入れてやるのさ。」
続いてあちこちから銃声と悲鳴が再び交錯した。
アンジェラは床の上でもがいている父親を発見し、その身体を庇おうと父親の上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
そしてその二人を助け出そうとする螺子の目の前に、黒いライフルの銃口が黄色い煙幕の中から突き出た。
それは、いかに訓練を積まぬ兵士といえど絶対にはずしようがない距離だった。
だが兵士は引き金を引くのを躊躇っている。
人殺しが初めてなのだろう。
その時、比較的間近な位置から、男の冷静な声が螺子に届いた。
「彼らの目的は単なる殺人だ。そして彼らのエネルギーは我々スードに対する差別と恐れだ。螺子よ、今こそ人間の『協力者』として対抗するんだ。これは我々に与えられた平時のルールを上回る事態だぞ。奴らを殺せ。殺さなければマスターが死ぬ。」
その声には、奇妙な懐かしさと、螺子の根元を揺さぶる何かがあった。
ライフルの銃口が、螺子の目の前で火を吹いた。
しかし、螺子は肩に着弾のショックを感じつつも、バネの様に兵士に向かって飛び出していった。
もちろんその手には、あの歯噛みの剣が握られていた。
二十分後、戦闘は終了していた。
この日、パーティ会場に乱入した兵士は二十二名と推測された。
それは会場に残された死体の数と一致した。生き残った者は0名である。
パーティ会場にいた民間人は負傷者が十三名、だが死者はなかった。
いや実際には、もう一人。
螺子が取り逃がした兵士と思われる人物が一人いたのが、この人物の正体は豪族達の調べでも最後まで明らかにならなかった。
兵士達の死体は、全て強力無比な力で引き裂かれるか、見事に分断されていたという。
螺子の持つ歯噛みの剣の前には人体など、バターのようなものだ。
もちろん、この事実を知るのは後にも先にも、このパーティに参加した者と、彼らを送り込んだ黒幕だけだった。
事件自体は決して表には出なかった。
相手の正体が軍部と判っていても、表の世界では、それが豪族と軍部との戦いには発展しない、そういう事変だった。
・・・・・・・
今でも螺子には、多くの人間を斬り殺したというショックの感情がなかった。
その事を自分でやったという実感がないのだ。
歯噛みの剣を、どう振ったかも憶えているのに、それは他人がやった事のように思えるのだ。
実はそれが、あの混乱時に聞いた男の声のせいだという事が、螺子には未だに良く理解できていなかった。
時が過ぎた今では、パーティ会場の戦いは、夢の中の出来事のような気が螺子にはしていた。
「本当に驚きました。あの会場に鵬香さんがいたなんて。」
「私、メイクも上手なのよ。金髪のウィッグ付けてカラコン入れたら、東洋系には見えないでしょ。」
鵬香が冗談めかして言う。
「ええ、それにあなたのリアルチャクラも感じ取れなかった。」
「この世界に長く住んでれば色々な事をいやでも憶えるわ。あなた、私のことを単なる性奴隷だと思ってたの?マスターがわざわざそんな事のためだけに、危険を冒してスードを買う?金で身体を売る人間は、この世界にも大勢いるのよ。」
あの戦いで満身創痍になった螺子を、トレーシー家で看護したのは鵬香だった。
もちろん鵬香も多少は傷を負っているようだった。
「いえ、別にそんなつもりで言った訳じゃないです。、、鵬香さんの攻撃は凄かった。それに表だっては動いてなかったけど、もう一人、援軍がいた気がします。」
「凄いね。あの戦いの中で、あの人の事まで気付いてたんだ。、、でもやっぱり今回の殊勲賞は貴方よ。この世界のデビュー戦としては華々しかったよ。一人で十人以上はやっつけたでしょう?」
「でも一人、逃がしてます。というか、そいつとマトモにやり合っていたら、こうやって今、鵬香さんに褒めて貰えているかどうかも判らないです。」
「、、、そう、それも気付いててたの。」
「鵬香さんも?」
「いえ、あなたとそいつとの戦いは、私が敵とやってた最中の事みたいで、その事を聞いたのは、キャスパーからよ。」
「もしかしたら俺らを支援してくれてたのは、そのキャスパーさん?」
「滅多なことを言わないで、キャスパーはマスターの懐刀なのよ。人を傷つけたりしない、、。それよりあなた、その取り逃がした人間に心当たりはあるの、そいつスードでしょう?」
「判りません。でもそいつのリアルチャクラに記憶があるんです。それもこちらに来てから感じた最近のものだ。」
「ってことは、その気配の持ち主の見当は付いてるの?」
「、、ええ、それは。」
螺子は張の後ろに控えていたスードの名を出そうとした。
「待って!!名前は言わなくていいの。私にもね。それと教えてあげるけど、その事は誰にも言っちゃ駄目。なかった事にしておきなさい。そいつの名前を知るべきは人間であって私達じゃない。人間がそれを知ってから私達は動くの、今はね。」
「でもスードは、人間が誰でも持てるって訳じゃないでしょ。そのスードを、俺達のマスターに差し向けられる人間がいるとしたら、つまりそいつはマスターの敵って事で、その正体を探るのは、、」
「駄目、だから駄目なの。」
「でも。」
「そいつの名前も含めて、その事をずっと黙ってろってわけじゃないわ。その時が来たら、それを喋って良い相手も、そのタイミングも、自然に判るようになるわよ。ここは先輩を信用しなさい。それと今度の事で、あなたは何かご褒美が貰えるはず。、、それで私の服を弁償して頂戴。悪いのは貴方じゃなくて、お嬢様だって事はわかってるけど、私の口から、お嬢様に盗んだ服を帰せとはいえないから。あれ、気に入ってたのよ。」
螺子には鵬香が、どこまで本気で言っているのか判らなくなって来た。
ただ敵と思えるマスターやスードの名前をうかつに口にするなという鵬香の忠告だけは、本気だという事は判った。
それは『協力者たれ』という掟から逃れられないスードは人間たちの戦いに、火をつけたり、自ら巻き込まれるべきではないという真意だった。
「アンジェラ!これで口を塞いで!」
剣録がハンケチをアンジェラに差し出し、彼女の身体を自分の後ろに下がらせた。
螺子の目には黄色い煙の壁を通して、苦しみもがく人々の群れと、迷彩色の軍服を着た数十人の兵隊達の姿が見えた。
会場のあちこちで、兵士達のガスマスクの為にくぐもった怒声が聞こえる。
「民間人には危害をくわえるな!スードは殺せ!スード探知機の感度を最大にしろ。注意してやるんだ。」
彼らのコスチュームの凶暴さを裏切って、無駄の多い兵士達の動きは、たんなる押し込みと変わりがなかった。
しかし、無理からぬ事ではある。
この閉鎖した世界に置いては、乱入した兵隊達に限らず、全ての兵士は、実戦はおろか、ろくな軍事訓練も受けようがなかったからだ。
彼らが戦ったことがあるのは、唯一「虫」達だけだった。
汚染の大海に、ポツリと浮かんだ玩具の国の軍隊には、外界を彷徨う凶暴な生物以外には仮想敵国すらなかったのだ。
アンジェラは、父親の姿を求めて、制止する剣録の手を振り切り催涙ガスにむせながら走った。
やはり親子だ、普段いくら確執があっても、いざという時はお互いを求め合っている。
螺子はそのアンジェラの後を自然と追いかけた。
それは彼がスレイブであるからではなく、『協力者』としてスードの身体の奥深くに組み込まれた人を助けたいという情念の為であったのだろう。
むろんスードである螺子は、催涙ガスの影響を毛ほども受けなかった。
「馬鹿者!スードと人間を見分ける探知機など排スード主義者のたわごとだ!お前らは、誰に銃口を向けておるのか、判っておるのか!」
会場の何処かで、野太い声が起こったが、代わりに嘲るような声が返った。
「判ってるさ。スードの尻の穴をおかすような成金共は、スードと同じ墓に入れてやるのさ。」
続いてあちこちから銃声と悲鳴が再び交錯した。
アンジェラは床の上でもがいている父親を発見し、その身体を庇おうと父親の上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
そしてその二人を助け出そうとする螺子の目の前に、黒いライフルの銃口が黄色い煙幕の中から突き出た。
それは、いかに訓練を積まぬ兵士といえど絶対にはずしようがない距離だった。
だが兵士は引き金を引くのを躊躇っている。
人殺しが初めてなのだろう。
その時、比較的間近な位置から、男の冷静な声が螺子に届いた。
「彼らの目的は単なる殺人だ。そして彼らのエネルギーは我々スードに対する差別と恐れだ。螺子よ、今こそ人間の『協力者』として対抗するんだ。これは我々に与えられた平時のルールを上回る事態だぞ。奴らを殺せ。殺さなければマスターが死ぬ。」
その声には、奇妙な懐かしさと、螺子の根元を揺さぶる何かがあった。
ライフルの銃口が、螺子の目の前で火を吹いた。
しかし、螺子は肩に着弾のショックを感じつつも、バネの様に兵士に向かって飛び出していった。
もちろんその手には、あの歯噛みの剣が握られていた。
二十分後、戦闘は終了していた。
この日、パーティ会場に乱入した兵士は二十二名と推測された。
それは会場に残された死体の数と一致した。生き残った者は0名である。
パーティ会場にいた民間人は負傷者が十三名、だが死者はなかった。
いや実際には、もう一人。
螺子が取り逃がした兵士と思われる人物が一人いたのが、この人物の正体は豪族達の調べでも最後まで明らかにならなかった。
兵士達の死体は、全て強力無比な力で引き裂かれるか、見事に分断されていたという。
螺子の持つ歯噛みの剣の前には人体など、バターのようなものだ。
もちろん、この事実を知るのは後にも先にも、このパーティに参加した者と、彼らを送り込んだ黒幕だけだった。
事件自体は決して表には出なかった。
相手の正体が軍部と判っていても、表の世界では、それが豪族と軍部との戦いには発展しない、そういう事変だった。
・・・・・・・
今でも螺子には、多くの人間を斬り殺したというショックの感情がなかった。
その事を自分でやったという実感がないのだ。
歯噛みの剣を、どう振ったかも憶えているのに、それは他人がやった事のように思えるのだ。
実はそれが、あの混乱時に聞いた男の声のせいだという事が、螺子には未だに良く理解できていなかった。
時が過ぎた今では、パーティ会場の戦いは、夢の中の出来事のような気が螺子にはしていた。
「本当に驚きました。あの会場に鵬香さんがいたなんて。」
「私、メイクも上手なのよ。金髪のウィッグ付けてカラコン入れたら、東洋系には見えないでしょ。」
鵬香が冗談めかして言う。
「ええ、それにあなたのリアルチャクラも感じ取れなかった。」
「この世界に長く住んでれば色々な事をいやでも憶えるわ。あなた、私のことを単なる性奴隷だと思ってたの?マスターがわざわざそんな事のためだけに、危険を冒してスードを買う?金で身体を売る人間は、この世界にも大勢いるのよ。」
あの戦いで満身創痍になった螺子を、トレーシー家で看護したのは鵬香だった。
もちろん鵬香も多少は傷を負っているようだった。
「いえ、別にそんなつもりで言った訳じゃないです。、、鵬香さんの攻撃は凄かった。それに表だっては動いてなかったけど、もう一人、援軍がいた気がします。」
「凄いね。あの戦いの中で、あの人の事まで気付いてたんだ。、、でもやっぱり今回の殊勲賞は貴方よ。この世界のデビュー戦としては華々しかったよ。一人で十人以上はやっつけたでしょう?」
「でも一人、逃がしてます。というか、そいつとマトモにやり合っていたら、こうやって今、鵬香さんに褒めて貰えているかどうかも判らないです。」
「、、、そう、それも気付いててたの。」
「鵬香さんも?」
「いえ、あなたとそいつとの戦いは、私が敵とやってた最中の事みたいで、その事を聞いたのは、キャスパーからよ。」
「もしかしたら俺らを支援してくれてたのは、そのキャスパーさん?」
「滅多なことを言わないで、キャスパーはマスターの懐刀なのよ。人を傷つけたりしない、、。それよりあなた、その取り逃がした人間に心当たりはあるの、そいつスードでしょう?」
「判りません。でもそいつのリアルチャクラに記憶があるんです。それもこちらに来てから感じた最近のものだ。」
「ってことは、その気配の持ち主の見当は付いてるの?」
「、、ええ、それは。」
螺子は張の後ろに控えていたスードの名を出そうとした。
「待って!!名前は言わなくていいの。私にもね。それと教えてあげるけど、その事は誰にも言っちゃ駄目。なかった事にしておきなさい。そいつの名前を知るべきは人間であって私達じゃない。人間がそれを知ってから私達は動くの、今はね。」
「でもスードは、人間が誰でも持てるって訳じゃないでしょ。そのスードを、俺達のマスターに差し向けられる人間がいるとしたら、つまりそいつはマスターの敵って事で、その正体を探るのは、、」
「駄目、だから駄目なの。」
「でも。」
「そいつの名前も含めて、その事をずっと黙ってろってわけじゃないわ。その時が来たら、それを喋って良い相手も、そのタイミングも、自然に判るようになるわよ。ここは先輩を信用しなさい。それと今度の事で、あなたは何かご褒美が貰えるはず。、、それで私の服を弁償して頂戴。悪いのは貴方じゃなくて、お嬢様だって事はわかってるけど、私の口から、お嬢様に盗んだ服を帰せとはいえないから。あれ、気に入ってたのよ。」
螺子には鵬香が、どこまで本気で言っているのか判らなくなって来た。
ただ敵と思えるマスターやスードの名前をうかつに口にするなという鵬香の忠告だけは、本気だという事は判った。
それは『協力者たれ』という掟から逃れられないスードは人間たちの戦いに、火をつけたり、自ら巻き込まれるべきではないという真意だった。
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