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【 東南アジアの旅 】
19: 再びのバリ ⑤ 赤と白
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今日はバリを発つ日。
航空便の加減で、夜の12時過ぎの出発だから、丸一日を観光に当てられます。
バリのビッグネームは、キンタマニー高原を除いて、おおよそ制覇した事になるので、今日は復習編でした。
前回の旅行で、訪れそびれたアルマ美術館を中心に、ウブドにもう一度行くことにしました。
今日のガイドも、一人っ子君です。
今日のバリの交通状況は、少し変化がありました。
なんと罰金1000円を無視し、ヘルメットを被らないで、バリの民族衣装や帽子を被ったライダーが沢山いたのです。
一人っ子君の説明によると、今夜は満月なので、大きなお祭りがあり、その寺院にお参りに行く場合は、ヘルメットを被らなくて済むのだそうです。
でも都心から離れると、十才にも満たない子どもたちが、ノーヘルメットで三人乗りをしながら山道を爆走してるんですけど、、。
善と悪が等しく混在する世界観とは、よく言ったモノですね(笑)。
それはヒンズー教の中だけにあるのではなく、バリっ子の中にも日常的にある感覚のように思えます。
現代日本人は、良くも悪くも、こういう感覚は絶対ない、不寛容社会って言われてますからね。
ウブドに向かう田舎道が、急に渋滞しだしたので、どうしたのと聞くと、「原因は、トラックの運転手が道ばたにある焼き鳥屋さんで昼食を取っているからさ。」との事。
実際、道路幅の半分を塞いで、4台の小型トラックが止められており、山側にへばりつくように立てられた東屋で、数人が焼き鳥をほおばっていました。
トラックの運ちゃんがお昼時に、食堂やコンビニに入るのは日本でも良くある光景だけど、渋滞はおこらないぞっと(笑)。
アルマ美術館は入館するまで、商業ベース色が強い美術館だと勝手に思いこんでいたんですが、展示館自体は落ち着いた雰囲気でした。
それに、バリ絵画自体は、幾つかの主要な流れを掴めば、それ以上の何かがあるというものではないので、どの美術館の展示内容ならこうだ、というような格差はないようです。
(言い方を変えると、どこで見ても一緒)
アンの目にはルラジャハン(呪術的な絵)として、人が動物に動物が人にトランスする世界を描いた絵が興味深く映りました。
鷺が人間の司祭に化け、その正体を見破った蟹に殺されるというストーリーの一場面なのですが、極めてバリらしいモチーフだと思いました。
その他、カラ・ラウー、つまり月食を引き起こす魔人の絵など、一人っ子君の「今日は満月だからお祭りだ」という言葉を思わず思い出しました。
昼食は、この美術館内のレストランで取りました。
今まで体験したバリの中で、最も美味しいナシゴレンを食べたと思います。
ゆったりとした時間の中で、食事を楽しみたいのなら、このレストランは意外な穴場だと思いますよ。
その後は、お定まりのモンキーフォレストから、ウブド市場までのジャランジャラン。
でもウブド市場は、すれ方が激しく、年々、悪い意味で観光地化していってるようで少し悲しかったです。
それと、ウブド市場の裏側にあるショッピング通りに、二件ほどタトーショップを発見したのは収穫でした。
何故って、バリ男性陣の「肌」の魅力が堪能出来るからです(笑)。
相方は、しきりにバリにうじゃうじゃいる欧米人観光客のスタイルの良さを賞賛してましたが、あんなのは所詮見てくれです。
でかいだけが、取り柄のふにゃチン、、バリっ子の「肌」の魅力には叶いませんわ、て、実際、背中にタトーを施されている若い子を見たけど、ドキドキしちゃいました。
あんなのを一晩中ベッドの中で眺められたらなぁと(あの濃過ぎる顔は外して欲しいけど)。
・・・そして旅の終わりは、空港近くのジンバランで夜の海岸を見ながらシーフードバーベキュー。
空港の光や、近くの岬の灯がとても幻想的でした。
でもアンの中のバリの代表的なイメージは、いつバリに訪れても、空に上がっている凧なんです。
そして今回、その印象につけ加わったのは、『ノーサンキュー日本人』に対する物売りの子ども達の罵声と、街で遊ぶ子ども達の明るい笑い声でした。
「青空に独立の旗 赤と白 売り子と同じ 凧を揚げる子」
まあこんな感じで、五泊六日のバリ旅行を簡単にまとめてみました。
かなり内容を切りつめたのですが、大体はこんな感じの旅でした。
気が付けば、香港・タイ・ベトナム・バリと最初のハワイを除けば、アジアの観光地を巡っているアン、でも国内では、日本の目は常にアメリカやヨーロッパなどいう、とんでもなく遠い国に向けられています。
アジアの国々で、旅行客の彼らと出会うたびに、否応なしに感じさせられるのは白人優位の思想です。
もちろん、自分自身も含めて、、。
さらにそれが、無意識のレベルにあるから、なおさら質が悪い。
さあ日本、これからどうするの?
いつまでも黄色い名誉白人のつもり?といつも考えさせられてしまいます。
航空便の加減で、夜の12時過ぎの出発だから、丸一日を観光に当てられます。
バリのビッグネームは、キンタマニー高原を除いて、おおよそ制覇した事になるので、今日は復習編でした。
前回の旅行で、訪れそびれたアルマ美術館を中心に、ウブドにもう一度行くことにしました。
今日のガイドも、一人っ子君です。
今日のバリの交通状況は、少し変化がありました。
なんと罰金1000円を無視し、ヘルメットを被らないで、バリの民族衣装や帽子を被ったライダーが沢山いたのです。
一人っ子君の説明によると、今夜は満月なので、大きなお祭りがあり、その寺院にお参りに行く場合は、ヘルメットを被らなくて済むのだそうです。
でも都心から離れると、十才にも満たない子どもたちが、ノーヘルメットで三人乗りをしながら山道を爆走してるんですけど、、。
善と悪が等しく混在する世界観とは、よく言ったモノですね(笑)。
それはヒンズー教の中だけにあるのではなく、バリっ子の中にも日常的にある感覚のように思えます。
現代日本人は、良くも悪くも、こういう感覚は絶対ない、不寛容社会って言われてますからね。
ウブドに向かう田舎道が、急に渋滞しだしたので、どうしたのと聞くと、「原因は、トラックの運転手が道ばたにある焼き鳥屋さんで昼食を取っているからさ。」との事。
実際、道路幅の半分を塞いで、4台の小型トラックが止められており、山側にへばりつくように立てられた東屋で、数人が焼き鳥をほおばっていました。
トラックの運ちゃんがお昼時に、食堂やコンビニに入るのは日本でも良くある光景だけど、渋滞はおこらないぞっと(笑)。
アルマ美術館は入館するまで、商業ベース色が強い美術館だと勝手に思いこんでいたんですが、展示館自体は落ち着いた雰囲気でした。
それに、バリ絵画自体は、幾つかの主要な流れを掴めば、それ以上の何かがあるというものではないので、どの美術館の展示内容ならこうだ、というような格差はないようです。
(言い方を変えると、どこで見ても一緒)
アンの目にはルラジャハン(呪術的な絵)として、人が動物に動物が人にトランスする世界を描いた絵が興味深く映りました。
鷺が人間の司祭に化け、その正体を見破った蟹に殺されるというストーリーの一場面なのですが、極めてバリらしいモチーフだと思いました。
その他、カラ・ラウー、つまり月食を引き起こす魔人の絵など、一人っ子君の「今日は満月だからお祭りだ」という言葉を思わず思い出しました。
昼食は、この美術館内のレストランで取りました。
今まで体験したバリの中で、最も美味しいナシゴレンを食べたと思います。
ゆったりとした時間の中で、食事を楽しみたいのなら、このレストランは意外な穴場だと思いますよ。
その後は、お定まりのモンキーフォレストから、ウブド市場までのジャランジャラン。
でもウブド市場は、すれ方が激しく、年々、悪い意味で観光地化していってるようで少し悲しかったです。
それと、ウブド市場の裏側にあるショッピング通りに、二件ほどタトーショップを発見したのは収穫でした。
何故って、バリ男性陣の「肌」の魅力が堪能出来るからです(笑)。
相方は、しきりにバリにうじゃうじゃいる欧米人観光客のスタイルの良さを賞賛してましたが、あんなのは所詮見てくれです。
でかいだけが、取り柄のふにゃチン、、バリっ子の「肌」の魅力には叶いませんわ、て、実際、背中にタトーを施されている若い子を見たけど、ドキドキしちゃいました。
あんなのを一晩中ベッドの中で眺められたらなぁと(あの濃過ぎる顔は外して欲しいけど)。
・・・そして旅の終わりは、空港近くのジンバランで夜の海岸を見ながらシーフードバーベキュー。
空港の光や、近くの岬の灯がとても幻想的でした。
でもアンの中のバリの代表的なイメージは、いつバリに訪れても、空に上がっている凧なんです。
そして今回、その印象につけ加わったのは、『ノーサンキュー日本人』に対する物売りの子ども達の罵声と、街で遊ぶ子ども達の明るい笑い声でした。
「青空に独立の旗 赤と白 売り子と同じ 凧を揚げる子」
まあこんな感じで、五泊六日のバリ旅行を簡単にまとめてみました。
かなり内容を切りつめたのですが、大体はこんな感じの旅でした。
気が付けば、香港・タイ・ベトナム・バリと最初のハワイを除けば、アジアの観光地を巡っているアン、でも国内では、日本の目は常にアメリカやヨーロッパなどいう、とんでもなく遠い国に向けられています。
アジアの国々で、旅行客の彼らと出会うたびに、否応なしに感じさせられるのは白人優位の思想です。
もちろん、自分自身も含めて、、。
さらにそれが、無意識のレベルにあるから、なおさら質が悪い。
さあ日本、これからどうするの?
いつまでも黄色い名誉白人のつもり?といつも考えさせられてしまいます。
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