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第8章 地下世界のマルディグラ

85: 鴻巣への接見

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 背後になだらかな丘陵を控えた広大な平原に、ぽつんとその施設はあった。
 政府の重要施設が、ヘブンの傘の下ではなく、こういった郊外に置かれているのは珍しい事だった。
 ジッパーの本部が、旧舎から新たに移転される事になった頃には、ジッパーの政権やヘブンへの自立性はほぼ確立されていたから、その独立性を誇示する為に郊外へ、そういう意味もあったのかも知れない。

 現在でも諜報活動の拠点である官庁街の支部・旧本部と比べると、中央情報局本部の新施設は、スマートな外観を持った「要塞」と言えた。
 郊外という地の利を生かし、小規模ながら、軍機の発着場や実験施設、常設された重火器砲など、一種の軍事基地のような側面を持っていたのだ。

 諜報活動の多いジッパー達の実質的な活動は、現在でも支部において展開され終了するものが多かったが、情報活動の質によっては、この本部が舞台の中心になった。
 例えば、大量の情報収集や敵勢力の兵力分析、具体的な戦闘行動を必須とするミッションなどがそれに当たる。
 今回の対テロ対策活動がそうだった。
 未だに、旅団テロ対策本部は、この中央情報局本部に解散されずにおかれている。
 したがって逮捕された鴻巣徹宗の身柄も、ここにあった。

 フジコ・ヘミングウェイ・パーマーは、この本部内で、部外者である漆黒に、鴻巣徹宗への接見の機会を与えていた。
「無茶なんじゃないかね。いくら何でも、、あの男は野良クローンだぞ。それに今回の事案に関わっていたとはいえ、一介の刑事にしか過ぎん。」
 同僚のアーノルド・城島がそう言った。

「、、、彼にはその権利があるわ。私達が鴻巣徹宗に辿り着けたのは、彼と公安のレオン・シュミットがいたから、これは素直に認めなくては、、。彼らは私達と同様、国家への奉仕者なのよ。それに漆黒は、この接見で新しい情報が手に入ったら、それを私達に報告すると言っている。」
「我々が調べて判らなかったものが、彼には手にはいるというのか?鴻巣は手強いぞ、我々の専門家でも落とせないでいる。奴は自分の頭にプロテクトをかけた天才科学者であり、天才詐欺師でもある。」

「それは見込み違いだと思うわよ。鴻巣は詐欺師なんかじゃない、根は善人、、かってはね。」
「善人だって?君らしくないな。昔から鴻巣は、自分が逃げ延びるために自分の弟を殺すような人間だったぞ。」
 アーノルド・城島はパーマーと共に、昔、鴻巣徹宗・時宗兄弟の疑惑を追った仲だから、そのあたりの事情はよく知っていた。

「鴻巣以外の人間は、そう彼の事を思ってる。でも彼は、自分の弟が彼の崇高な目的の為に自ら自分の命を差し出したんだって、本気で思っているんじゃないかしら?でも私達は、今も昔も、そうは捉えてない。本当は、鴻巣の心の奥底には押し殺した罪悪感がある筈だとか、そういう風にね。、、、だから、アプローチに失敗する。」
 いまだに鴻巣の尋問に成功した、ジッパーの尋問官はいない。
 合法的な手段でも非合法な手段でもだ。

「アプローチ自体が間違っているのよ。なのに私達ジッパーは、今のアプローチが最善で最強だと思ってる。」
「、、アプローチが間違っているかも知れないというのは認めるよ。現に、いまだに誰一人として奴から有益な情報を引き出せていない。だから違うことをやってみる価値はある。しかし漆黒は、この接見には、我々に関わるなと要求を出しているそうだが?」

「アーノルド、貴方にも、漆黒と鴻巣徹宗には私達の知らない因縁というか、繋がりがありそうだと言うことは判っているわよね。その関係から、漆黒は鴻巣から何かを引き出すかも知れない。それに今回の接見の立会人として、私の窓越しの同席を認めているわ。彼は、俺達の問題に他人が首を突っ込むなって言ってるわけ、、関わるなというのは、そういう意味。接見と尋問とは違うっていう意味でもあるわね。」
「君だけは特別扱いか、、随分、君も、あの野良クローンに慕われたものだな、、。」
 アーノルド・城島は遠回しに皮肉を言った。

「彼は、因縁が産んだ子。あなた流に言わせれば、パラケルススが作ったホムンクルス。私も、パラケルススこそ関係していないけれど、因縁の子であることは確かだわ。いいえ、本来なら、あのきれいな爆弾から生き残った人間全員が、総て因縁の子なんじゃないかしら?もちろん貴方を含めてね。」
 アーノルド・城島は両肩を少し上げて、否定とも賛同とも捉えかねない微妙な反応を見せた。

「ねえアーノルド、私はマルディグラの総てが知りたいの。彼らがやった事総てと、特にレフの事ね。彼らは何一つとして償っていない。償わさせようとする人間がいないから、、。その為なら、私はなんだってするわ。」
「世界中が、あの事を忘れたがっている、、、私にはそれがある意味、マルディグラへの対抗手段だと思える事があるんだがね。人間は知ったって、何も変わらないんだ。」
 アーノルドは疲れ切ったように言った。


 ・・・・・・・・・


「ほう!君がここに訊ねてくるとはね。まったく、、いや、嬉しいよ!ここでの待遇には、いい加減うんざりしていた所だからね。」
 漆黒と鴻巣の間にあるのはテーブルだけという極めて簡単な設えの中で、接見は行われた。
 鴻巣の両手には手錠が掛けられてあって、その手錠からは床に固定されている鎖がのびていた。
 だがそれ程、大仰なものではない。
 体格的には、普通の、どちらかというと非力な方に分類される鴻巣だったから、それらは形式的なものだった。
 第一、漆黒相手に逃亡などが図れるはずがなかった。

「あんた、あの地下遊園地で初めて俺の顔を見たとき驚いていたな。俺と公安のレオン・シュミットがずっとあんたの事を追いかけてたのを知らなかったのか?」
「いや教主からは教えられていたよ。二人の事はね。厄介な奴らだから、表には出るなと言われていた。だがあの頃はまだ、漆黒猟児と漆黒賢治の名は、私の頭の中では完全に結び付いていなかったんだ。もしかとは思ったが、この世には劣化レプリカがごまんといる。私にとっての漆黒賢治の存在は、あまりにも特別だったからね。誰が本物の太陽と、太陽という名のランプの関係性を考える?それがだ、あの時、漆黒賢治と漆黒猟児が、まさに同一人物だと知った。それが驚かずにおれるかね。」

「同一?」
 ・・・同一などあり得ない、漆黒猟児は漆黒賢治の特別なクローン体だと言いたいのか?
 やはりあり得ない。いやまて、こいつはその方面のスペシャリストだ。
 そんな揺らめきが、漆黒の意識に起こった。

「君は、同一の本当の意味を理解していないようだな。、、しかし君に会った時は本当に驚いたよ。それで、君を最初の攻撃で仕留め損ねた。それがこの失敗の全ての原因だな。」
 『同一の本当の意味』と言われて、漆黒は動揺し始めていた。
 それに地下遊園地での最初のカミソリ男との戦いは、手加減されていたという言葉にも、今、思えば、ある程度の説得力がある。
 あの時、カミソリ男の攻撃の踏み込みが、あと一歩深ければ、漆黒はあの時点で倒されていただろう。
 だが漆黒は直ぐに、自分の心の体勢を立て直した。

「俺と漆黒賢治とは違う。あんたがさっき自分の口で言ったろうが、本物の太陽と太陽という名のランプとは違うんだ。俺は自分の方が、太陽だと思ってるがね。少なくとも俺はクズ野郎じゃない。」
「いいなぁ。その威勢の良さ、ハッタリ、、ますますケンジそのものだ。私はそんなケンジにずっと憧れていた。」
「・・どうでもいい。だが俺の前で、俺と漆黒賢治が同一人物だというのは止めろ。今度言ったら、お前の歯を全部へし折ってやる。」

「君はクローン体自体だから、自分ではその同一性が認識できていないんだろ?ケンジはソウルプリンタを使う時に、そこの所を実にうまくやったらしいな。ケンジは君に生まれ変わったようにやったんだ。コピーじゃなく、転生だな。いいかね、クローン体ってのは、上手く生成すると、自分が死んだことすら判らないまま、眠ったあと目覚めたみたいな感じで、自己の同一性が保てるものなんだよ。ケンジは、わざとそこを少しずらして、君を作った。だから君は、、」

 テーブル越しに漆黒の拳がとんだ。
 だがその拳の先は、鴻巣の頬の数センチ手前で止まっている。
 そんな様子を、窓の裏から見ているパーマー捜査官の表情は動かない。
 これは漆黒が鴻巣に仕掛け返した心理戦の最初の揺さぶりだという事が判っていたからだ。

 鴻巣は、本来、情感豊かな男だ。
 彼の中で理性が勝つときは、ジッパーの専門の尋問官でもかなわないが、その情緒面をつくと意外な事を喋る。
 ただ誰もそれ以上の揺さぶりを続けて、マルディグラにたどり着いた者はいないのだが。

「それ以上言うなといっただろう。お前は、もう前のお前じゃないんだぞ。俺が本気で殴ったら一撃で首の骨が折れる。俺はお前から、どうしても情報を聞き出さなきゃならんジッパーじゃないんだ。そして俺は、自分の気持ちが制御できないチンピラ刑事だ。今まで何度も、感情的になって職を失いかけてる。俺と心中しても良いってんなら、そのまま喋ってろ。」
 そう言って漆黒は拳を引っ込めたが、鴻巣が漆黒の言葉をどう捉えたかは判らなかった。





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