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第8章 地下世界のマルディグラ

83: 鴻巣の確保

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 これは中山市朗氏がNHKの番組で語っていた話であるが、実はこの話警備業界では知る人ぞ知る話であったりする。
 深夜の勤務の多い警備業界はこうした怪談が多いが、少なくともこの話は実在する警備会社で、おそらくは本当に起こった実話である。
 管理人は舞台となった東京の地区を特定して知っているがここでは中山氏の話の通り伏せ字にて掲載させていただく。



 これはI氏という男性の体験談である。
 I氏は数年前までとある警備会社で営業課長に就任していた。
 東京に本社を持つF警備保障だが、手狭になってきた事務所を東京のS区に移転することになり、I氏もその移動に伴いS区の事務所に出勤することとなったのである。
 するとまもなく、当直の警備員から怖い、もう勘弁してくれという話があがり始めた。
 たいていの警備会社がそうであると思うが、緊急時に備えて警備会社は24時間の管制センターを持っていることが多い。
 F警備保障も物件の上下番などの電話を受けを主体とする24時間の当直を置いていたのだった。
 気になったI氏が尋ねてみると、夜中になると突然パンッ!パンッ!と机をプラスチックの定規で叩くような鋭く乾いた音が響き、ヒタヒタと素足で床を歩きまわる音が聞こえるのだという。
 音のする方向を見ていると、突然耳元で「……でしょ?」「………でさあ…」「………だよね?」という若い女らしい声が聞こえる。
 それが朝方になるまでずっと続くので恐ろしくてとても業務を続けられないのだそうだ。

 その次の日、いつものようにI氏が出勤してくると、事務所がひどく荒されていた。
 机の上にあったものがすべて床に落ち、かわりにガラスの破片らしきものが散乱している。
 上を見てみるとオフィスの蛍光灯が一つ残らず破裂していて、散乱していたガラスの破片の正体は蛍光灯であることがわかった。
 泥棒でも入ったのではないかとI氏がオフィスを見回ると、部屋の隅で隠れるように、昨夜から当直に入っていた若い警備員が小銃を握り締めてガタガタと震えていた。

 「お前そこで何をしてる!」
 「ああっ!I課長!怖かった!怖かったんですっっ!」

 Iの顔を見たその警備員は地獄で仏に出会ったような顔をしてすがりついてきた。
 よほど恐ろしい目にあったようで銃を握り締めていた手が血の気を失って真っ白になっていたという。

 「いったい何があった?言ってみろ」
 
 その若い警備員はやはり件の霊現象に出会ったらしく、そこで護身用に隠し持っていたエアガンでオフィス中を乱射したため、蛍光灯や机がめちゃくちゃにされたというのが真相なようだった。

 「お前何をそんな馬鹿なことをしたんだ?」
 「こんな怖いところいられません!I課長もいっぺん泊ったらわかりますよ!」

 その若い警備員は即日退社し、二度とオフィスに戻ることはなかった。
 そんなことが続いて3ケ月、I氏の携帯に上司から電話が着信があった。実は当直にあたる人手がいないのでI氏に当直をお願いしたいという。
 
 「僕は営業部ですよ?部署が違うじゃないですか…」
 「社として誰もいないというわけにはいかんのだからとにかく協力してくれ」

 やむなくI氏はその晩オフィスに泊りこむこととなった。
 深夜0時過ぎ、そろそろ仮眠をとろうと隣にある和室に布団を敷いたI氏はオフィスの真ん中でパンッ!という乾いた打撃音が響いたのを聞いた。
 それと同時にヒタ、ヒタ、と裸足で歩きまわる足音がぐるぐるとオフィスを回るように聞こえ始める。
 (あの若い社員が言ってたのはこれか!)
 仮眠をとろうと室内を暗くしていたためI氏はとにかく部屋を明るくしなくてはならない、と無我夢中で明かりのスイッチを押した。
 パッという機械音とともに室内が一斉に蛍光灯に照らし出される。
 だが明るくなった室内はまったく無人の閑散としたものだったが、むしろ謎の怪音は激しさを増していった。
 今までは定規で叩くような音だったのが、次第に力任せに平手で机をたたくような音に変わっていく。だが見た目にはまったくいつもと変わりないオフィス……。
 I氏はこれ以上このオフィスにいるのは無理だ、と判断した。
 だがさすがは職業意識の賜物というべきか、I氏は自分がいなくなる前に電話を転送しなくてはならないと考えた。
 関東にいくつかの拠点を持つF警備保障はO市にも大きな支社を持っており、そこに電話を転送することにしたのである。

 「はい、F警備保障O支社でございます」
 「ああ、私本社のIと申しますが、これから私この現場を離れますのでそちらに電話を転送します!お願いします」
 「はあ?何言ってんの!困るよ!そんなこと言われても!」
 「で、でも今このオフィスに幽霊が出てるんです!もう私無理なんで出ます!」
 「落ち着け!いったい何を言ってるんだ!」
 「信じられないかもしれないですけど本当なんです!ほらっ!この音聞こえませんか?」

 そう言ってI氏が受話器をオフィスに向けたところ、壁にかかっている公安委員会の認定証の額がガシャーンと音をたてて落下した。
 さすがにこの音を聞いて向こうもただ事ではないと思ったらしい。

 「わかった。転送にしてもいいから早く会社を出て近くのコンビニにいって荒塩を買って蒔け!いいな?」
 「わかりました!」
 「お前もこんな夜中に悪さをしているからそんな目に会うんだ。これから注意しろよ?」

 I氏はこのときまで逃げることばかり考えていたが、なぜかこの言葉でハッと正気に戻った。

 「私………何か悪いことしましたか?」
 「そりゃだって……こんな夜中に社内に女連れこんでるじゃないか!」
 「私ずっと一人なんですけど……」
 「いますぐそこを出ろ!」

 半泣きになった言葉を最後にI氏は電話を転送して会社を飛び出した。
 会社のすぐそばにはコンビニがあったが、荒塩を買ってオフィスに戻ることなど思いもよらなかった。
 結局朝までI氏はそのコンビニでまんじりともせず同僚が出社してくるのを待った。


 その当日、I氏は仲間たちと連名で役員に事務所の移転を申請した。
 理由は幽霊の出没により社員の安全が守られないためである。
 経営側としては冗談ではない。
 オフィスを借りるというのはそれほど簡単なことではないし、名刺やパンフレットを含めた投資額を考えれば莫大なものとなる。
 まして会社は現在のオフィスに引っ越して3ケ月と少ししか経っていないのだ。

 「君、冗談を言ってもらっては困るよ」
 「このテープを聞いてもここで仕事が出来ますか?」

 それは昨夜のI氏とO支社の人間のやりとりが記録されたテープがあった。
 基本的に深夜帯の本社に対する電話はすべて自動的に録音される仕組みになっていたのである。

 
 「そりゃだって……こんな夜中に社内に女連れ込んでるじゃないか!」
 『ふふ……私のこと?』
 「私ずっと一人なんですけど……」
 『そうかしら?』
 「いますぐそこを出ろ!」
 『そのほうがいいわね』

 そしてI氏が転送のボタンを押す音でテープは終わっていた。


 
 この話が事実であるかどうかはわからない。
 しかしF警備保障がわずか3ケ月と少々でオフィスを再び移転させたことは事実である。
 I氏はその後退職したが、今でもそのテープは引っ越しテープという異名で本社に厳重に保管されているという。

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