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第8章 地下世界のマルディグラ

82: 大観覧車前の混乱

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 漆黒はメイムを追って、遊園地の地表ともよべる場所に到着した。
 鴻巣が落ち合い場所に指定した大観覧車は、地下世界遊園地の奥まったところ、そしてこの地表より更に一段下に広がっている地底湖の側にあった。

 観覧車は地上でも遊園地の花形スターだ。
 観覧車の前は広場状になっていて、多くの入園者達がいた。
 メイム・クリアキンは一直線に、観覧車前に出来た行列に向かって歩いていく。

「、、鴻巣はどこだ。」
 漆黒は周囲を観察した。
 すると観覧車の反対側の方向から、無謀にもこの人混みの中をゆっくり進んでくる車が見えた。

『バカ野郎!!』
 それはなんと、鷲男が運転する警察車だった。
 しかも、そのトップルーフには何処で調達したのか、この遊園地名の立体ロゴが取り付けてあった。
 周囲の人間達は当然迷惑そうにしていたが、その存在自体には、疑問を抱いていない様子だった。

 遊園地側の車に見せかけるつもりなのか、、。
 『そんな擬装が鴻巣に通用するか!』と怒鳴りたい気分になった漆黒だが、あの優秀な精霊がそんな子供じみた事をやったかと思うと、やがてそれは笑いの発作にかわりはじめた。
 緊張による精神疲労が限界に達しかけていた。
 漆黒はそれを止めるのに精一杯だった。
 ようやく気を静めて、再び列の最後尾についたメイム・クリアキンを補足しなおした漆黒は、この間抜けな出来事を、改めて考え直して見た。

 『いや、意外に鴻巣は騙されるかも知れない。奴は悪事を知らない大悪党だからな。』
 漆黒は鴻巣に直接会ったことはない。
 ないにも関わらず、鴻巣の事が良く理解できているような自分がいる事に、とまどいを覚え始めていた。
 そしてその鴻巣への自分の理解が間違っていないとも思っていた。
 その謎を解く鍵が原体である漆黒賢治にある事も判っていた。

 人の列が動き始めた。
 だがメイム・クリアキンはその動きに一瞬遅れた。
 他の事に気を取られた様だった。
 それに気付いた漆黒は、素早く彼女の周囲に視線を走らせた。
 ジャケットの下に着込んだパーカーで顔を包んだ男が、彼女に近づいてきていた。
 一見、大観覧車への列に並びに来たように見える。

『鴻巣だ!』
 漆黒は全速で走り出した。
 走りながら脇の下に吊したナノニードルガンを抜き出している。
 相手が通常の人間なら、こんな物騒なモノを使わなくても、次の瞬間に取り押さえられる筈だった。
 漆黒の視界の端で、鷲男がこちらに向かって突進して来るのが見えた。

『うまく行くか!鴻巣が力を発揮するまでにナノで動きを止め、他の客を避難、、、』
 めまぐるしく思考する漆黒の目に、フードを上げてメイム・クリアキンへ顔をさらした鴻巣が見えた。
 鴻巣が何を感じたのか、メイム・クリアキンに向けていた視線を、漆黒に向けた。
 漆黒を認めた鴻巣の目が大きく見開かれた。
 そして再び、その視線をメイム・クリアキンに向けた。
 鴻巣はこの時、総てを理解したようだった。
 幸いにも鷲男は、メイム・クリアキンに到達していた。

 メイム・クリアキンを保護した鷲男が化鳥の叫びを上げて、周囲の人間を追い散らかしている。
 「危険です!急いでこの場から待避してください!」などと叫ぶより、ずっと早い。
 鴻巣はメイム・クリアキンへの接近を止め、その場に突っ立っていた。
 一連の出来事に反応できないのではなく、考えていたのだ。
 この場から直ぐに逃走するか、メイム・クリアキンは無理だとしても彼女が持っているソウルガンのデータを奪取するかどうかを。
 それと同時に、かって見知った男の姿をした人物への強烈な興味が鴻巣を縛っていた。

 それは一種の余裕でもあった。
 鴻巣は自分の力に自信を持っていたのだ。
 それに次のヘブンへのテロ攻撃には、それ程時間的な余裕がない事もあった。
 そして次のテロには、どうしてもソウルガンが必要だった。


 漆黒は、その場から待避し始めた鷲男達と鴻巣の間に割り込むように、自分の身を滑り込ませた。

「久しぶりだな漆黒。積もる話は後回しだ。怪我をしたくなければ、そこをどけ。」
 漆黒はそんな鴻巣に何の反応も見せず、黙ってナノニードルガンを撃ちこんだ。
 問答無用だった。
 ナノニードルを被弾して、鴻巣の身体が一瞬にして沸騰蒸発した。

 ・・・の筈だった。
 鴻巣が消え去った筈の空間に、再び鴻巣の身体が出現した。
 但し、今度は全裸だ。
 ナノニードルで吹き飛ばされた衣服は再構成出来ない。

「古い友人に対して、随分なご挨拶だな?」
 優しげなの鴻巣の表情に、思わぬ凶暴な相が浮かび上がると、それは次にカミソリの刃の塊でできた立体に変化した。

 第二弾を打ち込もうとする漆黒に、カミソリ男となった鴻巣が接近してくる。
 真田が変化したカミソリ男より、強化改良されているのか?
 人間の数倍もの運動能力を持つ漆黒の待避行動が追いつかない。

 鴻巣に向けたナノニードルガンの銃身が、鴻巣の右手の一振りの先端に触れただけで消失した。
 まともにカミソリ男の攻撃を喰らったら終わりだ。
 だがここは踏ん張って時間を稼ぎ、メイム・クリアキンを逃がさなければならない。
 それが漆黒が彼女に約束したことだからだ。
 我が身を盾とし、身体の数カ所の皮膚を深くはぎ取られながら、漆黒は鷲男とメイム・クリアキンの姿を目で追った。

 もう待避し終わってもうよさそうなタイミングなのに、彼らはまだ近くにいた。
 なんと彼らは、逃げ遅れた人々に関わっているのだ。
 しかも、鷲男だけでなくメイム・クリアキンまで、座り込んだ幼児を抱きかかえている。
「くそ!大した盾にはならんが、俺の身体毎、くれてやる!」
 そう決心して鴻巣に向き合った漆黒だったが、そこに思わぬ援軍が入った。

「そいつから離れろ!」
 レオンの声だった。
 咄嗟に漆黒は後ろに飛んだ。
 レオンの機銃掃射は、漆黒の待避完了を待っていないようなタイミングだった。
 無数の銃弾がカミソリ男となった鴻巣の身体にばらまかれていく。
 しかし銃弾はカミソリ男の体表に触れた瞬間、水のように「蒸発」していく。

 カミソリ男になった鴻巣が、新たにこの闘いに割って入った肥満体の男を珍しげに眺めると、そちらに向かって一歩踏み出した。
 ナノニードルでダメージを与えられなかったのだ。
 機関銃などなんの意味もない。
 そしてレオンは、生身の只の太った人間だった。

 助けに入ろうにも漆黒の身体はもう上手く動かなかった。
 これが普通のダメージなら、漆黒は数分もあれば体力を回復できるが、ナノの打突で受けた被害からは中々回復できない。
 万事休すと思った瞬間、鴻巣の身体の動きが止まった。
 正に止まったのだ。

 レオンが一旦、機銃掃射を止めて、漆黒の側に来た。
「おたく、何か魔法でもつかったのか?」
 漆黒が荒い息で訊ねた。

「違う、お前の一発目のナノニードルがやっぱり効いてるんだ。それに俺の弾も、お前の後だから少しは効いてる、、奴は単純に弱って、いや故障し始めてるって事さ。」
 レオンの言葉を裏付けるかの様に、二人が見ている前で、鴻巣の身体が突然崩れ落ちた。
 しかし次の瞬間に、鴻巣がいた空間に再び黒い霧のようなものが立ちこめ始めた。
 それは、かってカミソリ男の真田が見せた龍への変身だった。
 レオンが慌てたように、その霧のなかに機関銃の弾を撃ち込んでいく。
 勿論、弾はその中を通過していくままだった。

「どこが故障だ!?それに今度の方が厄介だぞ。あの龍に変わった!」
 漆黒は苦しそうに一番大きく傷つけられた左腕の付け根を抑えながらレオンに言った。
 鴻巣の身体は、漆黒が言った様に、もう人の形に戻ろうとしなかった。
 何もない空間で、不安定な龍の姿を晒しながらとぐろを巻いている。
 ただ、まだ自分の身体の修理が完全に終わっていないのか、直ぐには攻撃に出ず力を貯めているようにも見えた。

「、、判ってる!俺のピギィが本体を抑えにかかってる。もう少し耐えろ!それしかない。」
 そう言ってレオンは、漆黒に肩を貸し、倒れそうになる彼を支えた。






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