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第7章 ブラザーシスター

79: 鴻巣からの指示

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 デインデの社用車から降りた後、帰宅する筈のメイム・クリアキンは、すぐにバースステーションの駅構内には入らず、その周辺を散策していた。
 バースステーションの周囲は、名店街がいくつもあり、若い女性が好むロケーションでもあったのだ。
 久々の休暇を得たメイム・クリアキンが、まっすぐ家に帰らず、この街に留まったのは自然といえた。
 例え、メイム・クリアキンが、鴻巣からの悪魔の誘いを受ける直前だとしても、その息抜きの行為は誰にも責められるものでもないし、現在の局面は、彼女が何処にいようが変わるものではなかった。
 そして彼女が、自分の家で震えながら鴻巣の誘いを待つよりまし、と考えても決して不思議ではなかった。

 少し買い物をした後、バースステーションにあるカフェの窓際に席を取ったメイム・クリアキンの姿を、通り向かいの車の中から監視しながら、漆黒はまるで自分が予め定められた運命に吸い寄せられているような気になっていた。
 自分が刑事として名を上げるのに役に立ったあの飛蝗人間、自分が初めて殺める事になった飛蝗人間の妹が、今、鴻巣徹宗逮捕の鍵を握っている。
 しかもその鴻巣徹宗は、自分の原体である漆黒賢治が何故か固執している相手なのだ。

「猟児さん!彼女に電話がかかってきました!どうも相手は鴻巣のようです!」
 鷲男の視力は尋常でない上に唇が読める。
 漆黒もその言葉で、現実に引き戻され、メイム・クリアキンの姿を見つめた。
 鷲男のように唇は読めないが、メイム・クリアキンの顔が明らかに緊張しているのが判った。

 そしてその目が、誰かの助けを求めている事も。
 その会話が終わり、メイム・クリアキンは自分のストリングをテーブルの上に置き黙ってそれを見つめていた。
 そして彼女は意を決したように、ストリングを手に取った。
 漆黒のストリングがなった。

「漆黒さん?クリアキンです。鴻巣から、たつた今、連絡がありました。」
「判っています。我々は貴方をずっと見守っています。安心して。あの飛蝗人間の事も知ってます。」
「、、、、、。鴻巣は、この後直ぐ、私にあのデータを持ち出させ、自分に協力するようにと言ってきました。」

「ソウルガンですね。データは、簡単に引き出せるんですか?」
「この近くにデインデの支所があります。歩いていける距離です。私が直接行けば、生体認証でソウルガンのデータを取り寄せる事が出来ます。」
 クリアキンは生体兵器のチーム主任だ。
 彼女自体が機密対象で、彼女が引き出せない機密データはない。

「それが終わったら、私が次に向かうべき場所を指定されています。1時間後、ソマステーションの西口です。そこで鴻巣は次の指示をするそうです。」
 漆黒は側で聞き耳を立てている鷲男に目で合図を送った。
 この内容は、即刻、イグドラシルを通じて、ジッパーのパーマー捜査官に送られる筈だ。

「猟児さん。彼女が前に鴻巣徹宗と直接会った場所を聞いて下さい。」
 鷲男が小声で言ってきた。
 『直接会った場所?』
 漆黒は、鷲男が何かに気付き始めている事が理解できた。

「クリアキンさん、貴女、初めて鴻巣徹宗の実物のあったのは、何処でした?」
「街中のカフェにある路上席でした、、それが何か?」
「いえ、いいんです。」

 鴻巣は彼女を人が多い場所、しかも屋外に呼び出している。
 それは何故か?
 そしてヤツは、あのジッパーのどんな隙間も見逃さない精緻極まりない探査の手からも逃れおおせている。
 それは、鴻巣が文字通り比喩ではなく、どんな隙間でも通過する事が出来るからではないのか?

 そのカラクリを明らかにするためのきっかけを、鷲男が掴んだという事だった。
 漆黒にも朧気ながら、その答えが見えかけていた。
 クリアキンの答えを、横で聞いていた鷲男が小さく頷いた。

「漆黒刑事、私どうしたらいいいんでしょう?こんな風に、ことある度にストリングばかりしてたら怪しまれます。鴻巣徹宗が、何処で私の事を見ているか判らないでしょう?でもこれからは鴻巣徹宗の指示にしたがって動くことになりそうだし。」
「今度は直接、俺の足で貴女を尾行しますよ。イザとなったら直ぐに駆けつけられる距離でね。でも鴻巣を抑えるために貴女を餌にするような事は決してしない。連絡の方も、貴女が命の危険を感じる時だけで良いですから。あとは、こっちでやります。俺を信じて。」
「、、ありがとう。」
 漆黒は通話を終えた。

「フレズベルク、バックアップを頼む。俺は車を降りる。出来るな?それと、お前が考えついたあの推論に自信がついたら、それをパーマー捜査官につたえろ。お前の推論が、正しけれゃ、俺一人で鴻巣は抑えられない。優れた協力者がいる。こればかりは他のジッパーじゃダメだ。パーマー捜査官でないとな。」
 今、漆黒の考えている事は、あのカミソリ男と闘った体験から来る直感だ。
 そして鷲男の推理は、今までの事象データの蓄積から来る高精度の推論だった。
 その二つの推理の確度が更に高くなって合致すれば、それを作戦に組み入れても問題はないだろう。

「おまかせを。けれど、目印手錠を持って行って下さい。私の鳥の目は、まだビルを透視できませんからね。」
 鷲男が言った目印手錠とは、高性能のGPS装置付きの手錠の事だ。
 もちろん本来は確保した人間の逃亡対策用にあるものだ。
 漆黒は車のダッシュボードから、その手錠を取り出すと、車から飛び出した。
 その先には、デインデ支所に向かって歩き始めたクリアキンの後ろ姿があった。


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