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第7章 ブラザーシスター

78: 飛蝗人間によるアドバルーン

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 メイム・クリアキンを乗せたデインデの車は、バイオファームの広大な敷地に入ったままだ。
 漆黒達は金網フェンスに囲まれた敷地内に入る事が出来ず、クリアキンの車が駐まった広大な施設駐車場が見えるフェンス側にいた。
 さすがに漆黒達は、そこまでは追っていけない。
 警察だと名乗れば侵入することは容易いが、漆黒達がやっているのは隠密の追尾だった。
 漆黒の焦りは一時高まり、レオンとの会話を思い出し大丈夫だと、それが収まる。
 そしてまた焦りがぶり返してくるのだ。

 レオンにメイム・クリアキンの話を打ち明けたとき彼は一時檄こうしたが、その後の対応は、素早かった。
 この事は、俺がジッパーに上げ、漆黒達を最前線の窓口にする形で、後は公安・警察・軍の全面展開にさせてみせると、レオンは言い切ったのだ。
 事態は動き始めた。
 少なくとも当面は、レオンの言った方向で事は動くだろうと漆黒は思った。

 ジッパーが動けば、物事は恐ろしく早くすすむ。
 主導権争いの中で、元から不安定だった連携が壊れただけで、各組織はそのままにあるのだ。
 そして今は、方向性が一致している。
 みんなが自分の名を上げるために、鴻巣の首を取りたがっている。
 だが、今の場面で、鴻巣の首を取れるのは、メイム・クリアキンと繋がった漆黒達しかいない。
 各組織の次の局面は、誰がこの漆黒の首取りに、協力し尽力したか?になる。

 漆黒など、相手の首を切り落とすための一本の刀に過ぎない。
 結局は組織の手柄になる、つまり実質的に、その刀を振るったのは誰かと言うことだ。
 鴻巣の首さえ取れば良い漆黒は、その事を特に気にしているわけではない。
 気になるのは、今までの経過で考えると、その競争の最中でさえ、お互いの足を引っ張るような事が起きないとは言い切れない事だった。
 漆黒の焦りの原因の一つは、そこにもあった。

「焦らないでやりましょう。こんなに上手く物事のタイミングが合って来たんだ。きっと鴻巣を確保できますよ。」
 漆黒の心理を読んだように鷲男が言った。

「先ほどイグドラシルに再接続を試みたんですが、今まで封鎖されていたメイム・クリアキンの今日の日程が引き出せるようになっていました。当然、デインデとイグドラシルの両方に対する、ジッパーの関与があっての事でしょう。つまり早速、私達に対するジッパーのバックアップが始まったと考えて良いのではありませんか?」
「、、勝利の女神様々だな。でメイム・クリアキンのこの後の日程は?」
 漆黒はパーマー捜査官の顔を思い出しながら言った。

「やはり彼女がやっていたのは、デインデ傘下企業の視察監督業務、特にバイオ関係だったようです。このバイオファームで、今日の仕事は終わりのようです。彼女の日程は、この後、社の車で、バースステーションまで送られた後、直帰する事になってます。彼女の普段の勤務状況から見ると、これは一種の休暇のようにも見えますね。彼女、働き過ぎです。」
 この鷲男は他人の心配までするのかと、漆黒は少しおかしくなった。

「データによれば、後5分程度でバイオファームの社屋から出てきますよ。彼女は時間に五月蠅そうだから、遅れる事はないでしょう。」
「、、これでデインデの仕事が終りか、、ここからだな。接触があるとすれば。」
「なんだか、嬉しそうですね?」

「いやピリピリしてるんだよ。こんなに運が向いてきても、負けるときは負けるんだ。勝負はいつも判らない、だが俺はこんな感じが嫌いじゃない。」
「大好きだの間違いでしょ。」
 そんな冗談を帰した鷲男だったが、その動きが一瞬凍り付いた。

「飛んで来ます!飛蝗人間が一体。北西からこちらへ一直線です!」
 鷲男が車から飛び出そうとした。
 鷲男なら側にある電流の流れた金網フェンスを一気に跳び越えて、クリアキンの車が止めてある場所まで数十秒で行ける。

「行くな!攻撃じゃない!」
「しかし、このままで行くと、明らかに数分後には、飛蝗人間はメイム・クリアキンに接触します!」
「俺の読みを信じろ!鴻巣が彼女を殺すわけがない。浚いもしない。鴻巣は彼女を利用したいんだぞ!奴の目的は、彼女に監視がついていないかを確認することだ。それともう一つは彼女への念押しだよ!」

「念押し?」
「そうだ。鴻巣は彼女の心の揺れを感じ取ってるんだろう。ヘブンへの恨みを忘れるなって事だよ。鴻巣は、飛蝗人間の姿を見た彼女が、決意を新たにすると思ってるんだ。そしてそうなる彼女の裏事情は、他の人間には判らないと思ってる。、、でもこれをやるのは、鴻巣が切羽詰まってるからだ。だから接触は、今日、必ずある。そのチャンスをここで逃がしちゃ駄目だ。」
 漆黒は自分の推理を一気に喋った。

「了解しました。でジッパーへの連絡はどうします?今はイグドラシル経由で、この状況を直ぐに報告できます。」
「、、少し遅らせろ。空振りはない、飛んできた飛蝗人間の事は、俺達がやらなくても、どうせ誰かが通報するはずだ、、。でも遅らせるんだ。飛蝗人間を飛ばしておいて、何も起こらなきゃ、かえって鴻巣が不審に思う。だが、早すぎるのは駄目だ、気取られる。だからジッパーには少し遅らせて連絡しろ。それに、あの飛蝗人間が捕まるか、逃げおおせるかなんて、俺達にとっちゃ大した問題じゃない。」
「猟児さん、また鴻巣の心を読みましたね。本当は鴻巣と知り合いじゃないんですか?」
「その内判るさ。俺も、お前も、、、。」


 メイム・クリアキンが社屋から部下と共にだだぴろい屋外駐車場に出てきた時、彼女達から10メートル程離れた位置に、一匹の異形が空から飛んできて地上に舞い降りた。
 バイオロイドの姿を日頃見慣れている筈のデインデの二人が、白日の下、翅をギリギリと摺り合わせ、二の腕で自分の複眼をぬぐっている直立した飛蝗人間を見て、ショックを受けているようだった。
 そこには普段自分たちが生成しているバイオロイドとはまったく別の、何か禍々しい生き物がいた筈だ。

 メイム・クリアキンのボディガードも兼ねていると自覚していた男性の部下の方が、先に正気を取り戻し、急いで彼女を車に待避させた。
 だが飛蝗人間は、漆黒の読み通り、そんな彼らの動きには何の反応も見せず、まるで飛ぶのに疲れたから休憩するために、この場に降りたのだという風に、再び空中に飛び上がり、何処かへ行ってしまった。
 この飛蝗人間の一連の動きは、結局漆黒の推理通り、表面上「辺境」近くで起こった昼下がりの珍事として、何のトラブルも起こさずに、ただ過ぎ去っていった。
 もちろん、その事がメイム・クリアキンにどんな影響を及ぼしたかまでは、誰にも判らなかったが。



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