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第7章 ブラザーシスター

75: メイム・クリアキンの告白

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「私、あなた方が来てからずっと考えていたんです。いえ本当は、あれをやった後からずっと考えていたのかも知れません。」
 そう言ったメイム・クリアキンの口調は、デインデ本社で会った時のものとは全く変わっていた。
 自信がなく、悲痛ささえ感じさせた。

「何を考えていたんです?」
「自分のやった事が、正しいのかどうか。そうじゃないか、、正しくないのは元から判っていました。そうじゃなくて、本当に自分がそうしたかったのかどうかをです。」
 漆黒は辛抱強くメイム・クリアキンの次の言葉を待った。

「でも貴方が今日いらして、同僚の死について触れた時、やはり違ってったんだと、間違ってたんだと、はっきり思い知らされました。私はあんな事を望んでない。思いを遂げる為には、ああいうことでも引き替えに出来ると思っていたのは間違いでした。、、テロのニュースとかを見ている時も、自分の心を凍らせて、何も感じないようにしてたんだけど、、。」
「わかりますよ。貴方はずっと感じてた筈だ。だから俺の話に激しく反応した、だから俺は貴方に電話番号を教えた。」

「、、それでも暫くは、私、この状況を、どう切り抜けようかって考えていたんです。何もせずにほっておいてもデインデが私の代わりに総てをなかった事にしてくれる筈だって。でも、そうしている内に、あの男から電話がかかって来た。あなた方が、追っている鴻巣徹宗からです。」
 漆黒は思わずストリングを握りしめ、目を瞑った。

「彼はなんと言ってきたんです!」
 漆黒は気持ちを抑えられなかった。

「バイオロイドを、もう一度改良したいから協力しろと。ヘブンは翅の対応策を考えるはずだから、それを上回る必要があると言っていました。」
「軍や警察じゃなく、ヘブンと言ったんですね?」
「ええ、それが彼と私の間の共通目的でしたから。」
 メイム・クリアキンは、自分の兄がヘブンに改造された事を知っていたのだ。
 ひょっとして彼女がデインデに入ったのも、内部から復讐を果たしたいからだったのかも知れないと漆黒は思った。

 ・・・ならメイム・クリアキンが、自分の事を知っている可能性も高い、しかしそれならそんな自分に電話をよこすだろうか?
 漆黒の心は揺れた。
 心の中のレオンがそんな漆黒を嗤っていた。
 しっかりしろ、お前は刑事だろうがと。

「でも私は、もうこれ以上、関係のない人達が死ぬことに耐えられません!」
「わかりますよ。当然だ。俺が協力します。阻止しますよ、絶対。だから俺に、全部教えてください、奴の事を。」
 口走っていることは支離滅裂だったが、メイム・クリアキンには伝わったようだ。

「最初は、突然電話がかかって来たんです。私は貴方の兄の友人だった者だと言って。」
「その時は、デインデに勤めておられたんですか?」
「ええ、大学を卒業して直ぐデインデに勤務してから2年後の事でした。仕事は充実していました。自分の力を思う存分発揮できるし、ここでの仕事は天職なんだって。」

 メイム・クリアキンが非常に優秀で、短期間の内に研究リーダーになったのは、事前資料で頭に入っていた。
 つまりメイム・クリアキンは、最初から何かの思惑があって、デインデに勤めたわけではないのだ。
 実の兄の飛蝗人間化と、その妹が飛蝗人間に代表される生体兵器生成に携わったのは、単に運命の皮肉という事だったのだろう。
 それを今の方向に流れを変えたのが、鴻巣徹宗だった。

「その後、鴻巣徹宗とは何度か話をしました。兄がヘブンから受けた仕打ちを聞かされた時は腸が煮えくりかえりました。でも正直に言って、私にはそれ以外に、鴻巣徹宗の豊富な知識や才能に見せられていた部分もあったと思います。それに、この社会に対する考え方も、社会がもう少しマトモだったら兄もああならずに済んだのではないかと強く思えるようになって来たんです。社会への批判は鴻巣の影響じゃありません。そしてその社会矛盾の最たるものがヘブンです。本当を言うと、その思いは、今も変わっていません。」
 漆黒はメイム・クリアキンが言った「ああなった兄」の詳しい様子を聞けなかった。
 その中に自分が含まれるかどうかが、怖かったからだ。
 それに今の問題はその事ではない。

「二人の共通の目的がヘブンの転覆ということに収斂されたと受け取っていいのですか?」
「ええ、あの飛蝗人間はヘブンの為だけに生み出されたものです。、、、ヘブンの奴隷。私達が作っているバイオロイド達とは目的が違う。バイオロイドは、この国を守り、その技術はこの国の多くを今も支えている、、、デインデはヘブンの影響からのがれ、真に国家の基幹産業になるべきだ。今まで本当に、そう思っていました。」
 メイム・クリアキンは鴻巣徹宗の魔法に掛けられたのだろう。

「失礼な質問ですが、あなたは八十体の飛蝗人間達の盗難に関わっていたのですか?」
「いいえ、それを知ったのは、随分後の事です。でも直ぐに、鴻巣徹宗の仕業だと言うことはわかりました。彼は、いよいよ本気でやるつもりなんだと。でもあの頃の私は、ヘブンが自分で自分の為に作り出したバイオロイドで、痛い目に遭うのは構わないと、軽く考えていたんです。」

「そしてその八十体に翅をつける話を、鴻巣徹宗が貴方に持ちかけてきたんですね?」
「ええ、彼はバイオロイドが素早く行動する事によって、事が迅速に運べ、余分な被害を出さなくてもすむのだと言っていました。」
 メイム・クリアキンは苦しそうに言った。
 おそらくこの頃には彼女にも、一般市民がまったく巻き込まれないテロなどあり得ないという認識があったに違いないのだ。
 だがその認識は、兄の復讐の念や、メイム・クリアキンの理想、いやそれらを上手く使った鴻巣徹宗の魔法によってかき消されたに違いない。

 メイム・クリアキンは語らなかったが、彼女が今の地位に上り詰めるまでに、どれくらいの屈辱や悲惨さがあったのかは、あの飛蝗人間を追って、その背景を探っていた漆黒には容易に想像がついた。
 その暗い炎を大きくしたのが、鴻巣徹宗だったのだろう。

「、、次の改造の為の協力を迫られています。断ったら何が起こるか判りません。私の身の危険の事だけを言ってるわけじゃありません。私には、彼の思考が読めませんが、彼は常に自分の思い定めた終着点に、最速でしかも最大の力が発揮できるよう柔軟に物事を進めます。それだけは確かです。常人が思っても見ないことを、彼は平気でやってのけるんです。」

「判ってますよ、その事は充分過ぎるほどにね。今度あなたと、鴻巣徹宗が接触する時が最大のチャンスだ。協力してくれますね?その後のあなたの事は俺がなんとかしますよ。俺は名前の通り、真っ黒けの刑事ですからね。」
「、、、、。」
 暫くの沈黙があったが、それは何を意味するのか漆黒にはわからなかった。

「最後に、なんで俺なんかに声をかけてくれたんです?あなたは、もう覚悟を決められているように思える。それだったら、もっと大きな所に話を持って行った方が後々が有利なはずだ、」
「あなたが信用できそうだから、、。私は今までそうやって生き延びて来たんです。もっともそんな私が鴻巣徹宗には騙されましたけどね。」
 メイム・クリアキンは寂しそうにそう言った。





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