上 下
75 / 89
第7章 ブラザーシスター

74: カミュ兄妹

しおりを挟む

 漆黒がバー・カミュのドアを開けた時、カウンターの向こう側でグラスを磨いていたアベル・カミュの目と、まともに会った。
 瞬間、アベル・カミュの顔が喜びで破顔したが、直ぐに決まり悪げに元の仏頂面に戻った。
 漆黒の反応も、同じようなものだった。
 漆黒はわざとぶっきらぼうにカウンターに近づくと、端の席に腰を落ち着けた。

「久しぶりだな。今日は、例の鷲頭の連れは一緒じゃないのか?」
「ああワケアリでね。又今度、連れてくるさ」
 カミュはWUWでは情報通だが、さすがに外界の精霊プロジェクトの変遷や、一人一人の精霊の行く末まで判る筈もない。
 それに今夜は、そんな事を喋りに来たわけではない。
 ただ漆黒は、バー・カミュの空間にいて、そこで幼なじみの顔を見たかっただけだ。

「お前んとここそ変わりはないか?司馬の野郎はどうだ?」
「司馬か?お前にしめられてからさすがに、ここには来ないな。でもやってる事は相変わらずだ。」
「、、奴らしいな。そういや、キアラの顔を見ないな。今日は遅でか?」

「キアラは今、赤ちゃんに夢中なのさ。」
「赤ちゃん?誰かと契約したのか?」
「いや、人間の捨て子だよ。」
「捨て子?WUWに赤ん坊を捨てる馬鹿な親がいるのか?猛獣の檻に赤ん坊を餌代わりに投げ込むようなもんだぞ。」

「いや、そうとは言い切れないさ。いいクローンに当たれば、人間より大切に育てて貰える、そういう話が一部の人間達に広まっているらしい。向こうの施策は、酷いらしいからな。まだ自分の子供に未練がある人間は、こっちを選ぶらしい。そして俺達の中に、そういうのを商売にして窓口を作った馬鹿がいる。その窓口に捨てに来る親からは金は取らない、人間のでもなんのでも良いから、赤ちゃんが欲しいと思うクローンは、そこから金を出して買う。」
 今の政府が酷いのは分かっているが、福祉の面でもそこまで衰えているのかと漆黒は思った。
 地上の栄養分の大半は、ヘブンに吸い上げられていると言うことだった。
 その残りカスを地上の強い人間たちが奪い去り、力の弱いものには、雀に投げ与える程のパンくずしか残らないという仕掛けだ。

「子どもの出来ない俺らクローンには、良いとも悪いとも、、なんとも言えない話だな。だが一つだけ言えるのは、WUWで育った人間が、大きくなってどうするんだって事だ。そのままWUWに残るのか?人間界に戻るのか?誰が考えたって、難しい問題が待ってるのは明白だ。」
「それでもクローンは子どもが欲しい、、、だろ?」
 カミュが悩ましげに言った。

「、、そうだな。特にキアラならそうなるだろう。、、、ならいっその事、父親も作れば良いんだ。俺らの契約家族の条件は、その赤ちゃんがいる事で充分成立してる。」
「心配するな、キアラには心に決めた相手がいる。相手次第だ。」
「決めた相手?そりゃめでたいじゃないか。あのジャジャ馬がな。俺達三人でつるんで悪さをして回ってた頃を考えると、嘘みたいな話だ。」

「いやめでたいくはないな、、俺はそいつのせいで、キアラを心配してる。」
「どこのドイツだ、そいつは。下手な了見を持ってる奴なら俺がシメてやる。どうせ俺は、ここを出た人間だ。何をやったって、おまえらに迷惑はかからん。」
「だからさ、その決めた相手は、お前だって言ってるの。」

「、、馬鹿言うな。」
「そうか、俺を馬鹿だって思ってるのか?俺から言わせれば、お前はいつかここに戻ってくる。負けて戻ってくるのか、何かを掴んでここに来るかはわからんけどな。俺はそれまで、キアラの気持ちが切れないんなら、兄貴としてそれでもいいと思ってる。だが切れたら別だ。そんときにキアラが何をしでかすか、それが心配なんだよ。」
 漆黒は黙ってグラスを見つめた。
 何か得体の知れないものに追い詰められた気分になってカミュに来た漆黒だったが、ここではここで、又、別の因縁が漆黒を待っていた。
 だがその因縁は、漆黒を拒絶しようとするものではなく、受け入れようとしていた。

 自分が過去にしでかした事を、一つの視点だけで見る事はない。
 それは見る者によって様々な意味を持っているのだ。
 本人が後悔していても、それほど酷くはない事もたまにはあるものだ。

 バー・カミュに、他の客が入ってきた。
 漆黒はその客から軽く顔を避けたが、客はそれを目敏く見つけたようだ。
 案の定、客は漆黒の事を知っていた。
 暫く客は、大人しく飲んでいたが、数分も経たずに漆黒に絡んできた。
 しかたがないので漆黒はそれに適当な相手をしてやった。
 WUWの中には、漆黒の事を裏切り者と呼ぶ人間が一定数存在する。
 誰がそうで、誰がそうでないのかは、その時になってみないと判らない。

 漆黒が、そんな相手のネチネチとした絡みを聞き流している最中に、胸の内ポケットにあるストリングの着信音が鳴った。
 漆黒は客に背を向けてストリングを耳に当てた。

「私、メイム・クリアキンです。貴方に話したい事があるんです。今、かまいませんか?」
 昼間とは打って変わったメイム・クリアキンの声が流れてきた。
 少し離れた所で、スツールがガタンと倒れる音がした。
 話の途中で電話をとった漆黒の態度に、男は自分が舐められたと思ったのだろう。

 男が物凄い勢いで漆黒の肩を掴み、自分に振り向かせようとした。
 漆黒はストリングを耳に当てたまま男に正対すると、空いた手を男の額に突きだして、内側に丸めた指をはじき出した。
 親指で止まっていた漆黒の指が男の額に飛び出すと、次の瞬間、それに弾かれるように男の身体がのけぞって後ろに倒れた。

「やれやれ、又、やっちまったな。今度のはよわっちいんだ、少しは手加減してやれ。」
 アベルが呆れたように言う。
 漆黒は、手で拝みながら店を出ようとした。
 ストリングの送話口は、自分の胸に押し当てて音を塞いでいる。

「その電話、急用なんだろ。だったら店の奥でとりな。こっちは後始末しておいてやるよ。」
 急いでストリングを耳に当てた漆黒は、アベルの好意に甘える事にした。

「何かあったんですか?やっぱり今はお邪魔みたいですね。」
「いえ、大丈夫。是非、その話をお聞かせ下さい。連絡をくれと頼んだのは俺のほうなんだから。」
 漆黒は自分が倒した男の身体をまたぐと、アベルが言ってくれた店の奥へと向かった。
 混み入った話になりそうだった。
 外で立ち話は、出来そうにもなかった。
 又、電話の次のチャンスもなさそうだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天泣 ~花のように~

月夜野 すみれ
ミステリー
都内で闇サイトによる事件が多発。 主人公桜井紘彬警部補の従弟・藤崎紘一やその幼なじみも闇サイト絡みと思われる事件に巻き込まれる。 一方、紘彬は祖父から聞いた話から曾祖父の死因に不審な点があったことに気付いた。 「花のように」の続編ですが、主な登場人物と舞台設定が共通しているだけで独立した別の話です。 気に入っていただけましたら「花のように」「Christmas Eve」もよろしくお願いします。 カクヨムと小説家になろう、noteにも同じ物を投稿しています。 こことなろうは細切れ版、カクヨム、noteは一章で1話、全十章です。

あなたのファンになりたくて

こうりこ
ミステリー
八年前、人気漫画家が自宅で何者かに殺された。 正面からと、後ろから、鋭利なもので刺されて殺された。警察は窃盗目的の空き巣犯による犯行と断定した。 殺された漫画家の息子、馨(かおる)は、真犯人を突き止めるためにS N Sに漫画を投稿する。 かつて母と共に漫画を描いていたアシスタント3名と編集者を集め、馨は犯人探しの漫画連載を開始する。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

かれん

青木ぬかり
ミステリー
 「これ……いったい何が目的なの?」  18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。 ※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...