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第7章 ブラザーシスター
73: 追いついてきた過去
しおりを挟む「あれで行けますかね?」
デインデ本社を引き上げる車を運転しながら鷲男が漆黒に言った。
「わからないな。しかし暫く待ってみて、動きがなければ彼女を浚う。浚って話を聞き出す。その時は手段を選ばない。」
「浚う、、って、」
鷲男が絶句する。
「覚悟はしてるんだよ。これはそういう仕事だ。そんな場面になったら、お前は俺から離れろ。前の奴は、それが出来なかったが、お前なら出来る。クールにやれ。俺は刑事面してるが、、、黒は黒だ、白じゃない。俺は黒だ。そしてお前はスピリットだろ?何時も言ってるじゃないか。」
「、、、、。」
鷲男は何も言わなかった。
その反応は予想出来たことだ。
鷲男の自分に対する想いは有り難かった、けれど、正直な所では重たい。
しかし、今の漆黒の煩いの思いは、別の所にあった。
メイム・クリアキンという名前を聞いたときから、何かを感じていたが、実際その本人とあった今、その引っかかりが、ますます大きくなっていたのだ。
そしてその何かが、『これは俺だけの仕事だ』と漆黒にそう囁いていた。
「とりあえず、これからどうします?当然、署に帰るなんて事はないんでしょう?」」
「そうだな、あのクリアキン姫が言ってたアミューズメントシアターの二・三倍程度の規模って奴を当たってみるか。虱潰しって訳には行かないから、リストアップとふるい分けはお前にまかせる。得意のイグドラシル、いやデータ接続とやらで、良さそうなのを2つ3つ見繕ってくれ。」
「判りました。瓢箪から駒が出ればいいですね。それにコレは、まだ刑事の仕事の範疇だ、、。」
ちっ、イザとなった俺から離れろと言った言葉に、まだ拘ってやがる、頑固な野郎だと思って、漆黒は走る車の外を見た。
そこには遠ざかっていくデインデ本社の、メキシコピラミッドのような台形の黒い山が見えた。
施設内の調査は鷲男に任せて、漆黒は当該施設の事務所でこれからの事、つまりメイム・クリアキンをどう拉致するか、そしてその後の段取りを具体的に考えていた。
後遺症の少ない強力な自白剤は確実に手に入れられる。
情報を得た後は、もちろん彼女を解放してやらなければならないが、直ぐにはダメだ。
漆黒が追われる立場の犯罪者になるのは、もう少し後でなければならない。
それをやったら、流石にもう刑事ではいられない、そういう事を漆黒はやろうとしている。
そんな気の進まない事を考えている内に、レオンから電話がかかってきた。
「お前が言ってたメイム・クリアキンの事だがな、面白い事が判ったぜ。彼女はお前に殺されたあの飛蝗人間の妹だ。」
その一言で、漆黒の引っかかっていた事が形になり始めた。
漆黒が逮捕した飛蝗人間の本当の名前は、雄夢・クリアキンといった。
忘れていたというより、漆黒は無意識のうちに、その記憶を自分自身で押さえ込んできたのかも知れない。
「、、人聞きの悪いことを言うな。殺しちゃいない、逮捕しただけだ。」
「けっ、大騒ぎになるような死闘を演じて飛蝗人間を逮捕、やつはその際のダメージが原因でその後直ぐに死んだ。殺したのと、同じだろう。」
「なんとでも言え。あの時はそこまでやらなきゃ、俺の方が死んでた。」
「だろうな。勘違いするな。俺はお前の事を責めてるわけじゃない。お前は宇宙から落ちてきた狂気の大量殺人鬼を逮捕したローカルスーパーヒーローだった。その事に問題はない。問題は、それが次の物語の始まりになってるって事だ。」
「、、どういう意味だ?」
「世間には、ひた隠しにされているが、あの飛蝗人間の中身は、ほんものの人間だ。お前は、勿論それを知ってるよな?」
さすがにレオンだった。
この秘密をもう調べ上げている。
「ああ、、。調べたよ。俺自身がやった事だからな。ケツは自分で拭く。」
「で、その蝗人間の本当の名前はなんてんだ?」
当然、レオンはその名を知っている筈だが、敢えてそれを漆黒に言わそうとしている。
「雄夢・クリアキンだ。」
「、、よく憶えていたな。人間、普通は嫌な思い出は忘れようとするもんだぜ。でもお前、メイム・クリアキンと、そのクリアキンが関係ないと一生懸命思いこもうとしてたんじゃないか?お前は何故か、亜人類絡みの判断になると、メンタルが極端に弱くなるからな。」
図星だった。
またその図星を容赦なく相手に突きつけるのがレオンだった。
「、、もう余計な話はいい。お前の名探偵ぶりはうんざりだ。、、二人はどういう関係なんだ?」
「兄と妹だよ。途中で生き別れている。だがな、兄貴の雄夢・クリアキンはあんな境遇に落ちても、妹への仕送りは続けていたらしい。でメイム・クリアキンは、その金で大学にも行けて首席で卒業ってわけだ。涙がでるな。」
「、、なんで彼女、バイオロイド関係の仕事をしてるんだ。彼女の兄貴は、バイオロイドに改造されたんだぞ。彼女は、それを知ってるのか?」
漆黒は自分の口の中が乾いていくのを感じた。
「さあな、さすがにそこまでは公安のエースである俺にも判らないよ。だがそんな裏の秘密を知っているのは、悪党ども以外では、俺やお前ぐらいのもんじゃないか?それと雄夢だって、自分が飛蝗人間に改造されたなんて事は自分の妹にはいいたくないだろうさ。、、でも彼女は長い間、名前を変えて生きてきた。本当の名に近いメイム・クリアキンにしたのは、彼女がデインデの生体兵器部門の研究リーダーになった時からだ。彼女が兄の裏の事情について何かを知っている可能性も大いにある。」
「彼女は暴走した飛蝗人間を逮捕したのは、俺だって事を知っていると思うか?」
「さっきも言っただろう。そこまでは俺には判らん。それにお前は自分の口で言っただろ。殺しちゃいない、逮捕しただけだって。事実はそれしかない。刑事が犯罪者を逮捕するのは当たり前の事だろ。」
憂鬱な気分だった。
自分で思い出すべきだったかも知れない。
他人に言われる事じゃない、、、いや相手がレオンだっからまだ良かったのかも知れないと、漆黒は沈んだ気分で、そう考えていた。
暫くして鷲男が漆黒の元に帰って来た。
「どうだった?」
「ここは何も問題有りませんね。」
「そうか。ブレス、今日はもうこれで終わりにしようや。俺はなんだか疲れちまった。」
「、、、。いつもなら、もう一軒回って見ようと言ってますよ。第一、車の運転も調査も私だけがやっている。いえ、不服を言ってる訳じゃない。私には鷲の目がありますからね。それでこういうケースでも大規模調査と同じ精度が保てている筈だ。、、、猟児さんには迷惑をかけていない。」
鷲男はレオンの電話を受けて暗い表情をしていた漆黒に、何かを勘違いしたのかも知れない。
「分かってるさ、そんな事。ただ疲れたのは本当だ。それに心配すんな。今度は何をやるにしても、お前に黙ったままやるなんて事はしないからさ。だから今日の所は、これでお開きにしようや。お前は車で署に帰れ。明日の朝、又会おう。」
「わかりました。」
一人になりたかった筈だが。
一人になっても気持ちはなにも変わらなかった。
鷲男と別れた後、漆黒の足は自然に、故郷であるウエストアンダーワールドの外苑にある彼の旧知のバー・カミュに向かっていた。
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