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第7章 ブラザーシスター

72: 漆黒の賭

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「八十体のバイオロイドを改造するとなると、どの程度の規模の施設が必要だと思われますか?」
 思わぬメイム・クリアキンの切り返しを受けて、鷲男が漆黒の代わりに、間髪を入れずに言った。
 まるでベテラン刑事を差し置いて、先走りする若い熱血刑事のようだった。
 上手いなコイツと、漆黒は舌を巻いた。
 クローン体の脳は基本的に原体に似る、多少は後でアレンジが加えられるが、つまり人間の脳だ。
 バイオロイド、中心的亜人間と言っても良いが、精霊の脳は生体コンピュータに近い、その差がこういう時にでる。
 普段考えてもいないことでも、きっかけを与えることで、その答えが一瞬にして情報として出てくる。

「ケンジメソッドのお陰で、一昔前のようにバイオロイド生成の為に巨大プロジェクトが必要だった時代は終わりました。今では信じられないくらいにコンパクトな設備でそれは可能です。そうは言っても最低、街のアミューズメントシアター程度の容量規模のある施設と電力が必要ですけれどね。更に一体の生成ではなく、八十体のメンテナンスをやる訳ですから、その二三倍は必要でしょう。これでお判りですか、もう一人の漆黒さん?」
 『もう一人の漆黒』、そう言われて漆黒はドキッとしたが、目の前の女性が漆黒の正体を知っている可能性は限りなく低かった。
 ゆえに、その言葉は天才科学者と同じ名字を持つ「馬鹿な刑事」への嫌みなのだと漆黒は理解した。

 漆黒の姓は珍しい方だろう。
 だがあのきれいな爆弾のせいで、各国の大量の難民を受け入れた今では、姓名の差異などを気にする人間はもういない。
 差異が気にできないほど多彩なのだ。
 音の組み合わせでは、何も辿れない。
 それに元からこの国は、鬼子檸檬が歌ったように流民の国なのだ。
 
「、、となると、この国の中心部分では無理で、辺境に行かなければ、そういう施設は造れないという事ですかね。」
 結局、会話の中心は、鷲男には渡らず、漆黒に戻ってくる。
 要するにメイム・クリアキンは、漆黒を警戒している。
 警戒しつつ漆黒の腹の中を知りたいのだ。

「貴方の横に座っているバイオロイドのように、亜人類は沢山生み出されています。現にデインデはその中心産業でもあるのです。つまりそういった施設は意外にたくさんあると言えます。しやがって、それを上手く擬装できれば、都市の中心部にそういう拠点を置くことも可能なはずです。なにも辺境と限ったわけではありません。そういったものを探し出すのが、あなた方のお仕事なのでしょう?それとも、その程度の能力もないのですか?」
 禁句とされている亜人類という単語を、メイム・クリアキンは事もなげに口にした。
 鷲男の機転で、一旦は話の流れを自分たちのペースに持ち込めたと思った漆黒だったが、それを維持するのは中々難しいようだった。

「厳しいご指摘ですね。では、私からもう一つお聞きしたいんですが、盗まれたデインデ製のバイオロイドには、翅はなかったとお聞きしています。しかし、あのテロに使われたバイオロイドには翅があった。普通に考えて、盗んだ人間、あるいはその関係者が後から翅を付けたという事なんでしょうが、そういう事は簡単にできることなんでしょうかね?専門家としての貴方のご意見をお聞きしたいんですが。」
「私達は八十体もの製品を盗まれた被害者なのですよ。その私達に聞き込みですか?」
 とうとうメイム・クリアキンの忍耐力が切れ始めたようだ。

「今回の件については、民間警備には勿論ですが、厳密に考えれば、警察機構にも法的責任がある可能性が有ります。我々が失ったのは、単にヘブンのメンテナンス要員ではないのです。その中身は、国家の軍事機密と同等の質を持っています。バイオロイドの実態が、世間にあまり知られていないのは、その存在を準機密事項として国家に保護されてきたからです。、、その筈だった。法務課は、その件に付いて、政府に訴訟を起す事を検討しています。あなた方はそういった状況下で、何を考えてか、私を容疑者あつかいして、妙な揺さぶりをお掛けになっている。、、許しませんよ。」
 メイム・クリアキンの舌鋒が鋭くなって来ていた。

「、、そんな。ですから言ってるじゃありませんか。事件解決の為の参考に色々お聞きしたいだけだと。」
 漆黒は自分の持っている飛びっきりのジェットブラックの表情で、そう言って見せたが、メイム・クリアキンには効き目がなかった。
 メタルフレームの眼鏡の後ろにある大きな眼と意志の強さを現した太い眉が真っ直ぐ漆黒に向けられたまま離れない。
 まるでその眼から殺人光線が今にも飛び出てくるような構えだった。

「、、貴方はデインデは被害者だと仰る、確かにそうかも知れませんが、こちらも警備に当たった人間に、少なからずの犠牲者が出ているんです。そこの所も、お考え願えませんか?現に私の同僚刑事は、私の直ぐ側で飛蝗人間に殺された、、。あなたに、その姿を見ろとは言いませんがね。私は見てる。」
 その漆黒の言葉に、メイム・クリアキンの強い視線がそれた。
 もう少しで本当の話が出来ると漆黒は思った。
 長い時間、前哨戦をしている訳にはいかない。

「バイオロイドにあの翅のような新たなパーツを付け加えるには、どういう手法が必要なんでしょうか?それは全く別の場所や、違う技術者の視点から出来る事なのでしょうか?神経接続はどうやるんです?私は同じバイオロイドとして、そのことに酷く興味があります。あいつは、自由自在に飛び回っていた。正に翅が生えたようににね。そしてもう一匹は、警備にあたっていた私の知り合いのバイオロイドを無茶苦茶に解体した。力づくでね。」
 鷲男が追い打ちをかけた。
 こういう所は、誰に似たんだろうと思ったが、自分がそう教育したのだと漆黒は気がついた。

「その質問に答えるのには時間がかかります。やはり直接の面談では無理があったようですね。後日、資料をつけて判りやすい答えを警察にお送りします。今日の所は、もうお引き取り下さい。、、ここに来るとき、法務部の人間が同行しようかと言ってくれましたが、仕事を中断された私は感情的になっていて、それを断りました。今となってはそれを後悔しています。」
 漆黒は、テロ被害者の話を聞いた時のこの女性の動揺に掛けてみようと思った。
 遠回りの段取りを仕掛けている時間はないのだ。

「最後に一つだけ。私も腹を割って言いましょう。我々は鴻巣徹宗という男を追っている。その男が今度のテロ事件の本当の首謀者だ。なんとしてでもやつを確保したい。主義主張とか警察の仕事がどうだとかの事は関係ないんです。奴をほっておくと、又、いずれ人が死ぬ。今度のテロは風変わりで、的はヘブンだけだと言われている。だがヘブンを守るために狩り出されるのは地上の人間達だ、、。俺には、たとえ仕事であっても、死んで良い人間がこの世に、それ程いるとは思えないんでね。貴方がもし、何かの情報をお持ちなら、それを教えて欲しい。そういう事ですよ。これは俺のストリングの電話番号です。警察にはかからないんで、安心してかけて下さい。」
 そう言って漆黒は、自分たちの間にあるガラステーブルに自分の名刺を置いた。


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