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第6章 グリーバンス進化形 理性を奪う病

68: 宝石人間の推理

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「すまないが、それを私の掌にのせてくれないかね。それで読める。今の私は上手く動けないんだ。どうも身体の結晶化がはかばかしくない。」
 掌にのせる?全部が意味の判らない言葉だったが、漆黒は素直にそれに従った。
 漆黒には時間がない。
 今日明日中に、自分の管轄区に戻らなくてはならない。

 宝石人間が差し出した掌は、正に、宝石で出来ていた。
 そんなのもが何故動くのか、漆黒には不思議だったが、とにかく、その手は人間のもののように、微妙に震えたし、カードを掌の上に置いた時はその重さに反応さえして見せた。

「まだ離れないでくれたまえ。直ぐに読み取りが終わる。私が自分で君にカードを持って行って返せるなら、こんな手間は取らせないよ。」
 宝石人間が面白そうにいった。
 『読み取る?ただ手の上に置いただけだぞ?』漆黒がそう思った途端、宝石人間が言った。

「ありがとう。もういいよ。カードは持って行ってくれ。そして暫く時間をくれ。そうしたら君のリクエストにこたえよう。」
 漆黒はカードを掌から摘み上げると、それをポケットになおし、椅子に戻った。
 宝石人間はゆっくり自分の椅子の肘掛けに腕を戻しつつあった。


「見つけたよ。君の捜している人物を見つけるヒントは、あの飛蝗男の翅にある。つまりあの翅を作った人物だ。」
「翅?翅ってあれは、鴻巣徹宗が改造したものじゃないのか?奴ならそんなことは簡単にやるぞ。」
 漆黒はカミソリ男や、SCキットの事を思い出して言った。

「いや、そうじゃない。確かにこの時代の飛び抜けた天才達は、なんでもやってのける、、それでも何処かで出来ない分野が出てくるんだ。人間であり続ける限りは、何処かで限界が来る。つまり、ソレをやるには、どんな天才であっても、時間が足りないって事だよ。現在のコンピュータの処理速度は目が眩むような早さだが、いくら性能を上げようがやはり0にはならない、それと同じだ。人間の場合は肉体がその邪魔をする。」
 カミソリ男のあの人間離れした姿を知っている漆黒には、この言葉への判断が出来なかった。
 だがこの男は自分の身体を宝石に変え、データカードを何の機械にも読み込ませずに、一瞬に読み取ったのだ。

「この飛蝗人間はヘブン純正だ。つまり言い換えると、鴻巣徹宗自らが造ったモノではない。現在のネオヒューマノイド生成の基礎技術を完全なものにし、更にその上で、無限の可能性を付与したのは漆黒賢治だ。その後、その技術は拡散し、又、枝分かれした。飛蝗人間はその一つの枝に付いた果実だ。だからといって、その果実に別の枝にいる鴻巣徹宗が、簡単に手を加えられるのかというと、それは難しいんだよ。それでも彼は、この飛蝗人間の脳を改造してる、大したものだ。彼の持っている技術が、飛蝗人間の脳改造に応用できたんだろう。彼がその応用を、趣味でやっていたのなら、時間を掛けて自分自身で翅もつけられただろうね。だがそれでは鴻巣徹宗のやろうとしている事には間に合わない。」

 飛蝗人間の脳改造か、、真田は最後の最後に、自分の身体からナノを分離して、それを遠隔操作、、いやまるで自分自身を二つに割るような事をやってみせた。
 あの遠隔操作技術に良く似たものを、その脳改造で飛蝗人間に仕掛けたのか、、、。
 そう言えば、俺だって、俺の記憶には漆黒賢治のものが巧妙に仕込まれている、、。

「それで?そこから何が判る?」
 漆黒は自分の口が渇いているのが判った。
「君は元の飛蝗人間を生成した企業に、鍵を握る人物がいるとは考えないのかね?」
 宝石人間の瞳が輝きをました。
 それは光の反射の加減だけではあるまい。

「その人物は、軍需企業デインデの生体兵器部門の研究リーダーだ。翅と翅を稼働させる動力、本体との神経接合、飛蝗人間の構造を熟知し、あれだけの質量を自由に飛翔させる技術を持つ者、特定するのは簡単だ。」
「ちょっと待ってくれ、鴻巣徹宗は、なぜ飛蝗人間に目を付けた?奴は過去にも飛蝗人間に関わろうとした形跡があるんだ。」
 漆黒は真田兄弟の事を思い出している。
 それにこの宝石人間は、この短時間で、どうやったのか飛蝗人間関係の様々な情報を把握していた。

「鴻巣徹宗は、飛蝗人間というより、それを産みだした企業に興味があったんだろう。デインデだよ。飛蝗人間はシャフトの補修マシンとして認識されているが、あれを作ったのは、それをヘブンに委託されたデインデだ。ところでブラックパール。この国には、攻めてくる相手もいないし、攻める相手も居ない、なのにデインデの業績は堅調だ。何故か、判るかい?」
 漆黒は「何を言いたいんだ?」とは言えなかった。
 宝石人間はすっかり漆黒の思考を読み取って先回りをしていた。

「ヘブンがデインデを支援してるからだろ?」
「じゃなぜ、ヘブンはデインデを支持し続ける?デインデは武器を、中でも特に生体兵器を作り続ける?」
「その内、無理やりにでも、何処かの国に戦争をしかけるつもりなのか?」
 すっかり相手のペースに填っていることは自覚できたが、そこから逃れることは漆黒には出来なかった。
 いつもは容疑者達にやっている尋問を、今自分は、されているのだと思った。

「かも知れないね。でも戦争はトコトンはやらないだろう、適当な所で引く。それに仕掛ける国には、我々と同じようなヘブンがある筈だ。地上は別にして、彼らヘブン同士では別ルートの会話がなりたつのではないかね?」
「戦争の出来レースが出来るというのか?」
 センチュリアンズ計画の存在を知らなかった頃の漆黒なら、宝石人間の言葉は完全なヨタ話に聞こえた筈だが今はそうではない。

「それで死ぬのは、地上の人間だけだ。ヘブンにとって都合の良い数まで、人間が減った時点で闘いは終わる。それにヘブンは、自給自足の体制が整いつつある。戦争の影響は受けない。、、でもそれはまだ、ヘブンがデインデを支持し続ける理由じゃない。いくらヘブンだって、自分たちを崇める地上の民が居なくなってしまっては困るのさ。つまり、、その為の生体兵器の生産だ。彼らは、未来の新たなる地上市民のテストケースなんだよ。人類滅亡、その日が来ても、人間と亜人類を入れ替えればすむ。」

「! そんなのは、絶対間違っている!」
 思わず漆黒は声を荒げた。

「ほう、何故かね?君はクローン人間だろう?飛蝗人間だとか、精霊だとか、もうすぐ亜人類の世界がやってくるんだぞ?」
「そういう話じゃない!自分達の奴隷を作るために、心のある生き物を作る行為自体が、間違っているって言ってるんだ。」
「そうかな?それは神と人間の関係に似ていないか?」
「違う!神は人間の心が作ったものだ。神は人間が居なくなれば、この世から消える。」
 それは何時も漆黒が考えていた事だ。

「、、、信じられない、いくらヘブンでも、、、。それにあんたの言い草は、あのテロ組織と似たり寄ったりじゃないか。あんたは、ヘブン打倒を叫ぶ奴らが正しいと言っているように聞こえる、」

「違うよ。なあ、ブラックパール。地上の人々が、なぜヘブンに逆らわないか判るかい?そしてヘブンは自分達の抱いてる野望の成就を、なぜ先伸ばしているのか判るかい?ヘブンには、二つの派閥があるが、この二つの派閥が対立してるのもソレが原因だ。、、さっき言いかけたが、地上の人間と、ヘブンはお互い依存関係にあるんだよ。君自身が口走った言葉を思い出したまえ。ヘブンは神の投影像だ。どちらか一方が倒れた時に、この世は終わる。ヘブンも、地上の人間も、本能的にそれを理解しているという事だ。だがヘブンには、地上の人間を総て亜人類に入れ替えれば生き残れるチャンスはある。その二つの考えを巡ってヘブン内は常に対立しているんだ。現在は人類駆逐派の方が優勢だ。鴻巣徹宗は、ヘブンの駆逐派がそのチャンスを掴む前に、地上の人間をあおり立てて、ヘブン自体を潰そうと思っているのさ。つまりだ。結果的にこの世界は滅びる。滅びが遅いか早いか、あるいはその形が違うだけだ。」

「それをしたり顔で、この俺に喋ってるあんたは、やっぱり鴻巣徹宗と同類のような気がするがな、、。」

「違うと言っただろう。鴻巣徹宗は、心の底の何処かで、人間が目覚めて再生するのではないかという希望を捨てきれないで居るはずだ。マルディグラの作戦の失敗は、あれだけの爆弾を使ったのに、世界が何も変わっていない事で、明白だろう?なのに彼は、未だにマルディグラのやり方に固執している。私は、この世の中が終わればいいと思っている。人間に再生の望みはない。私がマルディグラなら、あの爆弾をわざわざ、核施設や軍事施設のある場所を避けて使うなんて事はしなかっただろうね。全くその逆をやる。、、ただ、私からすれば、世界をわざわざ壊す必要なんてないんだ。ほっておけば自ら滅びるからね。」

「それであんたは宝石になって、この世が終わるのを見届けたいのか?」
 その問いに、宝石人間は黙って漆黒の顔を見つめている。
 もちろんその表情からはどんな答えも窺い知る事はできなかった。



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