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第6章 グリーバンス進化形 理性を奪う病

65: 飛蝗人間の襲撃

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 ブブブブッという無数の羽音を伴って、サブエヤーロードの巨大な空洞の中空にそれらは浮かび、漆黒達のいる方向へ突進しつつあった。
 飛蝗の大群。
 いやそれは、翅の生えた飛蝗人間の大軍だった。

 少しでも自分の体重を軽くしようというのか、彼らは銃器類の類を身に付けていなかった。
 腰のベルトには、中身が詰まったポーチが連なっていたが、どうやらそれらは爆薬のようだ。
 もしこの時点で、彼らに空中から機銃掃射のような事をされていたら、逃げ場のない漆黒達は即座に殲滅されていただろう。

 彼らには、はっきりした目的があるようだった。
 だがこの飛蝗人間軍団は、自らの目的遂行以外の事には、目もくれないという訳でもないようで、一匹の飛蝗人間が、空中の群れから離れて、漆黒達の前に舞い降りて来た。

 漆黒は、この飛蝗人間に、見覚えがあった。
 凶暴なオーラが、飛蝗人間の身体中から立ち昇っている。
 過去に自分と死闘を繰り広げた、ヘブンのシャフトから落ち、犯罪者となったあの飛蝗人間と同じタイプだ。
 あの時と違うのは、目の前の飛蝗人間には、その背中に翅が生えていることだ。

 厄介な状況だった。
 この緊急事態を本部に報告しようにも、強力なシールドを施されたエヤーロードの中では、専用の回線を使わない限り、外部への連絡が出来ない。
 鷲男のイグドラシルも効かないようだった。

 外部への専用通信装置は、飛蝗人間の向こう側にあった。
 ツルツルの壁の一部が、ラグビーボールの縦半分の形で盛り上がっている。
 通信装置はその中だ。

 この状況を、ジッパーら政府は、把握しているのだろうか?
 把握していないなら、飛蝗人間らはものの数分の内に、クリーンセンターの中心部にたどり着くだろう。
 こうなったら、どちらかが飛蝗人間と戦って、その間に残りの一人が、本部へこの緊急事態を知らせるしかない。

 鷲男と漆黒が目を合わせた。
 戦闘能力で言えば、鷲男のほうが若干漆黒を上回るはずだが、漆黒には前に一度、飛蝗人間と戦った経験がある。

「こいつとは、俺がやる!」
 漆黒は気を送った。
 鷲男はそれを読み取ったようだった。

 飛蝗人間はギザギザの歯が剥き出しになった顎を前に突き出して威嚇しながら、その真っ赤に燃える複眼で、二人を睨み付けている。
 まるで動物そのものだった。
 漆黒の背に寒気が走った。

 『こいつは前の飛蝗人間とは違う。前のも狂っていたが、前のヤツは元は人間だった。ひょっとしてこいつは、ヘブンの純正なのか?なら何故、旅団の手先になってる?』
 第三世代カーボンナノチューブ素材の外骨格で形成された手、そしてその外骨格の上から更に超合金をコーティングした飛蝗人間のかぎ爪が獲物を求めてガチガチとなった。

 拳銃を撃ってもダメージを与えられない。
 かぎ爪はどんなものでも引き裂く。
 元は宇宙空間という過酷な環境下で、作業を進めるために与えられた身体能力だが、それを地上で使えば恐ろしく戦闘能力が高い。

 漆黒は拳銃を抜き出して撃った。
 効果がないのは判っている、尚更、それは豆鉄砲と呼ばれる警察標準装備の制式拳銃だった。
 正式な任務では、それ以上のものは持ち出せない。
 超高空から落ちて地上に激突しても平気でいられる相手の身体には、着弾の衝撃すら与えられないだろう。
 それでも撃ったのは、飛蝗人間の注意を自分に惹き付ける為だった。

 だが飛蝗人間の注意は、未だに鷲男と漆黒の二人へと等分に注がれている。
 飛蝗人間は、動物のような凶暴さと、鍛え抜かれた観察力を同時に兼ね備えているのだ。
 漆黒は、自分が無傷で戦える相手ではないと腹を括った。

 漆黒が間合いを詰めて、飛蝗人間の懐に飛び込んだ。
 それを待っていたかのように飛蝗人間のかぎ爪が打ち込まれてくる。
 幸いにも動きのスピードだけは、ほぼ互角だった。
 宇宙空間での補修作業で「早さ」はそれ程要求されないのだろう。

 それでも飛蝗人間の攻撃を避け続けるのは容易ではなかった。
 何度か、そのかぎ爪は漆黒の身体をかすっている。
 もちろん漆黒のスーツは、ずだぼろだし、その下の耐ショックアンダーも効果を失い始めていた。

 漆黒は前の「闇の舟」でやった、アンカー内臓の手錠を使うことを考えた。
 だが相手の動きを封じる手錠を打ち込むのには、漆黒が繰り出すのは普通の打突攻撃だと思わせておく必要があった。
 この飛蝗人間なら、自分の手首に打ち込まれようとする手錠から逃れる事も、又、それを撃ち落とすことも、いとも簡単にやってのけるだろう。
 状況の変化に対する対応力が恐ろしく高い。
 油断と言うか、手錠の機能を知らない者が見せるだろう、単純な反応を利用するしかない。
 かすかなスキを突いた一回切りの勝負だった。

 漆黒が飛蝗人間の手首に手錠を打ち込めたのは、奇跡的なタイミングだった。
 このタイミングを生み出すために、漆黒は相当なダメージを受けていた。

「確保!」
 その瞬間、漆黒は飛蝗人間とすれ違うように、前の空間に飛び込んで床に前転ダイブした。
 手錠から無数の糸が床に向けて発射され、次に床に食い込んだその糸を、手錠が巻き取った。
 しかしなんと、飛蝗人間は、その巻き取りを腕の力で止めてしまった。
 そんな芸当が出来るのは、もはや人間とは呼べぬ超重量級のマシンマンだけだ。
 漆黒は、ちらりと鷲男の方を見る。

 鷲男は漆黒が戦っている隙きに、少し離れた壁面にある非常電話に取り付いていた。
『良くやった!良い子だ!』
 漆黒がそう心の中で喝采を送った瞬間、飛蝗人間が手錠の糸を床から引き抜いた。
 マシンマンでさえ縫い止める事が出来る糸を、引き抜いたのだ。
 『なんて野郎だ!』
 かなう相手じゃない、、逃げるか、、死を選ぶか、、漆黒はそんな選択を考え始めた。

 通話を終えた鷲男が、飛蝗人間の後ろに回り込んでいた。
 二人で挟み撃ちにしようという算段なのだろうが、それでも通用しないだろうと漆黒は思った。

 『止めろ!ここは逃げるぞ!それぞれ、別方向に走る。それでどちらかが生き延びられる!』
 自分の思いが鷲男に伝われと漆黒は念じた。
 だが鷲男は、飛蝗人間に突っ込んできた。

「バカ野郎!」
 一代目・鷲男の二の舞だ、、漆黒は覚悟した。
 飛蝗人間が、突然飛び上がった。
 だがそれは、次の攻撃の為の飛翔ではなかった。
 飛蝗人間は、そのまま二人を残して、飛び去ってしまったのだ。
 鷲男と漆黒は暫くの間、呆然とその場に突っ立っていた。

「、、、なんでだ?」
「この奥で、本格的な戦争が始まったんじゃないですか、、。奴は援軍に行ったんですよ、、。この調子だと、ひとたまりもないかも、知れない。」
「ひとたまりもないって、どっちがだ、、」と悔しそうに言ってから、漆黒はある事を思い出し青ざめた。
「神山達は、どうなった!?」


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