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第6章 グリーバンス進化形 理性を奪う病

64: 配置の理由

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 フジコ・ヘミングウェイ・パーマーの言った状況は、向こうから直ぐにやって来た。
 それだけ、旧テロ組織から生まれ変わった赤・フォルモサ・ダイオワン旅団の侵攻スピードが凄まじく早く、激烈だったという事だろう。

 ヘブンの「傘の下」を中心とした大都市が、突如、大規模停電にみまわれ大混乱を起こした翌日、赤・フォルモサ・ダイオワン旅団の犯行声明が出された。
 その内容は今までのものとは違って、ヘブンに対する敵意が色濃く出ていた。
 『思い出せ。世界が闇に陥った時、ただ一つ輝いていたのは、我々を抑制支配するヘブンとそれを支えるシャフトの光だけだったろう。だが、その光の源は、全て地上のものだ。彼らは、地上の富を吸い上げ、地上が闇に落ちたときも、その栄養分で光輝く、、、』

 大停電を引き起こしたのは旅団自身であるから、この言い草は矛盾しているのだが、少なくとも地上の人々の心には、その時、闇に覆われた地上から、夜空に輝くシャフトとヘブンの底を見上げた時の光景が、心に焼き付けられた事は確かだった。
 それは多くの不満と嫉妬の種を宿していた筈だった。
 そしてこの犯行声明は、次のヘブンへの攻撃を予告して閉じられた。

    ・・・・・・・・・

 第七統合署の一刑事、しかも派遣刑事の漆黒にも、対テロ警備の仕事が回ってきていた。
 当然、正規職員の刑事達にも、この任務はまわってきている。

「俺がなんでこんな目に合うんだ。」
 その声は単に愚痴を言っているだけではなく、少し苦しげだった。
 神山には、閉所恐怖症の傾向があり、その上、この空間は外部への連絡手段が制限されていて、それが尚更、神山の心を圧迫していた。
 サブエヤーロードと呼ばれる周囲のガランとした巨大空間を見渡しながら、そう呟いた神山の顔を、牛男のクダンが心配げに見つめた。
 見た目は鬼をもひしぎそうなクダンだが、主人に対する忠誠心は強く繊細だったのだ。

 第七統合署の刑事である神山は、なぜ自分が、ヘブン専用のクリーンセンターというこの警備場所に回されたのかが、理解出来ないでいた。
 神山は、自分でも情けない話だと感じながらも、こんな場所には、軍か民間の精鋭が配置されてしかるべきだと思っていたのだ。
 こんな事は、捜査が主な任務である刑事の仕事ではないと。

 実際、このクリーンセンターの周囲は、武装した軍や民間警備によって固められているし、センター内のコントロール室などの要所にも彼らがいる。
 なぜここに自分が配置されているのか判らないのだ、人数が足りない等という事はあり得ないはずだからだ。
 現に他の刑事達は、街の治安警備や監視、テロ便乗犯罪対応に回されている。
 要人警護ならまだしも、これは到底、刑事がやるような仕事ではない。

 しかも数十メートル離れた、サブエヤーロードが分岐する位置には、何と派遣刑事の漆黒と彼の精霊がいる。
 この配置抜擢の理由として考えられるとしたら、刑事達二人が、精霊を従えているという事だった。
 自分の精霊である牛男のクダンは、その能力だけを取り出してみれば超人といって良かった。
 だがまだ、独立自立した存在ではない。
 問題解決の為には、自分の指示やサゼスチヨンが必要だった。

 そんな状態の精霊が、いくら戦闘能力が高いと言えど、テロ攻撃に対応できるのだろうか?
 そういう疑問が、一旦自問自答の形で今の状況を納得し始めた神山に、又、湧いて来るのだった。
 実は神山のこの配置は、ジッパーが、漆黒をこの場所に置くために付随して起こった事に過ぎないのだが、勿論、そんな事を神山は知る由もない。

 だがこの配置に戸惑っていたのは、漆黒も同じようなものだった。
 漆黒も神山と同じように、あれやこれやと思いを巡らせていた。
 ヘブン用リサイクルセンターの警備要員として配置されたのはパーマー捜査官の思惑が働いているのは判っていたが、これが鴻巣確保とどう繋がるのかが、今ひとつ見えて来ないのだ。

『旅団の奴らが何故、地上にあるヘブンのリサイクルセンターをテロ対象にしたのかわかるか?』
 漆黒はサブエヤーロードのツルツルで光沢のある床に座り込んで、そう言ったレオンの言葉を思い返していた。

『ヘブンの奴らにダメージを与えるだけなら、地上のシャフトあたりを標的にするのが手っ取り早い。でもそうすると、少なからず地上に被害がでる。昔みたいに、とにかく人々に恐怖心を与えれば良いという考え方を、今の赤・フォルモサ・ダイオワン旅団はしなくなっているんだ。奴らが考えているのは、ヘブンと地上の切り離しだ。その内、ヘブン本体にもテロ攻撃を仕掛けるだろうが、その頃には、地上の人間達は、自分たちの上にヘブンの残骸が落ちてくるのは、旅団のせいじゃなく、ヘブンがあるせいだ。そう思ってるように、し向けたいんだろう。』
『それは判ったが、なぜクリーンセンターなんだ?』

『ヘブンはヘブンで、自分たちはいつか地上から離脱したいと思ってる。地上とのシャフトなしに、正にヘブンとして地上を支配したいんだ。でも今のところ、上下水と廃棄物だけはどうしても自前の閉じたサーキットができなくて地上に頼っている部分があるんだ。旅団はそれを知っていてやっている。つまりヘブンに物理的な圧力を掛けているわけだ。』
『一体、旅団の最終目的は、なんなんだ?まさか地上の人間を、ヘブンの支配から解放するなんて事を本気で考えているのか?』

『マルディグラの思想だよ。、、人類は禊ぎをして、神の復活を待つべしだ。ソレでなければ、真の救いはない。、、って事だよ。ヘブンの地上からの切り離しと破壊は、その禊ぎの第一歩だ。』
『狂人と狂人の闘いだな。そういうのに、俺達は借り出されているわけだ。』

「、、、狂人と狂人の闘いだ」
 頭の中で考えていた事だが、それだけは独り言として漆黒の唇から溢れ落ちた。
「旅団とヘブンの事ですね。」
 そう言った鷲男の反応に漆黒は驚いたように、その嘴の上にあるまん丸の目を見た。
 ・・・お前は俺の思考が読めるのか?そんな気分だった。

 今回の任務に辺り、二人共、旅団の考えるテロ活動の動機を含めたブリーフィングは受けていたが、そこにヘブンに対する批判的な評価等、登場するはずもなかったし、漆黒は今まで鷲男の前で、あまりヘブンの話は持ち出さなかった。
 勿論、その理由は、漆黒自身が過去の嫌な体験を思い出すからだ。
 ならば今、この対テロ戦が狂人同士の戦いに似ていると判断したのは、この精霊自身だと言うことになる。

「ヘブンは、この国の法令と行政構造の中では、単なる宇宙空間に突出した政府の出先機関に過ぎない。多くの人々はそう思って、ヘブンの圧倒的な支配下にある現実を無視して、自分たち一人一人がいまだにこの国の主人公なのだと幻想を抱き続けている。だから今の所は、赤・フォルモサ・ダイオワン旅団が、この施設に対して行った破壊宣言は、自分たちへのテロ攻撃だと思っている。ところがヘブンは、ヘブンの事しか考えておらず、地上の我々を使役する動物のように考え、その中でも番犬に当たる軍や警察を使って旅団を追い払おうとしている。・・そう、考えているんでしょう?私も猟児さんの分析には同意しますよ。」
 鷲男は頭が良くて、反応が早かった。

 『こいつは全く前の精霊とは違う』と漆黒は一瞬思ったが、本当は前の精霊だって色々な事が分かっていたのに、俺の前ではあまりそれを言わなかっただけなのかも知れないという気がしてきた。
 そうだ、最後の方の鷲男は、女に惚れられる程の器量を持っていたじゃないかと。
 『いやそれに、こいつはまるっきりのサラじゃない。前の鷲男を引き継いでいるんだ。ちょうど俺があのクズ野郎を引きずってるのと同じように。』

「じゃ、フレズベルク。お前の得意な情報分析で、旅団の襲撃がいつ始まるのか予測してくれないか?それと本当に奴らの狙いは、宣言通りここなのか?裏を掻いて、別の場所という事はないのか?奴らはテロリストなんだぞ。」
「旅団は4の月にやるとしか言ってませんよね。でもそれを言った時点で、政府は対応策をとる。その上で渡り合う覚悟でいるんだから、旅団はその日にちを指定したって良かったはずだ。つまりその攻撃開始までの間に彼らは他の事を仕掛けるつもりなんですよ。現に、あの宣言を受けてから、世論が徐々にですが変わり始めている。旅団のやる事を、従来のテロリストが取ってきた手法で判断すると読み誤ると思いますよ。でも、今月中には、必ず宣言通り、この場所に攻撃を仕掛けてくる。自分たちの力を誇示するためにね。」

「おいおい、俺が聞いてるのは、それが何時かって事、、、」
 と言いかけて、猟児は突然、周囲の空気に異変を感じた。
 それは鷲男も同じだった。

 サブエヤーロードは正に、空気の通り道だ。
 巨大焼却炉に回っているメインの無人ダクトとは違って、ここは普段、別の使用目的で使用されているが、イザとなれば焼却炉の方に空気輸送の為に転用される。
 言わば巨大なエヤーダクトだ。
 つまり言い方を変えると、この建物の何処かにある空気取り込み口と繋がっている。

「、、、感じるか!フレズ?」
「ええ、何かが、近づいて来ます!」
「神山に、知らせないと。」
「もう遅い!来ました!」
 鷲男の頭部の羽が最大級の危機を知らせるように逆立ち、膨らんでいた。





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