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第6章 グリーバンス進化形 理性を奪う病
60: 誘惑と手錠
しおりを挟む「闇の船」のメンバー達は、古くて大きな洋館を自分たちのアジトにしていた。
地面から一段高い所にある大きな玄関扉の両脇には、それぞれ一人ずつの若者が門番として立っていた。
当然、そこに近づいていく漆黒を、彼ら二人が誰何する事になる。
「俺は第七統合署の漆黒だ。アフマド・カバヒディを逮捕しに来た。」
何の修飾も衒いもない台詞に、門番の若者二人は一瞬思考停止に陥ったようだ。
第一、彼らは警官や刑事といった存在自体にあまり馴染みがない。
彼らが知っている唯一のリアルな警官像は、彼らの縄張りの外側を遠慮がちに一日一回短い時間、車でパトロールをしている姿でしかない。
だが目の前のこの刑事と名乗る男は、どちらかと言うと、自分たちの世界の雰囲気を身に纏っていたし、男の頭上には、超小型のドローンみないな物がハチドリのようにブンブンと飛び回っていた。
そのドローンはインテレビのニュースで一度か二度見たことがある。
政財界の大物を警察が捕まえる時にそいつは飛んでいた。
漆黒はそんな二人を完全に無視して、大きな扉を勝手に引き開け、洋館の中に踏み込んだ。
門番の二人が慌てふためいて漆黒の後を追い、うち一人が漆黒を止めようと彼の肩に手を掛けた。
すると途端に、男の身体が宙に浮かび、漆黒のやや前の床に叩きつけられた。
「公務執行妨害!」
漆黒の声が周囲に響き渡る。
ぶん投げられた男は泡を吹いて意識を失っている。
この一部始終を漆黒の頭上で飛んでいるドローンが記録しているのは誰の目にも明らかだった。
漆黒は、既にこの洋館の一階大広間にいる。
この大広間に屯していた、男達の視線が一斉に漆黒へと集まっていた。
「こいつの姿を見とくんだな。こいつはこんな痛い目にあった上に、後日警察に引っ張られて臭い飯を食うことになる。何今すぐ俺がそれをやったっていいんだが、今日は、お前らのボスを引っ張るんで忙しい。アフマド・カバヒディは、何処にいる?逮捕礼状が出てんだ。大人しく捕まった方が後々得だぜ。」
この宣言で、此処にいる全員がことの次第を理解した事になる。
・・・理解はした。
だがどうやって対処して良いかの答えを、このホールにいる若者達は殆ど用意できなかったのだ。
今すぐ刑事を殺し、ドローンを破壊する。
漆黒の暴挙にあたる事を、彼らの対抗組織などがやっていたなら間違いなくそうするだろう。
だが相手は警察だ。
それにこのドローンがリアルタイムで情報を警察に送っていたら、自分たちは犯罪の動かぬ証拠を産みだし続ける事になる。
だったらボスのアフマド・カバヒディを売るか?、、もちろん、そんな事はあり得ない。
・・・ならドローンだけを壊して、この刑事を金で懐柔する。
ならず者の若者達の中で、そう考えた男が一人だけいた。
それは、この時、たまたまホールで仲間と雑談に興じていた、「闇の舟」ナンバースリーの薙人・パーシーだった。
パーシーは自分が今まで喋っていた仲間に、今後の指示を耳打ちし、その男を走らせた後、別の男の名を大きく呼んだ。
「ウンガロ!お客さんだぞ!こういう時は、どうお向かえするんだ?!」
大男がのっそりとホールの奥から姿を表し漆黒に近づいて来た。
そして漆黒の真正面に立つと、その頑丈そうな顎を突き出して言った。
「いいか刑事さんよ。アフマド・カバヒディは、今ここにはいない。だから大人しく帰ってくんないかな。あんたが、内の者にした事は今回は見逃してやる。俺が今できる、あんたへの精一杯の対応てのは、そういうことだ。」
ウンガロと呼ばれた男は、それなりに自分の役割が理解出来ているようだった。
「わかってないな。お前。お前、確か、闇の船の切込み隊長とか言われてる奴だな。だから頭に血が回らないのか?」
漆黒はまるでウンガロを相手にしていない。
パーシーの考えでは、暫くの間血の気の多いウンガロに、この刑事へ圧力をかけさせるつもりだった。
そして頃合いを見て自分が出ていく。
それで闇の船が、そう簡単に警察の圧力には屈しない事が誇示できるし、次に自分が持ち出す懐柔策が相手に受け入れられやすくなる。
「それともお前が、カヤミヤから流れ着いて来た薄汚い売春婦が生んだ子だから、元から頭に障害でもあるのか?」
それを聞いたウンガロの顔色が一瞬にして変わった。
そんな事を正面切ってウンガロに言った人間は一人もいない。
言った途端に殺されるからだ。
ウンガロの左手が伸びて漆黒の胸ぐらをガキっと捉えた。
間髪を入れず、ハンマーみたいなウンガロの右手拳が、漆黒の顔面にめり込むはずだった。
だが漆黒の身体の前に立てた前腕が、ワイパーの様に振れて、ウンガロの左腕のロックをいともあっさりと外してみせた。
もちろんウンガロも次の動作を起こしかけた。
その為に、再び漆黒に伸ばした彼の腕が、今度は何か違う硬いものに捉えられた。
それは漆黒が自分自身で磨き上げてきた逮捕術だった。
元から人間を越えた身体能力を保持する漆黒が、鍛錬して身に付けた手錠の使い回しだ、魔法のように決まる。
「公務執行妨害!二人目!」
ウンガロは自分の手首に違和感を感じて、そこに目をやった。
ウンガロの手首には手錠が嵌っていた。
「確保する!」
漆黒がそう大声で言った途端に、ウンガロの手首にある手錠のあちこちから糸のようなものが床に向けて飛び出し、その先端が床に突き刺さった。
「なっ、何だ?」
そう小さな驚きの声を上げたウンガロだったが、次の瞬間、彼の身体は床に引っ張られるように倒れこんでいた。
ウンガロの左手に填った手錠が、床に突き刺さした自分の糸を物凄い勢いで巻き取ったのだ。
今やウンガロの左手は完全に床に縫い留められていた。
ウンガロは自分の左手を床から引き剥がそうと躍起になっている。
「止めとけ。その手錠は、そんなんじゃ壊れないし、お前を床に繋いでるワイヤーは特別製で、もう床に根を張っている。お前の馬鹿力だと、手首のほうが先にちぎれるぞ。」
「クソ!」
それでもウンガロは、腰を落として左手を床から引き離そうと狂ったように力を入れ始めた。
漆黒はそんなウンガロに無操作に近づき、ウンガロの頭部を蹴りつけた。
ウンガロは意識を失ってその場に崩れ落ちた。
「お前の母親の悪口を言った、せめてもの罪滅ぼしだ。大人しく、そのまま寝とくんだな。、、さて、皆の衆、次は誰だ?俺が一人だからって、舐めてるんじゃないだろうな!」
フロアが静まり返った。
その沈黙を破ったのはパーシーの拍手だっった。
「いやーお見事。良いものを見せてもらいましたよ、刑事さん。そのお礼と言っちゃなんだが、ホレ。」
パーシーが拍手の手を止めて、右手を上に持ち上げるとその指をパヂンと鳴らした。
その瞬間、銃声が響いて、漆黒の頭上を回っていたドローンが撃ち落とされた。
漆黒は素早く周囲を確認した。
彼らが今いる大広間には、内側にせり出したバルコニー状の中二階があって、そこにライフルを構えた狙撃手がいた。
「お前ら、今、何をしたのか分かっているのか?」
「ええ、充分分かってますよ。今の狙撃、ターゲットはそのドローンでなくても良かったんですよ。意味がおわかりですか?俺たちは刑事さんと仲良くしたいんですよ。何、ただで仲良くなって頂けるとは思ってませんよ。」
パーシーがそう言って尻ポケットから分厚い革財布を出した。
漆黒が黙ってその様子を見ている。
パーシーは財布の中の紙幣を全部引き抜いてそれを二つに折った。
全部真新しい高額紙幣だった。
今の世の中、裏の世界では電子マネーよりこういった「紙幣」の方が役に立つことがあって、タフで有力な悪党達は、それを常にお守りみたいに身に付けている。
「ドローンはもういない。俺のお近づきの印を受け取って貰えませんかね?」
「お前らが、あれを撃ち落とした時点で、俺の仲間達がここへ大挙してすっ飛んで来るとは考えなかったのか?」
「いいえ、全然。」
パーシーが余裕の表情で言ったが、実はそれはパーシーの賭だった。
「そうか、お前、たいしたタマだな、、。」
漆黒が顔の表情を緩めて、にやつきながらパーシーに近づいた。
漆黒が手を差しだし、パーシーはその手に札束を押し込もうとつられて手を挙げた。
だが漆黒が掴んだのは、札束ではなくパーシーの手首だった。
一瞬にしてパーシーの腕は逆関節に固めらて、その首には漆黒の空いた腕が巻き付いていた。
しかもその腕の先には、いつ取り出したのか拳銃が握られている。
警察が強制捜査時に使う弾丸式の麻酔銃だった。
殺傷能力はないが、相手の戦闘力を一瞬にして奪い、しかも気軽に、弾が続く限り何発でも相手に撃ち込める。
フロア中の人間達が殺気立った。
だが何をするにもパーシーの身体が盾になっていた。
「さあ、カバヒディの所に案内しろ!」
「ちっ、誰が!」
パーシーがくぐもった声でいった。
「そうかい、じゃ俺と一緒にさがそうぜ!」
漆黒は細身の身体に似合わぬ怪力を見せて、いとも簡単にパーシーの身体ごと引きずって屋敷の奥へと移動しはじめた。
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